リプレイ02 めんどくさいから無題(語り部:MAO)

 ナニ言ってるんだろ、このヒト。

 以上、HARUTOハルトさんがニャルラトテップに持ちかけた“交渉”を聞いて、ボクが思った事。

 それ以上でも、それ以下でもない。

「じゃ、じゃ、邪教集団、ですか? ボクたちが!?」

 一応、面食らった演技はしておこう。

 なるべく無個性に、平穏無事に、このプレイを乗り切りたいし。

 ……いや、それならこんなクトゥルフ神話体験型ゲーム選ぶなよ、とか言いっこなしで。

 で、ニャルラトテップの皮をかぶった人工知能サマは、一考するポーズを取っていた。

 所詮はポーズだろう。

 こんな交渉、通るわけない。

【少々、厚かましい要求だな】

 だね。

 ボクも予備知識として、昔のクトゥルフもの小説だとか、TRPGのことは調べていた。

 この手のクトゥルフものゲームでは、“戦う”ってことを考えちゃいけない。プレイヤー側が圧倒的に不利に出来ているからだ。

 何故か?

 宇宙規模の“神々”に比べれば、ボクたち人類なんて、古今東西の全員合わせてもゴミ以下、目視さえされない微生物以下の儚い存在なんだ。

 その逆境を戦ってこそのクトゥルフものなのに、自分たちが邪神側になるって、それは“厚かましい”って言われるよ。

「ボク、ダゴン秘密教団になるとか無理ですよぉ……」

 意訳:頼むから面倒な提案しないで。巻き込まれるの、ボクなんだから。

【……ラスボスを味方につけさせろ、と言っている様なものだ。相応の根拠はあるのだろうな?】

 別名“這い寄る混沌”が、全くの正論を返してきたけど。

「……ダゴンの崇拝者となるとは、一言も言って居ない」

【ほう? ならば君達は、何を崇信するのか】

「……言えない」

 ……は?

 このヒト、交渉する気あるの?

「……のでは無く、。このニュアンスの差違を以て、交渉とする」

 意味不明。

 このヒトもあれなのかな。

 そこのLUNAルナねーちゃんみたいに、中二病が治りきってないオトナって言うの?

 こんなの、時間の無駄なんじゃ、

【……成る程。それは面白いアイデアだ。

 “運命の賽振りダイスロール”無しで承認しよう】

 ……はぁ?

 天下の公正中立な運営AIサマが、ひどい掌返しを見せたよ。

 何でだろうね。

 でも、何でもいいよ。

 考えるのもめんどくさいから。

 世の中の大抵のことは、考えるだけムダ。義務教育で唯一意味のある教訓だったよ。

 あとは「話してわかるような相手と言うのは、そもそも話し合わなければならないような状況を作らない」ってのも?

 ああ、ちなみにニャルラトテップが言った“運命の賽振りダイスロール”と言うのは、読んで字のごとくだよ。

 プレイヤーが持ちかけた交渉を通すかどうか、ニャルラトテップが迷った時はサイコロで決めるってわけ。

「わぁ……! HARUTOハルトさん、スゴいですよ!」

 一応、リアクションとしてはこれでいいのかな?

【で、具体的なバックボーンはどうするかね?】

 ボクのせっかくの、頭の悪いゴマすりをムゲにするように、ニャルラトテップが水を差した。

 ああ、一見してダイスロール無しで通ったように見えて“交渉”はまだ続いていたようだ。

 ボクたち邪神崇拝者でーす!

 の一言で、本当にその通りにしてもらえるほど甘くは無いってことだ。

「……我々は、海上自衛隊の潜水艦隊“くずりゅう”に所属していた」

【それは、また、話が飛んだものだな】

「……その昔“くずりゅう”は任務の最中、に触れてしまった。

 以降、当時の隊員達は魔術や神秘の探求に傾倒してしまい、その成果は艦の中でだけ継承されて来た。

 1ページ読ませるごとに隊員を使い捨てるように、ネクロノミコンやエイボン書が少しずつ解析され、多大な犠牲の上に“海自魔道教本”と言う資料が作成された。

 魔術とは、その記述が視界を掠めるだけで宇宙の神秘を直視させられ、精神を壊すもの。

 この教本は、後進の隊員がそれぞれの目的に応じた魔術のみを会得し、なるべく精神を安寧に保ちつつ“くずりゅう”の悲願を果たすべく作られたものなのだ」

 このヒト、クトゥルフものの小説家にでもなったら? って、ぼんやりと思った。

 クールなヒトだと思ったけど、今の口上には結構な情熱がこもってたしさ。

 感想はそれだけ。

 まあ。

 悪くない交渉かもね。

 ボクは他人事ながら思った。

 まず、自分達の所属を元自衛隊にしたこと。

 この効果は、承認が通ればただちに出るだろうね。

 次に、魔術教本の設定。

 “正気度”を保つのが重要なクトゥルフものにおいて、魔術の習得と言うのはそれ自体が正気を削る。

 それを、艦隊が代々、目的に応じて索引出来るようにしたと言う背景を加える事で、最低限度の精神ダメージで魔術を使えるようにしたわけだ。

 さて、ニャルラトテップの判定やいかに?

【あからさまな程に恣意しい的で、小賢しい案だな。

 ……気に入った。その全て、ダイスロール無しで承認しよう】

 はい、おめでとうございます。

 さて、この“設定”が通った事で、リアルタイム後付けシステムが、彼らに与えたであろう影響がひとつ。

 特にLUNAルナねーちゃんの反応があからさまだったよ。

 両手の五指を忙しく開閉させて、自分の身体そのものが変化したことを確認しているのだろう。

 自衛隊でしごかれまくって、鍛え上げられた変化を。

 今のやり取りで、HARUTOハルトさんはパーティ全体の身体能力底上げも図ったってわけね。

 でも残念ながら、ボクには何の変化もなかった。

 年齢的に、元自衛官の設定に無理があったと判断されたのだろう。

 さしずめ、ボクの立場は、元自衛官の彼らに保護されたコドモってとこかな。

 邪神崇拝者どもが、そんな優しい性質なのか、いささか疑問なんだけど。

 ああ、でも。

 社会通念上優しいヒトと、邪神崇拝者じみたヒトとは矛盾しないって、他ならぬボクが思い知らされてきたことだ。

 ボクなんかでもそう思うんだから、全知全能の運営AIサマはとっくにお見通しだよね。

 

 かくして、めでたく、ボクらは邪神崇拝の自衛隊員プラスおまけと言うパーティとして、ダゴン秘密教団に支配されたラヴクラフトリゾートへと赴く事になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る