リプレイ14 負けるわけにはいかない(語り部:LUNA)

 ニャルラトテップのサイコロの結果、私に12の精神ダメージ、MAOマオは17のダメージを受けた。


<正気度の増減>

 HARUTO【正気度:84】

 LUNA【正気度:55→43】

 MALIA【正気度:73】

 JUN【正気度:71】

 MAO【正気度:53→36】

 

 私とMAOマオの正気度は二割以上のダメージを受けた。

 よって、閃き判定をスキップし、重篤な症状も含めた何らかの精神疾患がランダムで付与される事となった。


<精神疾患の発症内容>

 LUNA【常軌を逸したエゴイズム】

 MAO【喜怒哀楽の暴走】

 

 ……私も軽率だった。

 簡単な確率論だ。私の正気度でこうなりたくなければ、魔術の使用は一度に留めておくべきだったのだ。

 こんなこと思うの、傲慢な侮辱だってわかってる。

 けど。

 はきっと、私達の庇護と理解を必要としている。

 は、かつての私と何処かが似ている。

 身体が、ざわざわしてきた。特に、喉が熱い。

 いよいよVR発狂のシステムが、私の頭をいじくり回し始めたのだろう。

 きっと、今この時、MAOマオのコトも同じように。

 優しくて強いMALIAマリアすらもねじ伏せられたVR狂気。

 私に、対抗出来るだろうか。

 

 船の発着場から、海水の砕ける音や阿鼻叫喚の声が聴こえてくる。「ちょっとこちら側にはみ出した」クトゥルフの手だか足だかと、他プレイヤー多数との総力戦が展開されているのだろう。

 私達は、それを他人事のようにして、黒服どもの死体を一ヶ所に集めた。

 当初の目的通り“謎の非合法組織”のエージェントが持っている銃器を根こそぎ奪うためだ。

 そうすれば、無理に魔術を使わなくても良くなる場面が多くなるはずだ。

 オートマチック拳銃が四挺、リボルバーのマグナム銃が一挺、連射式フルオートのマシンピストルが一挺。

 オートマチック拳銃の弾薬は十分にありそうだ。

 どうせ日数にして三日間くらいしかリゾートには滞在しないだろうし、拳銃の弾切れは気にしなくて良さそうだ。

 問題は、弾薬の規格が違うリボルバーと、使いどころを考えないとものの数秒で弾の枯渇するであろうマシンピストルだけど。

 とにかく、HARUTOハルトが手早く戦利品を分配する。

「……マグナムは、自分が使わせて頂く。マシンピストルはMALIAマリアだ。君は、通常の単発式セミオートも持ってくれ」

「わかりました。マシンピストルはなるべく温存ってことですね」

 そして私達は、残りの拳銃を一挺ずつ渡され、

 

 心臓が、殴られたように脈打った。

 熱い流れが胸から喉へとせり上がってくる。

 次瞬、身体の水分が一気に干上がったような渇きに襲われた。

 

「なに……これ……」

 声が掠れて、ほとんど音にならない。

 まずい、まだ現実で生きていた学生のころ、これに似た感じを経験した事がある。

 脱水状態とか、そういうやつ。

「……LUNAルナ? 如何どうした、大丈夫か」

 私の異常を察したHARUTOハルトが、武器の分配をやめて近付いてきた。

 

 彼の顔を殊更見ると、なけなしの水分がますます吸い上げられたように、喉が熱くなった!

 

「恐らく、VR狂気の症状が出たね」

 平然と、しかし声の奥底に身構えるような緊張をにじませて、JUNジュンが言った。

LUNAルナ、具体的な症状を言えるかい」

「喉……が……ひどく……渇く」

 喘ぎまじりにどうにか訴えを絞り出すと、JUNジュンは携帯していたミネラルウォーターをよこして来た。

 その顔に、「これで治せる」と言う希望は一切なくて、一応の対症療法を、大方無駄だろうけどやるだけやってみると言う時に医師が浮かべる表情だった。

 実際、水を飲んでも飲んでも渇きは収まらず、ペットボトルは一瞬で空になった。水滴ひとつ残らず。

「ま、対話可能なだけ御の字としておくか。

 恐らく、水分の問題ではないな。その渇きは錯覚だ。

 何か、その症状を引き起こすきっかけ、トリガーがあるはずだ」

 正直、もう耐えられないけど、私は考えた。

 病名【常軌を逸したエゴイズム】、それをVRで再現するトリガー……最初の発症はどの瞬間だった?

 ……銃の分配が終わって、オートマチック拳銃を渡された時ではなかったか。

「ごめん、マグナムとマシンピストル、私に頂戴!」

 自分の本心の一部にニアミスすると、途端に渇きがマシになった。

 声が出そうな今のうち、あらん限り叫んだ。

「……何? 唐突に何を、」

「いいから早く! その二挺は私のものだ!」

 そうだ。

 戦利品の中で強力な武器が、私には分配されなかった。

 その不満を自覚した時、症状が出たんだ。

 そもそも銃を調達しようと決めたのは、魔術を節約する為だ。

 正気度が低くて、なおかつ高威力・広範囲のクトゥグア魔術を使う私がマグナムと連射式銃をもらうのが、補填としての筋ではないのか。

 わかっているよ。

 拳銃の腕前はHARUTOハルトが頭一つ抜きん出ているし、マシンピストルの弾薬消費を最も的確にコントロール出来るのはMALIAマリアだろう。

 特に私とHARUTOハルトの“HEAVEN&EDEN”移住組は、魔法戦士だった彼女の戦術観を良く理解していた。

 けど、それでも。

 思って、しまったんだもん。

 ーー私の事、どうでも良いの!?

 そこに、VR狂気が付け入ってきたわけか。

 常軌を逸したエゴイズム。

 現実が自分の“願望”から離れてしまうと、脱水状態のような症状に襲われる。

 やっぱり、我慢してどうにかなるものではない。

 本当に脱水で死んでしまうわけではないのだろうけど、この症状を抱えたままでは探索も戦闘もままならない。

「悪いけど、ここからは、私は私のやりたい事を最優先させてもらう」

 努めて高圧的に、私は言葉を突きつけた。

 お願い皆、言葉の裏にあるメッセージに気付いて。

「このパーティは今から、私の指図で動くこと。良い!?」

 一口に“願望”と言っても、かなりファジーな言葉だ。

 つまり、私自身が私のその時その時に抱く“願望”を、マシなものに向くようコントロールするんだ。

 そこに、活路があるはず。

 そう、これこそが“ロールプレイ”だ。

「今日はもうホテルに引き上げよう。こんなウザ気分でパークなんて歩けるか」

 これには、誰も反論しなかった。

 狂気の重症者が回復するには、スキルの【精神科医】があったとしても半日はかかる。

 それが二人も罹ったとなると、どの道、これ以上の探索継続は現実的では無いだろう。

 MAOマオは今のところ……目に見えた変化は無いけれど。

 

 パークを一時退出し、モノレールへと引き返す。

 オフィシャルホテル区域の駅で降りて、あらかじめ取っておいたホテル“ン=カイの森・東京ベイ”へとチェックインする。

 こんな時に何だけど、しりとりの奥の手に使えそうな名前だ。

 チェックインが出来るのは、初日の15時から。

 時計を見ると、余裕で越えていた。

 このパークで戦う為の拠点が、こうしたオフィシャルホテルである。

 ファンタジー世界で言う所の、冒険者の宿だ。

 本当はパーク内に直結した“ホテル・ミスカトニック”の方が復帰性は高いのだろうけど、値段が高くて(HARUTOハルト一人ならまだしも)私達全員が泊まるには手が出ない。

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