リプレイ29 HARUTOでは無くあたし達が死にそうになっている事について(語り部:鞭の信奉者INA)
閉鎖されたミニ潜水艦の中、あたし達パーティは悲惨な事になっていた。
ただ一人正気を保っている筈の
咄嗟に事態を理解出来なかったあたしの二の腕に、ナイフが深々と突き刺さった。
冷たく、そして熱い激痛。
けれど。
ナイフが刺さった筈の腕は無傷だった。出血が全く無い。
素早く船内に目線を這わせると、
あたしは、ナイフをぶっ刺して来た方の
てっきり怯むだけかと思ったが、
流石にワンパンで五体砕け散るとか、殴ったあたしにも予想外だった。
……そうか。これが、精神疾患【被害妄想】の効果か。
ナイフを刺された腕は、やはり傷一つ無い。刺された瞬間の痛みは本物だったけど、今は嘘のように痛みも無くなった。
VRによる、あたしだけに見える映像に襲われると言う症状なのだろう。
イマジナリー・フレンドならぬ、イマジナリー・エネミーと言った所か。
その姿が仲間のものなのも、他人に対する疑心暗鬼の演出と言った所か。
生憎、それについては、あたしには効き目は無い。
こんなの、少し考えれば区別が付くでしょう。
ただ、幻覚に視界を遮られる事と、偽物とは言え刃物で刺される痛みを感じるのは厄介だ。
本物の方の
直後、今度は
ナイフは、あたしから見て
やっぱり、あたしだけが見せられているVR幻覚だからだろう。
しかし、
結果的に、彼が庇ってくれた意味はあったみたいだ。
あたしは、自分の症状を手早く皆に伝えた。
そして、腰に装備した鎖鞭を取り外すと、柄の部分で
《おめでとう! 君達は無事に陸へと生還した!》
アトラクションが終点にたどり着いた。
今の所、
名前からすると、受動的なトリガーで発症する病気の可能性は高い。
また、
彼のINTは14なので、42パーセントの確率で目が覚める計算だ。
とは言え、今の所、その気配は無い。
「
「だが」
あたしはナイフを文字通り紙一重の間合いで躱し、大きく揺らいだ
「あたしは大丈夫。貴方が一番理解してるでしょう。
それより、ここを少しでも早く離れないと」
「……分かった」
頷いてくれた。
どうも最近、彼はあたしに対して過保護だ。
あたしは弱くは無いって、誰よりも知っている筈なのに。
係員に怪しまれないよう、潜水艦から出た。
怪しまれないも何も、こんな発狂必至のアトラクションの片棒を担いでおいて、こいつらも白々しいものだ。
所詮は感情の無いNPCであって、責めても仕方がないのだけれど。
あたしの治療は二の次で良い。視覚的なインパクトだけで、大した実害は無い。
今、また、
大体、幻覚が襲って来る間隔も掴めて来た。楽勝だ。
あっ、
<意識回復判定>
KEN(成功率:42)
【74(失敗)】
……意識を失ってから、少なくとも15分は経っている。
次も15分後に判定が行われるとして、回復の見込みが五分以下と言うのは厳しい。
順路に従って地下を遡り、カルデラ湖を模したエリアに戻った。
しかし、並んでいた時は感じなかったけど、改めて振り返ると壮観な眺めだ。
すり鉢状の火口を満たす、果てしない水の質量。
実際、愚かにも“海底二万マイルのルルイエ”の列に並んでいる他パーティが、
「いやー、ここから高飛び込みが出来そうだね」
「本当にやったら、スカッとするだろうな」
等と、他愛の無い会話をしていて、
「飛び込む……ここから……飛べる……」
何か……、今の今まで大人しかった
まずい、嫌な予感がする。
「俺は飛べる! 飛ぶ!」
あたしが不安に従って反射的に彼を捕まえたのと、彼が手摺に上ろうとしたのはほぼ同時だった。
少しでも躊躇していたら、あの水底に飛び降りていた所だった。
「頭の、頭の中で、さっきの彼らのやり取りがリピートされる!」
さっきの彼らのやり取り……恐らく、高飛び込みが出来そうとか冗談を言い合ってた彼らか。
実際は頭の中と言うより、あたしの幻覚同様、彼にしか聴こえない音声が再生されているのだろう。
そして、それを真に受けたアバターが、勝手に言葉通りの行動を取ろうとしてしまうって所か。
「飛べる! 俺は飛べるんだ!」
まずい、リミッターが切れているのか、鞭スキルで筋力を強化されたあたしでも力負けしそうな勢いだ。
「飛べる訳無いでしょう! 死ぬって!」
「飛べるわけない……俺は、飛べない……、飛んだら、死ぬ……」
「そう! その通り! ここからは飛べない! 飛べないのッ!」
何でこんな当たり前の事を、こんな必死に言わなければならないのか、と思いそうになるけど。
どうやら、キツく諭してやれば盲信が上書きされてくれるらしい。
リカバリーが出来るだけマシかも知れないけど、これでは迂闊に物を言えない。と言うか、人混みの中に居るだけで危険が一杯だ。
早く、人気の無い所に移らなければ。
ああ、行列待ちをしている他パーティの視線が痛い。
けど、あんたらだって、こうなる原因に自分から乗り込もうとしてるんだからね!?
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