リプレイ34 ヒーラー+“沈黙”の状態異常=役立たず(語り部:JUN)

 声が出なくなった事で、まず魔術が使えなくなった。ほとんどの魔術は、その表題を発声する必要があるからだ。

 さっきも言ったように、今の状況で僕の手持ちで有用そうなのは【ヒーリング】くらいだし、それでなくとも僕自身、極力魔術を使うつもりはない。

 そもそもだけど、僕がここに残ってMALIAマリアを待っていたのは、アトラクションで十中八九ヒドい目に遭うであろう彼女を、戦闘後に回復させるためだ。

 僕が発狂したら、ここに残った意味がない。

 そして、実際に発狂して最悪の状態異常になってしまったわけだ。

 そう、ここで言うヒドい目とは、心身の両方を指す。

 だから、僕が向こう1時間~3時間、失声症にかかってしまったのは【精神科医】スキルをも封じられたことを意味するから、かなりまずい事態だ。

 彼女にはまだ、魔術使用による精神ダメージの清算が残っているし、ここからも、他プレイヤーがハイドラを始末するために何らかの召喚魔法を使って、彼女がそれを目撃する可能性は大いにある。

 一応、今の彼女は深きものの目撃については精神ダメージが免除されるらしいから、今の所の負債は魔術行使そのものによる6面ダイスが一回のみ。ラニクア・ルアフアンの目視ではダメージを受けていない。

 それでも、運試しとしてはかなり分が悪いだろう。

 彼女に発狂が起こらないか、僕の声がなるべく早く戻ることを祈る。

 あとは、目先のことにベストを尽くして、なるようになるしかない。

 

 MALIAマリアとラニクア・ルアフアンが、大回りに左右からハイドラを挟み込むように分かれた。

 彼女いわく、お互いの超音波送受信能力によるテレパシーで、ほとんどタイムラグ無く命令できるらしい。

 それどころか、ラニクア・ルアフアンの身体を直接動かして、直感的に操作することさえ可能だと言う。

 当然、自分の身体も動かしながらになるから、かなりの頭脳労働だろうけどね。

 ハイドラが、全身からぶっとく長大な触腕を伸ばした。先端はいずれも口のようになっていて、乱杭歯がびっしり生えているようだ。

 他人と生体的に同化する仕組みはこそ依然として不明だが、あそこから捕食しているのは確かだろう。

 今、水の中で思うように動けないでいるゲストの一人が一瞬で絡め取られて持ち上げられて、冗談みたいな長さの鉤爪付いた前肢で斬首された後、生首が触腕にドッキングされた。

 器用なことだね。

 あとやっぱり、MALIAマリア以外は無理せず水場から上がった方がいいんでないかな?

 触腕が、MALIAマリアにも襲いかかった。

 彼女はするりと尾びれを翻して、人間離れしたはやさで水中に潜り込んで、これを躱した。

 彼女を捕らえ損ねた触腕が水面を叩き砕いて、盛大な水飛沫を撒き散らした。

 次瞬、ラニクア・ルアフアンが声にならない声を叫んで、伸びきった触腕を中ほどから抉り千切った。

 指一本ーー失礼、ヒレ一本触れずしての芸当。

 これも、MALIAマリアからあらかじめ説明を受けていたのだが、ラニクア・ルアフアンは音響兵器じみた能力を有しているそうな。

 現実の超音波なんて、いいとこLRADエルラッドによる非殺傷の暴徒鎮圧、もしくは嫌がらせが関の山だが、今のはもはや、安直なSFに頻出する音波砲そのものだ。

 MALIAマリアがまた、飛び魚のように水面から飛び出し、今しがた超音波で破砕されたハイドラの傷口へ偃月刀えんげつとうを突き立てた。

 あれだけの勢いで飛び出して来たとなると、相当の推進力で泳いでいたのだろう。

 もはや人魚姫マーメイド・ミサイルだ。自分でも言っててワケ分からないけど。

 これにはハイドラも悶絶し、ギョゲゲェゲギャー! と言う擬音でしか形容しようのない叫びを放射した。

 例え、奴にとって人間が虫ケラ以下の存在であろうと、指の一本を持っていかれれば重傷だろう。

 僕らだって、蜂に殺されることは充分あり得る。

 さーて、ここでようやく、ゴミ虫の中でも危険な個体を認知したのだろう。

 どこに目というか視覚器官がついてるかもわかったものじゃないけど、明らかにMALIAマリアへ向けて触腕を総動員しだした。

 小回りとすばしっこさでは彼女が上手うわてだが、さすがに逃げ回るのが精一杯で反撃の隙が無くなったね。

 あれじゃ、自分が泳ぐのに精一杯でラニクア・ルアフアンをコントロールするどころでも無いだろう。

 けど。

 やっぱ、(VR非実在の産物だけど)生き物として強大すぎると、ある意味で脳ミソが鈍磨するのかもね。

 身の危険が少ない奴って、機転を効かしてまで生を掴み取る努力をしたことが無いってことなんだろうし。

 人間のこと、ナメすぎだよ。

 MALIAマリアに狙いを絞ったってことは、それ以外のプレイヤーの手を空けさせたってことなんだよ。

 【クトゥグアのワルツ】【フサッグァの気配】【七色の日射し】【ナグとイェブの肉片投擲】【グロス=ゴルカの翼撃】エトセトラエトセトラ。

 ついでにラニクア・ルアフアンも、どさくさ紛れに音波砲発射。

 偉そうなこと言ってる僕は、まあ豆鉄砲をチマチマ連射してるだけなんだけど。

 ともあれ、ハイドラの立つ場所だけ戦争じみた光景に変わり果ててるね。

 よしよし、効いてる効いてる。

 特に【クトゥグアのワルツ】でまとわりついた粘っこい焔が効果覿面みたいだよ。

 水中に転がって消そうとしてるけど、宇宙的にワケわからん原理で可燃性の粘液みたいなものが燃え続けてるみたい。

 さながらナパームだな。

 確かLUNAルナも修めてた魔術のはずだ。次に再会したら、感想を教えてやるかな。

 蜂の大群にたかられた心境なのだろう。母なるハイドラ御大は、それまでの余裕然としたお食事モードから一転、たまらずこちらへ向かって駆け出した。

 えっ、逃げるのにこっち来るとか、予想外なんだけど。

 このエリアは水門を模した囲いに隔てられ、東京湾に面している。

 ハイドラであれば、あれくらいの障害物は蹴り壊して突破余裕だろうに。

 何で、逃げようってのにわざわざパーク内へ入ろうとするのやら。

 僕らにとって、それは幸か不幸か。

 海に逃げてくれていれば、ひとまずこの場の被害は収まったのだけど。

「母なるハイドラよ、帰還なさって下さい!」

 キャストのNPCが、見るに見かねて呪文を唱えた。

 するとハイドラの遠大な身体が手品みたいに消え失せて、辺りには途端に静寂が戻った。

 まあ、完全に始末できれば越したことは無かったけど、ここで消えてもらって助かったとも言えるか。

 で、ハイドラのスパイであることを、この四面楚歌でカミングアウトしちゃったキャストNPCは、それは

目を覆いたくなるようなリンチの末に惨殺されましたとさ。

 あー、疲れた。

 僕、ほとんど棒立ちで実況してただけなんだけどね。

 しかも失声症で喋れないから、端から見たらぼけーっとしてただけ。

 評価されない努力ってのは、一番しんどいものだよね。

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