リプレイ25 偽りの神格と偽る神格による欺瞞に満ちた喜劇(語り部:LUNA)

【ヨグ=ソトースの溜め息(リスク:6面ダイス×1)】

 

 颶風ぐふうが、私たちの間を駆け巡った。

 MAOマオが、自分へ目掛けて魔術を撃ったようだ。

 確か、五秒間魔術との力比べをさせられ、負けると殴り倒されるものだ。

 HARUTOハルトは襲い来る突風をしっかり受け止めたけど、その場に釘付けとならざるを得ないだろう。

 一方、対抗する気も無かったであろうMAOマオは、それこそ横面をぶん殴られたような勢いで、床に打ち付けられた。遠目で見た感じ、右腕を捻ったか。

 勿論、この子とて好きで自傷に走っているわけではないだろう。

 そうしないと打ち消せないような、耐え難いレベルの“何か”をVRで苛まれているはずだ。

 MAOマオの暴挙に、ラーン=テゴスが反応した。

 ムカデのような無数の節足を、目に見えてぐっとたわめると、交戦していたMALIAマリアをはね倒しつつ、こちらへーーMAOマオを踏み潰す軌道に乗って来た。

 その場から連れ出すので精一杯だった。

 視界が、あの気持ち悪い巨物で一杯になる。生臭い、コケの腐ったような臭い。

 入り乱れる触腕の間を、ほうほうの体で逃げ惑うけどーーハサミのついたものは、躱し切れない。

 そう悟った私は、少しでも距離を離そうと、もうひと跳び。MAOマオを抱き込むように自身で覆った次瞬、ゴリゴリゴリと、剥き出しの岩肌みたいなハサミが私の背中を掠めて抉り抜いた。

 痛い、と言うより熱い。

 裂かれた肉から大量の血が流れてるのは何となく感じられるけど、麻酔越しのように感覚が鈍かった。

 そして。

 HARUTOハルトがようやく、ヨグ=ソトースの溜め息の突風をはねのけた。

 MALIAマリアが追い付いた。

 乱れ、交差する無数の銃声。

 MALIAマリアがマシンピストルで、奴の顔に散りばめられた魚眼を眩ます。

 そしてHARUTOハルトが、体勢を整える暇もなく精密な射撃で魚眼を狙い撃ち、潰してゆく。

 ガラスを引っ掻いたような怒号を上げ、ラーン=テゴスが、後ろ半分のムカデ脚を伸ばし、棹立ちのようになる。

 私はその、無数の脚と胴体との接合部のひとつにマグナムの照準を合わせた。跪いたような、無理な体勢だけど、こんな至近距離で、あれだけ的が大きければ外しようもない。

 発砲。

 脆い外皮が、中途半端に肉をこびりつかせて砕けた。多数ある脚のひとつが根本からもげた。

 そこへ、夜の奔流のような長い髪の女が踏み込んだ。

 MALIAマリアは、私が穿った穴へピンポイントに偃月刀を刺し入れて、柄の半分以上の深さまで抉り抜いた。

 おびただしい体液を滝のように流し、次第に金切り声が弱まっていく。もうひと押しだ。

 偃月刀を引き抜いたMALIAマリアがもう一度突き込み、私達は弾倉の残弾をありったけ撃ち込んだ。

 そして、とうとう、ラーン=テゴスがもがくのも止めた。

 脚が巨体を支える事を止めて脱力すると、後ろ手に倒れて動かなくなった。

 いや、まだ虫の息ではあるのか、ピクッ、ピクッとは動いている。

 ファンタジー世界での習性で、どんな再生能力があるかもわからないからトドメは確実に……とか考えてしまったけど、その間にラーン=テゴスは完全に沈黙した。

 土壇場まで魔術を使うか迷ったけど、結果、銃などの常識的な武器だけで何とかなってしまった。

 

「だから言ったのに」

 逃げ惑っていたオラボーナが、途端に態度を変えた。

「この“大いなる神”を目覚めさせてはならない、と。あなた様の為の忠告だったのですよ」

 私がさっき、頭の上半分を吹き飛ばしたロジャーズの亡骸に近付いた。

「お見苦しい所をお見せしました。の展示物は私が修繕の後“ラーン=テゴスの生贄”と言う新たな作品として展示し直すつもりです。

 きっとより良い作品に仕上がっていますので、また後日、改めてご来館下さい」

 主だったロジャーズの襟首を掴んで、こちらまで引きずってきて、ラーン=テゴスの死体に添えるようにした。

 なるほど。こう言うオチか。

 VRゲームのシナリオという前提があるから、すんなり納得できたけれど。

 私は、何となく“私たちのニャルラトテップ”をコールしてみた。

 いつも通り、美しく均整のとれた少女の姿で具現化した。

 まあ、何の躊躇いもなくオラボーナの側に行き、その脚に、頬杖をつくようにして寄り掛かっている。

 悪びれた様子のひとつも無いと言うことだ。

「恐らく、貴方がたに有用な情報がございます」

 まるで今気づいたかのような白々しさで、あの男はロジャーズのポケットをまさぐり出した。

 ……こいつを“男”と断言していいのかは微妙だけど。

 とにかく、オラボーナがロジャーズのポケットから取り出したのは白いスマートフォンだった。

 よく見ると、落としまくったのかボロボロだ。

 ロックが掛かっていたので、オラボーナは、ロジャーズの亡骸の指を押し付けて指紋認証で解除した。

 そして。

「ロジャーズ様に魔術書を与え、ラーン=テゴスの情報を提供したのは、その道では大掛かりな組織であったようです」

 そう言って、ロジャーズのスマホを一人一人に掲げて見せた後、HARUTOハルトに手渡した。

 令和当時、既に個人の連絡手段としては斜陽気味だった電子メールと言うものでのやり取りだった。

「それは差し上げます。詳細の隅々まで知りたければ御自分で読んで頂くとして……要約すると、ラーン=テゴスの復活は、ダゴン秘密教団の計画の一つに過ぎず、ロジャーズ様は騙されていたようです。

 このままロジャーズ様が平穏無事であった場合、“ムー大陸”にてラーン=テゴス共々、迎え入れる予定だったようですね」

 ムー大陸。

 名前からして、コトの胡散臭さが倍加するだけのネームバリューはあるのだけど。

「……ムー大陸の存在は、ラヴクラフトの著書でも言及がある。短編作品の“永劫より”が有名だな。

 そして、その他の作家によって、クトゥルフの支配地ともされている」

 今回の宿敵はダゴン秘密教団。

 奴らが崇拝する父なるダゴンの親玉はクトゥルフ。

 ムー大陸は、クトゥルフのおうちでもある。

 “シー”も含めたラヴクラフトリゾートのどこかに、ムー大陸をテーマとしたエリアがあるのだろうか。

 インパーク前にざっと全体の地理は調べておいたのだけど、そんなエリアは無かった。

「さて、それも良いけど、いい加減治療しないかね」

 タイミングを見計らったように、JUNジュンが言った。

 既に応急処置キットをスタンバイしていた。

 いててて、そう言えば、ラーン=テゴスのハサミで背中を抉られていたんだった。

 死闘の余韻が薄れ、手懸かりについて考えようと落ち着くにつれて、ズキズキ痛みだしてきたよ。

 MAOマオの右腕もやっぱりタダでは済んでいないようだし、依然、自傷衝動を仲間が押さえてやらないとじっとしてられないようだから、【精神科医】にかける必要もある。

 それに、魔術の精神ダメージ清算もそろそろ起こる頃だろう。

 話は、それらがすっきりしてからだ。


 

 ちなみに、後でニャルラトテップに質問してみた。

「もし、私達がここを見つけるダイスロールを二回とも失敗していたら、どうなっていたの?」

【オマケと称して、ラヴクラフトシーの“インスマス・エリア”へ行くよう促していた】

 美少女の顔をした無貌の神が、やっぱり悪びれもせずに白状した。

 ダゴン教団を探すクエストで、そんな安直な場所は探そうとも思わないだろう。

 ……運営AIのメッセージと言う、唯一の手懸かりがあれば、別だけど。

 こんな安直なオチであるはずがない、と思いながらも一応、探さざるを得なかっただろう。

【なお、一度目の“運”の方のダイスロールに成功していた場合、諸君らはラーン=テゴスと遭遇する必要は無かった。

 ロジャーズとラーン=テゴスは既に始末されており、今のオラボーナとのやり取りから始まる筈だった】

 だからか。

 二度目、MALIAマリアのINT依存と言う勝率90パーセントのダイスロールを、あっさり容認したのは。

 二度目のダイスロールのチャンスを貰うのに、私達は知らずのうちに「ラーン=テゴスと戦わされる」と言う代償を支払わされていたコトになる。

 やっぱり、諸々の意味で性格の悪い運営AIだと思った。

 一応、公正中立が鉄則のVRゲームのゲームマスターとしても、この振る舞いはいかがなものか。

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