リプレイ33 恐怖! 人魚姫VS脳ミソ吸い怪獣(語り部:JUN)

 MALIAマリアが戻ってくるまで待機を指示されている僕は、彼女が消えたファインディング・クトゥルフの建物がある、コズミック・ディスカバリーの水面を眺めていた。

 屋台で買ったイタリア風冷製茹でダコをさかなに、海のアブサンを蒼いカクテルで一杯やりながら。

 昼間から優雅に酒を飲めるのが、シーの醍醐味だね。

 前にも誰か言ったと思うけど、このパーク内で食べ物を買う時はしっかり“クトゥルフ神話の◯◯をイメージした”と言う言質の取れているものを選ばないと…………エラい目に遭うから要注意だよ。

 まあ、この令和日本でのアブサンは、流通が限られていて希少なはずなんだけど。そこは、物資に制限の無いVR世界様々だね。

 現実のアブサンって、早い話がアニスとかのハーブで作ったスピリッツなんだけど、ニガヨモギに幻覚作用があるとかで、一時期、世界的に禁止されていたんだよね。

 日本で禁止されていたことは無かったはずたけど、輸入出来る数にも限りはあったようで、こんな大規模テーマパークの屋台で安定供給できるものでは無かったはずだ。

 ちなみにクトゥルフもので、わざわざ“海の”って接頭語が付けられるようなアブサンが、ロクなものであるワケが無い。

 っていう無駄話をするくらいに、何も起きない。

 お昼の薄金色をした陽射しを一杯に浴びた水面が、掛け値なしに綺麗だね。

 お酒の作用で目が敏感になってるのもあって、細かなさざ波が、プラチナのようだ。

 ……けど、僕から見てかなり奥の方……なーんか、そこだけ暗い陰になってるのは気のせいか?

 右手の、ファインディング・クトゥルフの建物とか、左手のコーヒーカップ的アトラクションがある関係で、陰影が複雑に差しているのはわかるんだけど。

 それにしても、だよ。

 そこだけ何か、波の流れも違う気がする。

 にわかに、いやーな予感がしてきた。

 昨日のパレード“ジャンボリー・クトゥルフ”もだけど、アカン奴が出る前に、物陰に隠れた方が賢明かも知れない。

 別に僕がしばらく物陰に隠れる事と、MALIAマリアの帰りを待つ事とは相反しないし。

 と、

 

 そのMALIAマリアが、水面から飛び出して美しいまでの弧を描いた。

 

 元々起伏のはっきりしたスタイルの良い子だけど、脚が人魚のそれになったことで、黄金比を計算して作った彫像みたいに芸術的なシルエットになっていた。

 人魚姫って金髪碧眼とか赤毛の、白人的なイメージがあったけど、彼女の長い黒髪もなかなか似合ってるね。まさしく夜の清流を引き連れてるみたいだ。

 さて、プラチナ色をした水面を砕きながら、彼女は無事に着水。ひょっこり顔を出して、キョロキョロ辺りを見回しているけど。

 あー、さてはアトラクションを抜けたら海に放り出されたんだけど、これで終わりなの? ってちょっと困ってるのかな。あそこからどうやって帰ればいいのか、順路とか無視して勝手に敷地から出ていいのか、今に限って何の説明も誘導もない、と見た。

 てことは、やっぱり。

 まだ終わってないよね“ファインディング・クトゥルフ”が。

 そう思ってるそばから、僕がさっき気になっていた“陰”が急激に盛り上がった。

【あれは、大いなるクトゥルフの従者にして、深きものどもの支配者・母なるハイドラだ】

 僕の側でいちいち受肉したニャー子ちゃんが、わざわざ教えてくれた。

 パーティがバラバラになっても全員が共有できるガイドって、やっぱり“ゲーム内のあらゆる場所・時代に遍在する”ニャルラトテップ様々だよね。

 で、まあ。

【肉眼で見てしまったな。君は10面ダイス×1の精神ダメージだ】

 そうなりますよねー。

 

<精神ダメージ>

 JUN【1ダメージ】

 

 よっし……10面ダイス喰らって少し焦ったけど、結果的には最小限で済んだよ。

 MALIAマリアの他にも次々とアトラクションを抜けたプレイヤーが駆けつけてくれたし、地上側で見てる僕ら大勢のプレイヤーも、勿論、あんな巨大怪獣を黙って見ているワケにはいかない。

 やっぱ、何人も発狂判定喰らったようだし、そうでなくとも正気度削られた恨みってのは恐ろしいものだ。

 問題は、クトゥルフよりは格下であるにしても、ハイドラはダゴンと同格くらいに見積もらねばならないだろう。

 虫ケラ同然の僕らにどうにかできるのか。

 一応取り出した拳銃が、オモチャみたいに頼りなく感じられてきたよ。

 とにかく、やってみるしかあるまい。

 ハイドラが、ノロノロとこちらへにじり寄ってきた。

 すでにあちこちで、乾いた発砲音の不協和音が乱反射している。

 誰のせいだか“血の教団”のエージェントが暗躍する闇の深い世情になってしまったので、他プレイヤーも銃を奪い取っていたのだろう。

 たくましいね、VRゲームのプレイヤーって。

 僕もしっかり両手で構えて、慎重に照準を合わせーーって、このワケわからん巨大生物の急所ってどこだろう?

 少なくとも、取り込まれた犠牲者の顔にはまともに銃弾が効いていて、常識的なダメージで個々に死んでいってるみたいだけど。

 普通に考えて、それじゃハイドラ自体に損害は無いでしょ。

 一方、やっぱりと言うかなんと言うか、ハイドラ自身の身体にはあまり銃弾が通っていない。

 純粋な衝撃で多少のけぞったり、不快感は覚えてるみたいではあるけど、致命傷には程遠い。

 それこそ、ちょっと違法改造したトイガンのBB弾を浴びた程度だろう。痛いは痛いし怪我もするけど、死ぬには程遠い。

 深きものの筋力と偃月刀のあるMALIAマリアはともかく、他の連中の近接攻撃なんかも、果たして通用するものかどうか。

 と、なると。

 このエリアのプレイヤー総掛かりで、魔術をぶちこむ流れになるのかね。

 勝利したとしても、その後にゲスト主導発狂カーニバル・パレードが待ち受けてる破滅の序曲だよ。

 僕が魔術的にできることと言えば、銃で気休めの掩護をしつつMALIAマリアを【ヒーリング】で後方から回復するくらいか。

 【ゴルゴロス的肉体美化エステティック】も、所詮僕程度のフィジカルではロクにダメージが通らないばかりか、接近するだけ足を引っ張るのがオチだろう。

 そんなわけでーーん? MALIAマリアがなんか、魔術を詠唱したぞ?

【ラニクア・ルアフアン使役】

 彼女がそれを唱えるや、その前方の空間がバグったように裂けて、海面をも割った。

 そこから姿を現した、一瞬、あまりにデカすぎてクジラと見間違えたが、イルカの神話生物だ。

 一応、彼女本人から概要だけは聞いていたが、これまた凄い召喚魔法を持ち出したものだな。

 ーーイルカは見られた?

 ーーはい、

 あの夜、とても消耗した様子で彼女の言った事が思い返される。

 あんなヤバい神話生物を、単なる“招来”では無く完全に“使役”するような魔術を、どうやって会得したのか?

 この件については謎が多すぎるし、恐らく彼女がそれを語る事はあるまい。

 真相は永久に闇の中だ。

 それよりも、今は、

【イルカのようでイルカでは無い、未知の生物の存在を知った君の心は6面ダイスによる痛手を受ける】

 

<精神ダメージ>

 JUN【5ダメージ(閃き判定)】

 

 うっわ! ある意味でさっきの1ダメージって、この為の前フリだったわけ?

 運営AI、ホントに公正にダイス振ってるんだよね!?

 

<閃き判定>

 JUN(成功率:60)

 【47(成功)】

 

<精神疾患の発症内容>

 JUN【心因性失声症】

 

「……、……! ……!」

 ウッソだろ!?

 人魚姫の帰りを待っていた僕の方が声を失ったとか、いくらなんでもオチが神憑りすぎだ。

 ダイスの神様とか、本気で信じそうになってきたよ。

 この世界で神様とか、やっぱロクなもんじゃない。

 

<正気度の増減>

  JUN【66→60】

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