リプレイ42 邪教徒HARUTOに正義の鞭を(語り部:鞭の信奉者INA)

 夜が来た。

 私達パーティは、再び火山のカルデラ湖を模した“アンネイマブル・アイランド”に戻って来ていた。

 “夢の国”は、夜も眠らない。

 元となったパークのような、華やかなパレードや花火こそ無いが、代わりに松明や色の付いたお香、そして冒涜的な呪文があちこちから聴こえてくる。

 宇宙規模の“神々”からすれば、見当違いな信仰で、取るに足らない努力なのだろう、と思う。

 まあ、そんな公式パレードもあれば、普通に“海底二万マイルのルルイエ”だとか“センター・オブ・グ=ハーン”だとかのアトラクションに、一時間も二時間もかけて並んでいる行列も、日中と変わらずだ。

 真相を知るあたしからすれば、愚かな行為だ。

 まあ、人の事より自分の心配をしよう。

 もうすぐ、HARUTOハルトに会える。

 会って、戦わねばならない。

 鞭の柄を握る手が震えるのは、いつも同じ。

 あたしは、myニャルラトテップをコールし、 

「後付けシステムを使う。あたし達とHARUTOハルト達のパーティが居る次元の位相がズレた事にして」

 一見して滅茶苦茶な要求をした。

【心得た】

 無貌の神は、あっさりそれを承認。

 このゲームに於いて“友人”と水入らずでPVPころしあいを行う為の、ポピュラーな方法だ。

 

 国内最大規模の喧騒がピタリと止み。

 火口をイメージした大穴の対岸、奴らの微細な足音までが余さずあたしの耳朶じだに届いたようだった。

 敵の員数は3。

 HARUTOハルトLUNAルナ、そしてMAOマオって言う小さな子。

 HARUTOハルトが何やら、迷彩柄のバックパックを背負っているのと、首から何か提げているのが、あからさまに怪しい。ネックレス? そんな馬鹿な。

 ともあれ、戦力として、こちらが数的有利。

 MALIAマリアJUNジュンは別行動中か。

 この勝負にベストの状況で来なかったあいつに、少し腹が立った。

 まだまだ、対等に見られていないか。

 なら、その慢心に手痛い一撃を容赦無く叩き込むまで。

 あたしは、大穴の外周ーー落下防止の鉄柵に沿って走り出した。

 MAOマオが、ピストルであたしを狙いーー銃撃戦でも一日の長がある、うちのRYOリョウが素早く牽制射撃。これを怯ませた。

 彼の作ってくれた僅かな隙に、鞭スキルで筋力を超強化されたあたしが距離を着実に詰める。

 見るからに高威力の44口径と思われるリボルバーを手にしたLUNAルナ、そして何よりピストルの名手でもあるHARUTOハルトの存在が何より問題だったが。

 どちらも、あたしの予想を裏切った。

 HARUTOハルトは、バックパックから何やらドリンクを取り出し、この期に及んで飲んだ。

 何か見た事あるぞ、あのプラカップに入った飲み物。パーク内の屋台に売ってた筈だ。

 馬鹿にしてるの!?

 ……と、昔のあたしなら、簡単にキレたんだろうけど。

 ドリンクを飲み干すと、彼は別の物を取り出して、あたし目掛けて投げ付けた。

 地面を叩いた、硬質で軽い音。石ころとしか思えない。

 ピストル持ってるのに、わざわざ投石?

 やっぱ、馬鹿にしてるの!?

 こほん。

 それよりも、多分、奴らにとっての本命は……、

 LUNAルナが口ずさみ始めた、魔術らしき詠唱。

 

ーーふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと、

 

 それに対して何かを触発されたのか、うちのKENケンも、同じ呪文を真似し出した。


ーーふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと、

 

 これは確か……【クトゥグア招来】の呪文か。

 二人とも、“神”として最上位に近い、旧支配者・クトゥグアを呼び出すつもりらしい。

 宇宙規模のスケールを誇るクトゥルフ神話での“火の神”となると、果たしてあたし達は無事で済むのだろうか。

 それと、敵味方で同じ神を召喚しようとしているのも気になる。

 早い者勝ち、なのだろうか?

 その場合、LUNAルナよりも一秒は発声の遅れたKENケンが絶対的に不利な筈だが、


ーーんがあ・ぐあ、

 

ーーあべし、たわば、ひでぶ!

 

 KENケンが、急に宣った。

 いやいやいや、こんなの、素人のあたしでも分かるよ!?

 クトゥグア招来って、そんな呪文じゃないよね!?

 この人、明らかに

 一体、何考えてるの!

 ……。

 と、思ったけど。

 肌が、急に炙られた。

 網膜に、鋭い陽光が刺さった。

 KENケンの声に応じて、奥行きの無い、次元の裂け目が生じて。

 そこから、人間の腕にも、馬の前肢にも見える、とにかく“器官”が覗いた。

 尤も、燃え盛るガスで形成したようなそれを“器官”と見なして良いのであれば、の話だが。

 でも、どうして?

 KENケンは、呪文を失敗した筈。

 なのに、それで旧支配者がちゃんと喚び出された?

 

【クトゥグア招来の失敗による“ヤマンソ”の割り込み】

 

 ペプシマンじみた、あたし達のニャルラトテップがそれだけを解説した。

「このヤマンソは、クトゥルフ神話における、れっきとした神性です」

 あたしの疑問を見透かしたKENケンが、得意気に切り出した。

「クトゥグア招来の儀式の隙を虎視眈々とうかがい、本来の儀式に手間取ったり……に乗じて、隙あらば降臨しようとしている。

 その性格は獰猛にして白痴。生きとし生けるものを食い尽くす事しか考えられない浅ましい性根ですから……安全に喚ぶには生け贄が必要です」

 だからか。

 呪文を最後まで言おうとしたLUNAルナに対し、適当な中途でわざとコケたKENケンの方が、結果を招くのが早かった。

 彼は、自分の喚び出した狂神の熱にあてられたように、凄絶な笑みを浮かべて、

「もちろん、ヤマンソの生け贄とは、ヤツらの事ですよ」

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