リプレイ21 この命が、かの者を動かす呼び水が一つとならん事を願う(語り部:LUNA)

 MALIAマリアが部屋に戻ってこない。

 もしかすると、気を遣ってくれたのかも知れない。

 あるいは、JUNジュンの方を引き受けてくれたか。

 多分その場合、打算無しに天然で、なんだろうけど。

 MAOマオは、ベッドに腰かけて、55インチ薄型テレビをぼんやりと眺めていた。

 ラヴクラフトチャンネルのタイトル予告を延々流しているだけの、宣伝チャンネルを無為に。

 ダンウィッチの怪、蕃神ばんしん、ウルタールの猫、チャールズ・ウォードの奇怪な事件、闇にささやく者、宇宙からの色、ピックマンのモデル、エーリッヒ・ツァンの音楽、アウトサイダー……。

 この世界線ではアニメ化や映画化したらしい、不朽の名作たちのダイジェスト部分だけが堂々巡りに流され続け、もうそれが五巡目くらいになっただろうか。

 これだけ短いサイクルでしつこく主張されると、取り扱われているのがクトゥルフものであるとか関係なく、気がおかしくなりそうだ。

 まあ、ラヴクラフトアニメやラヴクラフト映画の本編を本当に観たければ、宣伝チャンネルでは無くて、ラヴクラフトチャンネルそのものに切り替えればいい。

 あるいは、ラヴクラフト+プラスを観てもいい。好きなタイトルを選べる。

 別に、このホテルに泊まっている間は、どちらもタダなのだし。

 もちろん、ホテルでまでクトゥルフ漬けはお腹いっぱいだと言うのであれば、普通のチャンネルで令和時代のバラエティ番組やニュース番組、歌番組を観るのも風情があるだろう。

 ……この子は、テレビを目視しているだけであって、本当の意味で観てはいないのだろう。

 さて。

 あれこれ様子見とか顔色伺いだとか、INT9ぽっちの私には苦手だし、この子もきっと嫌いだろうって確信、あるから、

「ねえ、MAOマオ

「ぁ、はい、どうしました?」

 

「私ね。昔、死にたいと思っていた」

 

「……え?」

「高校卒業間近のころには自殺を考えていた。

 より正確には、死にたいって言うより、それ以上生きていたくなかった。

 直接の理由はまあ、コレ! ってもの一つには絞れなかったし、強いて言えば、細々とした理由が積み重なって、そのうち何もかもウザくなった。

 一番ひどい時期に精神科に行ってたら、何か病名はついていただろうね」

「は、はぁ……」

「でも、できなかった。

 単純に、痛いとか苦しいのが嫌だったし、何よりもこの自我が消えることが怖かった。

 能動的に“死にたい”のではなく、“生きていたくない”と言う受動的な気持ちだったから。これが、あの頃の私の限界だったのだろうね」

 さすがに、ここで一旦、言葉を切る。

 MAOマオからすれば、感想はどうあれ、いきなりすぎるカミングアウトだろう。

 唐突な情報が大量に流れてくれば、誰だって混乱する。

 それも、本来なら聞かなくて済んだはずの、手前勝手な自分語り。

 内心ウザいだろうね。そうだろうね。

 わかってるよ。

 手に取るように。

 嫌がらせのつもりはない。

 これそのもので何かが好転するとも思わない。

 ただ、この子の中に、この“文字列”を残す。

 その事に意味がある。

「…………それで、LUNAルナさんは、VR側に?」

 長い沈黙を経て、MAOマオが言った。

 私は、静かにうなずいて応えた。

 ああ、何だかんだで少し安堵してしまった。

 突き放されたらどうしよう、って、やっぱ怖かったよ。

 例え上辺だけでも応えてくれて、ありがとう。

 この話、何のために切り出したのやら。

「死ぬ予行演習のつもりだった。

 何であれ、戦闘のあるゲームであれば、いつか“死ぬ”。

 死にゲーとか、あえて難易度の高いやつを選んだ。

 痛いとか、苦しいとか、そこそこ慣れたと思う」

「さっきのコンテナヤードでのムチャなやり方は、その名残ですか」

「そうかもね。

 けれど、VRゲームで何度死んだって自我は消えない。

 最後の踏ん切りがつかないまま、何度も何度も

 どんな死に方なら痛みもなく、苦しまずに、ともすれば気持ち良く逝けるのか。

 自ずとそれも分かってきた。

 ただ、この“私”が消える事に踏ん切りがつかなかった」

「何だかんだで、LUNAルナさんは生きたかったってことがわかったんじゃないでしょうか」

「だろうね」

 空疎なやり取り。

 きっと今のは、この子なりの意趣返し。

 私の自分語りを拒絶するのではなく、ステレオタイプの感想で肯定することが、ある意味で一番の仕返しになる。

「……そんなことばかりしていたから、VRに住みはじめの頃の記憶はほとんどない。

 どんな人と出会い、どんな流れで戦いに赴いたのか、誰が私に何と言って、私がそれらに何と答えたのかも。

 死んでは蘇りの繰り返しの中で思い出は薄められ、何一つ、記憶に残らなかった。

 気づけば、HARUTOハルトと仲間になっていた。

 私のVR人生の中で意味のある、と言う意味で最古の記憶かな」

「彼と共に戦ううち、純粋にVR世界を楽しんで生きられるようになったんですね」

「まあ、大体そんなトコ。

 私が聞いてほしかったのは、ここまで。オチも何も無くてごめん」

「いえ、ありがとうございます。なんか、ボクを気づかってくれたのは、何となくわかります」

 きっと、この子の心には何も響いていない。

 この子の心にあるものが、そんな安っぽいとは、到底思えない。

 私一人に、この子を動かす力は全く無い。

 けれど。

 このゲームの性質から言って、一緒にいる日数は少ないことだろう。

 この子でなくとも、クエスト一つ終わったころには誰もが疲労困憊でダウンするようなゲームだ。

 だから、その短い付き合いの中で。

 後はMALIAマリアが、HARUTOハルトが……そして、JUNジュンが、私とはまるで違う生きざまをこの子に見せてくれるだろう。

 幸い、このパーティの個性はホントにバラバラだから。

 同性と組むのか、異性と組むのか。

 年上と組むのか、年下と組むのか。

 誰とパーティ組むかって、時に人を大きく変えるもの。

 知ってる?

 JUNジュンなんか、前に私と“カレント・アポカリプス”にいた時とは、キャラが全然違うんだよ?

 あの、ヘラヘラした表情筋は数ミリも違わないのに。

 だから、どうか気づいて。

 色々な人に関わって、人は変われるってこと。

 これ自体が陳腐な、他人事の理屈だけど、それで浮かぶ瀬もあることを。

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