リプレイ38 無意味で無価値で無益だから無題(語り部:MAO)

 LUNAルナねーちゃんが、落としたリボルバーを拾う。

 何も判明していないうちからそれを叩き落としに行けたのは、ある意味でボクが誰よりも事態を理解していたからかもしれない。

 男の人が受ける心の痛手からも、女の人が支配される念力からも無視された、ボクだからこそ。

「お願い、逃げて……!」

 ボクらにそう懇願しつつ、LUNAルナねーちゃんは常人離れしたバネでボクに飛びかかり、思いっきり首を絞めてきた。

 多分、VR狂気でも最も恐れられている【殺人癖】と同じメカニズムで、彼女は無差別殺人を強いられているのだろう。

「ぁぅ……く……」

 あの華奢な身体のどこに、こんなゴリラじみた握力があるのか。

 頼りない表情で涙を流しながら、彼女はボクを本気で絞殺しにかかる。

 窒息死する前に喉を潰されて死にそう、苦しい……。

 HARUTOハルトさんが、彼女に容赦なく回し蹴りを繰り出す。

 彼女はボクを手放すと、彼の蹴りをガード。ボクはその隙に、ほうほうのていで逃れた。

 とりあえず目先のことはHARUTOハルトさんに任せつつ、ボクは辺りを見回した。

 他パーティの人達も、ボクらと同じだった。

 このゲーム自体、男性プレイヤーの比率が高いのだけど、ちらほらいる女の人が、それぞれに苦悩を浮かべながら手近な人間に襲いかかっている。

 そこへ、黒き仔山羊の触手が鉄柱のような威力で振り下ろされ、地面をクッキーみたいに粉砕しながら地獄絵図を強化していた。

 さっきぶつけたジープが効いているのか、後ろ足を引きずるような足取りだ。

 打撃の基礎となる脚を壊されても触手の威力があれってことに呆れる。

 しかもその場の“女性”全てが無差別殺人鬼になってる状況下で、だよ。

 そう。

 黒き仔山羊に“VR魅了”された人の中にはちらほら見られた。

 あの【外宇宙の黒ミサ】は、生物学的な性別じゃなくて、精神的な方の性自認を参照しているのだろうね。

 HARUTOハルトさんが、これまた鬼畜のような無慈悲さでLUNAルナねーちゃんを背負い投げで叩きつけようとしたけど、彼女は彼女で巧みに受け身を取った。

 断言できる。

 本来の彼女よりずっとフィジカルが強い。

 HARUTOハルトさんでも、防戦一方で抑え込むのが精一杯らしい。 ーー殺してしまえば早いのに。

 そして。

「……MAOマオ、君はに参加しろ」

 そんな無茶を言ってきた。

 彼の言葉に、黒き仔山羊の方を改めて見ると、混乱を振り切った男の人達が相当数、攻め込みはじめていた。

 見れば、神殿のあちこちに打ち捨てられた戦斧や剣があって、誰もがそれを咄嗟に拾っている。

 舞台の飾りなのか、MALIAマリアねーちゃんの拾った偃月刀えんげつとうと同じく救済アイテムなのか。

 当然、それらを拾うのは、操られた女性プレイヤー達も同じ。やっぱり血みどろの刀傷沙汰を新たに起こしてるんだけど。

 一方、HARUTOハルトさんが、LUNAルナねーちゃんの凶行を潜り抜けた無理な体勢から発砲、見事に黒き仔山羊の唇に命中させたけどーー肉が若干充血しただけで、ほぼ無傷。

 潰れてマッシュルームのようになった弾丸が、むなしくポトリと落ちた。

 銃弾がこんな呆気なく潰された光景なんて、そうそう見られないだろうね。

 また、

【クトゥグアのワルツ】

 他パーティの誰かが、即席の太陽もかくやという焔の魔術を叩きつけた。

 確か、LUNAルナねーちゃんも修めている、可燃性の粘液によって決して鎮火できない、必殺の魔術だったけど。

 黒き仔山羊は、確かに炎上している。

 けれど、燃えているだ。

 熱損も酸欠もないみたいだ。

 何なら、プレイヤーの何人かを触手で拾い上げて、燃え盛る自分の身体に押し付けて焼き殺しさえしている。

 銃は効かない。火炎もーー恐らくは冷気も電撃も、何も効かない。

 けれど。

 髪の毛ほどの間隙を突いて叩き込まれた斧が、剣が、樹木のような身体に確かな裂傷を刻んでいるみたいだ。

 どういう理屈か、近接攻撃は通っている。

 LUNAルナねーちゃんが、古ぼけた西洋剣を引き抜いてHARUTOハルトさんに斬りつける。

 彼はそれを紙一重でいなし、手刀で彼女の手を打って剣を落とさせた。

 それをすぐさま拾い上げ、

「【T神の啓蒙(リスク:6面ダイス×1)】」

 ボクに知覚強化の魔術をかけると共に、ねーちゃんから奪った剣を投げてよこしてきた。

 危ないな! と一瞬思ったものの、魔術の効果で世界がスローモーションに感じられて、投げ渡された剣を問題なくキャッチできた。

「頼む、自分に代わって奴を始末してくれ」

 ーーボクは、それを聞いて何を思ったのだろう。

 今一度、その“前線”とやらを見る。

 少しずつ、犠牲者を出しながらも、黒き仔山羊の大木じみた身体がどんどん切り裂かれていっている。

 ボクが殊更行かなくても、

「ーー!」

 声にならない叫びを上げながら、ボクは素人そのものの構えで剣を掲げ、黒き仔山羊に向かって行く。

 触手が、倒壊する鉄塔の勢いで襲いかかる。

 ボクはそれをすり抜け、ついでに触手に剣をえぐり込ませ、突き進む。

 遮二無二に走った。

 長い黒髪を振り乱して、斬った、斬った斬った斬った斬りつけた。

 見える。

 不揃いに暴れる触手の、一本一本が何を考えているのか。ボクを潰さんとしているのが、どれなのか、全て。

 奴の懐に踏み込んだ。

 コマ送りのような情景の中、ボクはやっぱり剣を一心不乱にえぐり込ませた。

 触手が横なぎに、ボクをはねた。

 ちっぽけな自分の身体が宙を舞うけれど、叩きつけられたのも構わず、ボクはまた奴に剣をぶっ込む。ぶっ込み続ける!

 

 ……。

 …………。

 

 とうとう剣が中ほどから折れた時、ボクはようやく我に返った。

 黒き仔山羊は、どういうメカニズムかは分からないが、外傷性ショックによって生命活動を停止。

 ボクは今の今まで、骸となったそれを滅多斬りにしてたらしい。

 ボク以外にも、奴の死が信じられなくて、未だに死体に鞭打つようなことをしている人がいた。

 女の人達はみんな、もう支配から解放されて、身体の自由を取り戻していた。

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