リプレイ20 人魚姫と夜のおデート(語り部:JUN)

 問答無用で勝手に深きものにクラスチェンジした上、ヒトの客室のバスタオルをった挙げ句、彼女は僕に、ホテルの裏手にある東京湾へ行こうと誘ってきた。

 やっぱり、今はズボンと靴に隠れて見えないけど、地味に歩きづらそうにしているね。

 直立が安定しないらしく、常に歩き続けていないと、ちょくちょく転びそうになって、何度か僕が受け止める羽目になった。

 廊下に出て、半魚人の足にこなれてくると、彼女はスキップするような足取りに変えてきた。

 すごい適応力だな。

 自分で思いついた事とは言え、半魚人になってものの数分で歩き方のコツをマスターするとか、僕には無理だ。

 ある意味、ローラースケートをいきなり渡されたような状況なのにね。

 端から見るとオツムのおめでたい子に見えるけど、まあ夢の国テーマパークで浮かれていると思えばギリギリ許容範囲内だろう。

 そもそもこのゲーム自体、自分の狂気と戦うのが精一杯で、他人のアレな振る舞いにいちいち気を取られていられない。

 実際、今、僕らがロビーに行くまでにすれ違った他プレイヤーだけでも、据わらない目でブツブツ独り言を呟いていたり、見えないお友達と楽しそうに談話していたり、万年筆を美味しそうにしゃぶったりしていたりと、結構な割合でMALIAマリアの挙動不審を食ってしまうレベルのボケ殺しがいた。

 この分なら、明日の探索でも怪しまれる恐れはないかな。

 いや、そこ安心する時点で、僕も彼女の暴挙を明日から認めているようなものだけど、もう考える事に疲れた。

 どうせ他の連中も止めはしないだろうし。

 

 夜のビーチについた。

 黒い鏡面のような海を、満月になりかけの中途半端なお月様が良い感じに銀光の線を映している。

 その線を中心に光が水面に染み渡り、遠目に鈍い光沢を帯びさせていた。

 水平線の向こうでは、対岸で輝く夜の街が見える。

 その喧騒が耳に届かない分、こちら側の静けさが際立って、向こう側が異次元に見える。

 でもまあ、あそこでも無数の怪異だとか宇宙的恐怖との遭遇が繰り広げられているのだろう。

 ……って事を考えたら、クトゥルフものの世界で海辺に近付くのって結構な自殺行為に思えるけど。

 いやいや、海辺にホテル取ってる時点で似たり寄ったりか?

「おまたせしました」

 背後から、彼女の声がした。

 振り向くと、あおみどりがファジーに入り交じる、鱗に覆われた半魚の脚を露としたMALIAマリアがいた。

 腰には、僕とHARUTOハルトの部屋から断り無くパクってきたバスタオルを巻いている。

「ちょっと、この身体の動作チェックとかしたいのですが」

「あー、やっぱりそう言う流れ?」

「お疲れのところ、本当にごめんなさい。わたしが見えなくなったら、部屋に戻って休んでください。

 最初の動きだけみてもらえれば十分ですから」

 そして彼女は、水の中へと踏み出した。

 次瞬。

 彼女が横座りになったかに見えて、その脚は瞬く間に大型魚の尾びれに変質していた。

 まさしく、童話の世界の人魚姫だった。

 ああ、バスタオルはこのためか。

 僕らからすればわかりにくいんだけど、尾びれ部分をそのまま露出するのって、よくよく考えたら下半身すっぽんぽんって事を意味する。

 絵で見る分には他人事だけど、人魚の身体が自分の主観になってしまうと、途端に気になり出したのだろう。

 それを憚ってバスタオルを巻いているわけか。

「まあ、神話生物が泳いでないとも限らないから気をつけなよ」

 一応、忠告しとく。

 かく言う彼女も、今や神話生物に片足突っ込んでるっていうか……いや、そもそも宇宙全体から俯瞰した時に、どいつが神話生物だとか意味あんのかな、とか……怖い考えになりそうだから、やめとこう。

「ありがとうございます。

 それより、この年の今ごろ、東京湾でイルカやクジラがたくさん出たそうですね」

「……? そうなの? まあ、当時のニュース調べてそうだったのなら、このゲームでもそうなんじゃない?」

 現代のAIは、瞬時に地球全体をスキャンしてVR空間を造り出せる。

 時代設定でサーバーを区切っているこのゲームであれば、過去のあらゆる文献から、その日その日の天候まで再現していてもおかしくはない。

「じゃあ、イルカにも会えそうですね」

 この上、どこまでも呑気な事を言う。

「それじゃあ、おやすみなさい」

 そう言って、彼女はするりと漆黒の海へ消えていった。

 ……。

 …………。

 泡になって、消えないことを祈っておくか。

 主に、赤黒い色の。

 ビール、買い足しに行こう。

 僕は海に背を向け、ホテルへと帰っていった。

 

 

 夜のビーチで一人酒盛り。

 この世から見放されたような静寂。

 僅かなせせらぎに、水を穿つ微妙な音がまじったのを耳にして、僕はビールを置いた。

 そして、まるで、ほうほうのていで打ち上げられるかのように、彼女が出てきた。

 ゆったりと歩き寄る僕を、砂辺に伏した彼女は意外そうに見上げた。

「部屋に……もどって……いなかったのですか……」

 息も絶え絶えの、掠れ声だ。

 加減が分からずに泳ぎ疲れたのか、やっぱり名状し難いエネミーと遭遇したのか。

 目立った外傷が無いあたり、スタミナを消耗していると言う方が適切か。

 まあ、念のため待っておいて正解だったよ。

 未知の事をやらかす時は、出来るだけ予防線は張っておかないとね。

 二足に戻るよう促し、僕は彼女に肩を貸して今度こそホテルへと帰った。

 ホント、明日からはもう少し楽をさせてもらうよ。

「イルカは見れた?」

「……はい、間近で」

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