リプレイ39 自分に嫌気がさす(語り部:LUNA)

 何しろ50人規模の参加数だ。

 同士討ちや、黒き仔山羊の目撃による発狂の余波によるイザコザも終息するまでに時間がかかった。

 フッ。見るがいい。私達のパーティは冷静そのものだ。

 ただ、MAOマオは冷静と言うよりは……だけど。

 隠しても分かる。

 これは、真面目に言ってるコト。

「大丈夫?」

 私は、それだけを聞いた。

「憐れみはやめてください。ボクは余裕ですから」

 なるほど。

 この子が、私達に対して何かを突っぱねる、というコトを面と向かってしたのははじめてだ。

 少し、距離が縮んでくれたのだろうか。

 ただ、この子もこの子で、仮面のつけ忘れに気づいたらしい。

「ごめんなさい」

 言わなくていいコトを、言った。

 そしてうつむき、黙り込む。

 私とHARUTOハルトも、黙っている。

 すぐに、居たたまれなくなったのか、

「聞かないんですか」

 そう切り出してきた。

 男だけが受けた精神ダメージも、女だけが受けた魅了も、この子は両方を免れた。

 それを言っているのだろう。

「チートかも知れないですよ。だとしたら、あなたたちにもペナルティが課せられかねない」

 話したい、のだろうか。

「……君が話したければ話せば良い。話したくなければ話さなければ良い」

「どちらでもいいってことですか」

「……放置した場合、君のアカウントが即時消滅したり、現実の君が死亡したりするような内容であれば、話は別だ」

「あー、ごめん。この男の言い回しはちょっと分かりにくいからスルーして。

 私は聞きたい。だから、話して」

 テキパキと言ってやった。

 そしたら、MAOマオは話してくれた。

 

 ーーボクは、自分が男なのか女なのかがわかりません。

 もちろん、生物学的な性別はありますが、ボクはその性別が自分のものだと思えません。

 かといって、肉体と逆の性だとも思えないのです。

 一昔前からよくある、性自認の問題です。

 多分、ボクが今の精神ダメージも【外宇宙の黒ミサ】も受けなかったのは、ゲーム側の内部処理の結果だったのでしょう。

 見た目的には男性が受けた精神ダメージ→女性の受けた【黒ミサ】の順でしたが、ゲームの内部処理的には「女性かどうか→男性かどうか」の判定だったのではないでしょうか。

 物語的にも、女性が精神ダメージを免れたのは、怖がるより先に魅了された(という設定である)ためであるはずです。

 魅了されている相手を毛嫌いして怖がるって、変な話ですし。

 けれど、ゲーム側は、きっと女性が精神ダメージを免除されるという“うまい話”の裏を、勿体ぶって後出ししたかった。だから、内部処理とは逆の男→女の順に演出したのでしょう。

 そして、プログラムの文法的には、


 判定1:もし女性であれば【黒ミサ】にかかる・違う場合は→判定2へ

 判定2:もし男性であれば、精神ダメージが発生する

 

 だったのでしょう。

 判定1の文法が少し違って「女性でなければ魅了されず、精神ダメージ」という内容であれば、ボクは男として処理され、精神ダメージを受けていたはずです。

 それはプログラミングの盲点だったのか、あるいはボクのような性の人は両方すり抜けられると言うのが正しい“仕様”だったのか、どちらかはわかりませんが。

 とにかくボクは、性自認がどちらでもないという性自認にあります。

 ボクの場合は恐らく、生まれつきの特質ではなく、後天的なーー生育環境によるものだと思います。

 母親は男の子が欲しかった。

 父親は女の子が欲しかった。

 そしてボクが生まれて、その瞬間ーーというか検査で性別が判明した瞬間にーーどちらかの希望を裏切った。

 母親は、ボクに男の子の格好をさせたがった。

 それを着ていると、父親は、そんなものを着るな! とヒステリックになった。

 父親は、ボクの一人称を“わたし”にしろと強要してきた。

 そして母親は「何で自分を“俺”と言えないの!」と、ボクを叩いた。

 母親にヒーローの変身おもちゃを与えられ、それを父親に捨てられた。

 父親に女の子の人形を与えられ、母親にそれを壊された。

 例えば、ボクのこの髪型。

 女の子が欲しかった父親に対し「髪がこれくらいの長さの男の子もまあ皆無ではない」と、母親が結果。

 あの二人は、何だかんだでお互いを尊重し合うことを知っていた。

 ボクは一時期、一人称が言えなくなった。

 すると、両親はそれを責めた。

 ボクが一人称を言わない文章で一生懸命話すと、二人は揃って「誰が? 誰が? 誰が!?」と迫った。

 フィクションでボクっ娘ってものが存在してよかった。辛うじて、そこにしがみついて、今の“ボク”がある。

 けれど、その“ボク”という一人称さえ、自分の中ではフワフワしていて……。

 “僕”って言いきれなくて、それがーーそれで、それで、

 学校の制服をどちらにするかで揉めた。

 最終的にはズボンで落ち着いたけど、それまでに男女がコロコロ入れ替わっていたボクを、クラスのみんなは気持ち悪がった。

 みんなと違うから、弾かれた。いないことにされた。蹴飛ばされた。

 ボクの存在は生まれる前から無意味だって決まっていて、

 それで、それで、

 

 気づけば私は、MAOマオを抱き締めていた。

 涙が、嗚咽が止まらない。

 他ならぬこの子自身は、泣いていないのに。

 こういうコトされるの、この子みたいなタイプは嫌いだろうって、わかっている。

 他ならぬ、かつての私がそうだったから。

 第一、私のこの行為は、MAOマオを女の子寄りに扱っている。本質的には、この子の父親としていることが同じだ。

 私は、自己満足で身勝手で、この子を傷つけている。

 それでも。

「憐れみは、やめてくださいって言いましたよ」

「ごめん……ごめんね……」

 それでも、思ってしまう。

 何とか、出来ないのだろうか、と。

 この子はまだ、引き返せないのだろうか、と。

 ようやく落ち着いて、MAOマオから離れて。

 私は、HARUTOハルトを見上げる。

 貴方なら、どうする?

 彼はただ、黙って、真摯にこの子の言葉を耳に入れていた。

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