リプレイ15 私の戦い(語り部:LUNA)

 私は今、HARUTOハルトと二人で客室にいた。

 他の三人は、向かいの部屋。

 当然、部屋は男女別

(性別不詳、かつ、明確な希望も無かったMAOマオは、ダイスで決めた結果、女部屋)

 で取ったのだけど、向こうでは今、JUNジュンが【精神科医】スキルでMAOマオの治療にあたっている。

 こっちの部屋で、私と彼が二人きりなのは、私が暴れた時のための見張りと……私自身の指示。

 17ダメージを受けたあの子の精神疾患に必要な回復量は最低でも13。

 ちょうど嫌な数字だと思う。

 どうやってもダイスを三回は振らなければならない。

 JUNジュンが前に説明したそうだけど、【精神科医】のスキルは、医師と患者が“話し合う”モーションで、かなりの長時間拘束されるし、次にスキルを使えるようになるまでに、相応のクールタイムも課せられる。

 今の私達のように症状が重い場合、尚更だ。

 正気度回復スキルを連発されたら、クトゥルフもののゲームにならないからだろう。

 五十歩百歩だけど、12ダメージの私であれば、必要な回復量は8。序盤で5や6が出れば短時間で済む可能性がある。

 普段の私達であれば、仕事やエネミーは減らせる所から各個撃破をモットーとしているのだけど、私自身の希望であの子を優先してもらった。

 こんな“自己中状態”で他人に譲る事が出来るのか、一抹の不安はあったけど……よくよく考えたら、私には消化しておきたいがあった。

 そしてそれは、今の状態でなければなかなか出来ない事。

 それを意識し出したら……喉がまた熱をはらんできた。

「ねえ、HARUTOハルト

 私は、おもむろに立ち上がった。

 静かに見えるけど、身体や手足の芯の部分は人知れず震えていた。

 これはきっと、VR狂気とは関係ない。

 

「私、貴方が欲しい」

 

 そう言って、私は彼の唇に自分のそれを重ねた。

 前のゲームでも、身体の関係を持ってしまった。

 でも、前にも話したけど、それはスキル目当てであり、お互いに本心から納得している。

 私はきっと、彼の事を男として愛してはいない。

 彼もまず、同じだろう。

 けれど。

 どういう経緯だろうと、VRのアバター同士に過ぎなくて現実の身体は触れていないにしても、貴方には、私のはじめてをあげたんだよ。

 女にとってーー少なくとも私にとってーーそれがどれだけ大きなコトだったか、わかる?

 意識がこのわだかまりに向いた時……今の【常軌を逸したエゴイズム】の症状が酷くなるのがわかる。

 彼は、やっぱり抵抗しなかった。

 彼は、誰の事もしない。

 ーーそれが、ずっとムカついていたんだよ。心の底では。

 私は、そっと唇を離した。

「…………我々が今居るのは“HEAVEN&EDEN”では無い」

 あのゲームでは、一度恋愛判定が承認されたとしても、それなりの頻度で一緒に寝ないと“レス”と見なされて判定が取り消される危険もあった。

 ゲームを変えた今、もう維持する義務もない。

「そうだね。私達のVR“恋愛関係”と言うのは、あのゲーム限りのコトだった。納得もしているよ」

 でも、同時に、こんな私にもプライドはある。

 用が済んだら、それで終わりって、酷くない!?

 ……私は彼を愛していない。

 彼が私を愛していない事も本心から納得している。

 けど、ゲームが変わったら、無かった事にされたのに腹が立つ。

 じゃあどうしろと、と思われる事だろう。それも分かっているよ、私にもこれの正体が分かってないんだから!

 そして。

 少し乱暴に手首を掴まれて、彼は私をベッドに押し倒した。

 何?

 今更、怒った?

 そう言う人間味あったっけ? この人。

「……無理に自分の内面を理解する必要は無い……と自分は思う」

「何それ」

「……今、君は戦って居るのだろう。その結果が、自分とのこのやり取りである事も解る」

「もう、遠回しな言い方は止めてくれない。卑怯なんだよ!」

「ーー」

 もうワケがわからない。

 口をへの字に歪め涙をこぼしながら、組み伏せられた至近距離から言い放ってやると、彼にしては珍しく、言葉を詰まらせた。

「……本当に、良いんだな?」

「何が」

「……自分は男であるから一生知りようが無いが“一度目”と言うのは激痛を伴うのだろう」

「何のーー」

「無論個人差はあろうが、“HEAVEN&EDEN”での、君の初回の様子を思い返すにーー」

「……ぁ」

 彼が暗に示している事を、理解した。

 VRゲームのアバターは、現実の身体を再現して構築される。

 そして、ゲーム内で運動したり、食べ過ぎて太ったりした補正が、最終的なアバターの組成に反映される。

 そして、そのゲームで使っていたアバターは、別のゲームには持ち越せない。

 ゲームを移住したら、現実ベースの“レベル1”からやり直しだ。

 今回のHARUTOハルトのように、過去にプレイ経験があるタイトルに再ログインしたケースであれは、話は別であるが。

 そして、私は現実世界での“経験”が無い。

 これらを統合すると。

 こここのゲームで彼と再び関係を持つと言うコトはーーあの、身体の内側から抉られるような地獄の痛みを再び味わうコトを意味する。

 いやいやいや、無理!

 やっぱりそれには、心の準備がないと無理!

 私は、慌てて彼を押し退けた。

 気付けば、VR狂気の症状が治まりつつあった。

 長いこと溜め込んでいたモノを吐き出したのが良かったのか、痛いのはイヤっていう、それこそエゴが勝ったのか。

 けれど、こんなんで回復するほど重症のVR狂気とは甘いものではない。

「というか、自分を制御するのに使える一番のネタを早々に消化してしまった」

 それを言ったら。

 彼の口許が、少し緩んだ気がした。

 だとしたらいい気なものだ。

 ネタ切れして困るのは、この場合、私ばかりなんだから。

 でも。

 私と彼のスマホが、同時に振動した。

 パーティで共有するトークアプリに着信があった。

 MAOマオの治療が終わったのだろう。

 結果論、時間稼ぎにはなったかな。

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