リプレイ29 HARUTOでは無くあたし達が死にそうになっている事について(語り部:鞭の信奉者INA)

 閉鎖されたミニ潜水艦の中、あたし達パーティは悲惨な事になっていた。

 ただ一人正気を保っている筈のRYOリョウが、ナイフを逆手にあたしに襲い掛かった。

 咄嗟に事態を理解出来なかったあたしの二の腕に、ナイフが深々と突き刺さった。

 冷たく、そして熱い激痛。

 けれど。

 ナイフが刺さった筈の腕は。出血が全く無い。

 素早く船内に目線を這わせると、RYOリョウは二人居た。

 あたしは、ナイフをぶっ刺して来た方のRYOリョウの横っ面をグーで殴った。

 てっきり怯むだけかと思ったが、RYOリョウの姿をしたそいつは粉微塵に消し飛んだ。

 流石にワンパンで五体砕け散るとか、殴ったあたしにも予想外だった。

 ……そうか。これが、精神疾患【被害妄想】の効果か。

 ナイフを刺された腕は、やはり傷一つ無い。刺された瞬間の痛みは本物だったけど、今は嘘のように痛みも無くなった。

 VRによる、あたしだけに見える映像に襲われると言う症状なのだろう。

 イマジナリー・フレンドならぬ、イマジナリー・エネミーと言った所か。

 その姿が仲間のものなのも、他人に対する疑心暗鬼の演出と言った所か。

 生憎、それについては、あたしには効き目は無い。

 こんなの、少し考えれば区別が付くでしょう。

 ただ、幻覚に視界を遮られる事と、偽物とは言え刃物で刺される痛みを感じるのは厄介だ。

 本物の方のRYOリョウが、自分の身体であたしを包むように庇った。

 直後、今度はKENケンーーの幻覚が、あたし達にナイフを振り下ろした。本物のKENケンは気絶して伸びているから、これこそ間違えようも無い。

 ナイフは、あたしから見てRYOリョウの背中に根本まで突き刺さったが、本人は何も感じていないようだ。

 やっぱり、あたしだけが見せられているVR幻覚だからだろう。

 しかし、RYOリョウの身体に遮られたので幻のナイフはあたしに届かなかった。

 結果的に、彼が庇ってくれた意味はあったみたいだ。

 あたしは、自分の症状を手早く皆に伝えた。

 そして、腰に装備した鎖鞭を取り外すと、柄の部分でKENケンの偽者のこめかみを打ちすえて粉砕した。

《おめでとう! 君達は無事に陸へと生還した!》

 アトラクションが終点にたどり着いた。

 今の所、TOMOトモに目立った異常は見られないが【盲信】とは一体何なのだろう。

 名前からすると、受動的なトリガーで発症する病気の可能性は高い。

 また、KENケンの気絶については、公式の説明があり、一定時間ごとにINT×3の回復ロールが行われるらしい。

 彼のINTは14なので、42パーセントの確率で目が覚める計算だ。

 とは言え、今の所、その気配は無い。

RYOリョウ、あたしの症状は実ダメージが無いから、KENケンを運びつつ、TOMOトモにも気を付けてあげて」

「だが」

 RYOリョウが躊躇いがちに言うとほぼ同瞬、TOMOトモの姿をした幻覚が襲って来た。

 あたしはナイフを文字通り紙一重の間合いで躱し、大きく揺らいだTOMOトモもどきの鳩尾みぞおちに鞭の柄を突き込んで破砕した。

「あたしは大丈夫。貴方が一番理解してるでしょう。

 それより、ここを少しでも早く離れないと」

 RYOリョウは一呼吸置いてから、

「……分かった」

 頷いてくれた。

 どうも最近、彼はあたしに対して過保護だ。

 あたしは弱くは無いって、誰よりも知っている筈なのに。

 

 係員に怪しまれないよう、潜水艦から出た。

 怪しまれないも何も、こんな発狂必至のアトラクションの片棒を担いでおいて、こいつらも白々しいものだ。

 所詮は感情の無いNPCであって、責めても仕方がないのだけれど。

 KENケンの目覚めを待ちつつ、【精神科医】スキルでTOMOトモを治す必要がある。

 あたしの治療は二の次で良い。視覚的なインパクトだけで、大した実害は無い。

 今、また、RYOリョウの姿をした幻覚に襲われたので、ワンパンで始末した。

 大体、幻覚が襲って来る間隔も掴めて来た。楽勝だ。

 あっ、KENケンの意識回復判定が行われるらしい。

 

<意識回復判定>

 KEN(成功率:42)

 【74(失敗)】

 

 ……意識を失ってから、少なくとも15分は経っている。

 次も15分後に判定が行われるとして、回復の見込みが五分以下と言うのは厳しい。

 

 順路に従って地下を遡り、カルデラ湖を模したエリアに戻った。

 しかし、並んでいた時は感じなかったけど、改めて振り返ると壮観な眺めだ。

 すり鉢状の火口を満たす、果てしない水の質量。

 実際、愚かにも“海底二万マイルのルルイエ”の列に並んでいる他パーティが、

「いやー、ここから高飛び込みが出来そうだね」

「本当にやったら、スカッとするだろうな」

 等と、他愛の無い会話をしていて、

「飛び込む……ここから……飛べる……」

 何か……、今の今まで大人しかったTOMOトモが、虚ろな調子で反芻はんすうしている……。

 まずい、嫌な予感がする。

「俺は飛べる! 飛ぶ!」

 あたしが不安に従って反射的に彼を捕まえたのと、彼が手摺に上ろうとしたのはほぼ同時だった。

 少しでも躊躇していたら、あの水底に飛び降りていた所だった。

「頭の、頭の中で、さっきの彼らのやり取りがリピートされる!」

 さっきの彼らのやり取り……恐らく、高飛び込みが出来そうとか冗談を言い合ってた彼らか。

 実際は頭の中と言うより、あたしの幻覚同様、彼にしか聴こえない音声が再生されているのだろう。

 そして、、勝手に言葉通りの行動を取ろうとしてしまうって所か。

「飛べる! 俺は飛べるんだ!」

 まずい、リミッターが切れているのか、鞭スキルで筋力を強化されたあたしでも力負けしそうな勢いだ。

「飛べる訳無いでしょう! 死ぬって!」

「飛べるわけない……俺は、飛べない……、飛んだら、死ぬ……」

 TOMOトモの抵抗する力が緩んだ。

「そう! その通り! ここからは飛べない! 飛べないのッ!」

 何でこんな当たり前の事を、こんな必死に言わなければならないのか、と思いそうになるけど。

 どうやら、キツく諭してやれば盲信が上書きされてくれるらしい。

 リカバリーが出来るだけマシかも知れないけど、これでは迂闊に物を言えない。と言うか、人混みの中に居るだけで危険が一杯だ。

 早く、人気の無い所に移らなければ。

 ああ、行列待ちをしている他パーティの視線が痛い。

 けど、あんたらだって、こうなる原因に自分から乗り込もうとしてるんだからね!?

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