リプレイ31 とあるダゴンのご友人たちについて(語り部:深きものの末裔MALIA)

 わたしは今、ひとりでアトラクションの列に並んでいます。

 、仲間たちとは一旦別行動をとっています。

 わたしが入ろうとしているのは、インスマスのエリアの端にある“ファインディング・クトゥルフ ~ダゴン&フレンズ~”という体感型アトラクションですね。

 海沿いにある、近代的な水族館のような外観の建物がそれです。

 このパークのアトラクションは、どこ入ってもロクな目にあわないのは重々承知の上ですが……内容的にダゴン秘密教団の手がかりがあるはずだと考えたからです。

 クトゥルフを見出だせファインディング・クトゥルフというタイトルは、主であるクトゥルフの復活を切望するダゴンの目線で名づけられたのでしょう。

 恐らくこのクエストのラスボスであろうダゴンですし、未だ召喚は果たされていないはずなので、ここでダゴンと遭遇することもないでしょう。

 ただ……副題の“ダゴン&フレンズ”という部分が気になります。

 おおよそ、出てくるのは半魚人の深きものどもディープ・ワンなのでしょうけれど。

 後付けシステムで自分を深きものの末裔に設定したわたしは、深きものに遭遇しても精神ダメージを受けなくなりました。

 自分の生まれをすでに自認して受け入れている設定ですから、今さら同じ種族を恐れるのは逆にヘンですしね。

 あっ、ちなみに蝋人形博物館で拾った偃月刀えんげつとうは、袋に包んで背中にかけています。

 オラボーナが快くゆずってくれたので、まあAIでしょうから、ありがたくもらう事にしました。

 さすがに、むき出しで携帯するのは、キャストとかのNPCを刺激しかねないので、こうしてカバーをかけて隠してはありますが。

 このゲーム、一応プレイヤーは令和日本の住人というていなので、武器を隠すのには地味に工夫がいります。

 クトゥルフものって、事件後の立場も考えないといけませんから。

 強力な武器を持ち出して神話生物や魔術師に勝利しても、銃刀法違反とか殺人罪で逮捕されたら、負けとみなされるのです。

 

 さて、いよいよわたし(をふくむロット)の番が回ってきました。

 令和当時、元々のテーマパークでは座席に座って3D映像を見るライド系のアトラクションだったそうなのですが、現代では完全VR化されて、より臨場感のあるアトラクションに進化しています。

 まるで本当に小型魚に変身して、カクレクマノミやナンヨウハギの子たちとお友達になれたような、素敵な体験ができるのです。

 で。

 そうしたファンシー世界が丸々ラヴクラフト風に改変されたこの世界では、どうなるのかという話なのですが。

「いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」

「いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」

 フードつきローブを目深に着こんだキャストさんたちが、なんだかわたしたちゲストに、一生懸命“魔法”をかけているようです。

 そして、順番待ちをしていたお客さんたちが、次々にお魚の特徴をそなえた半魚人に姿を変えています。

 ……あくまでも、変化したのは外見だけではありますが。

 この世界での、このアトラクションは、ダゴン秘密教団の司祭ーーに扮したキャストさんに、あたかも自分の身体が半魚人になったかのような“VR体験”ができるのです。

 すっごくややこしいとは思いますが、要はこのVRゲームの世界でVRアトラクションに乗って、半魚人になったかのような経験をさせてもらえるのです。

 VRの中で体験するVRコンテンツ。あるいは、入れ子VR。

 テーマパークのアトラクションというていなので、これによる精神ダメージは発生しません。

 これぞ、科学と魔法の共演、なのでしょうか?

 ただこの状況、わたしには好都合です。

 ガチの深きものディープ・ワンになったわたしが正体をあらわにしても、VRアトラクションで変身させられたようにしか見えないはずですから。

 わたしは堂々とジーンズを脱いで、完全に水着姿となりました。

 誰も、わたしを怪しむ人はいません。

 自分たちだって、半魚人になる夢を見ている最中なのですから。

 みんな、下準備がおわって、いよいよアトラクションへ突入する時です。

 

 どうやら、トンネル状の水中洞窟をすごい勢いの海流で流されるシチュエーションのようです。

 地形は水中ながら、肺で呼吸ができるようです。

 ホント、VRってなんでもできるなって思いました。

 息はできても水の抵抗はしっかりあるようなので、わたしは脚を尾びれ形態に変形させました。

 急流に流されるまま進むと、進行方向から大勢の半魚人が大挙して泳いできました。

 手にはもりとか斧とか鉈とか、物騒なものが例外なく握りしめられています。

 当然、これらのエネミーは本物です。

 直前まで状況を飲みこめなかった、他プレイヤーの方々が何人か、斬られて殺されてしまいました。

 この状況なら、わたしも遠慮なく偃月刀を出せます。

 仮に怒られたとしても、敵から奪ったといえばそんなもんですからね。

 それで。

 向かってくるディープ・ワンたちが実物だと理解してからも、プレイヤーの皆さんがなす術もなく殺されていきます。

 水中に絵の具を溶いたように、視界が見る見る真っ赤に染まります。

 他の皆さん、見た目だけ半魚人にされたと言っても、やっぱり陸棲生物ですから……。

 旋回性能とか、直進スピードが亜音速のディープ・ワンに対して、反応しきれるはずがありません。

 また、自分が本物の半魚人に襲われていると理解した人から、6面ダイス×1の精神ダメージを受けたようです。

「ぉああァあア!」

 運悪く【殺人癖】を発症したらしいプレイヤーが、わたしにナイフを振り下ろしてきました。

 わたしは、それをするりとかわし、逃げました。

 あちこちで、十人十色の発狂模様が繰り広げられ、水中トンネルはあっというまに阿鼻叫喚の地獄絵図になりました。

 わたしの頭上、後方からも、急角度の軌道で奇襲してきたディープ・ワンがいました。

 わたしは、相手が手にしている銛と自分の偃月刀の間合いを計算、まっすぐに襲ってきたディープ・ワンのーーがら空きのお腹へ偃月刀の穂先を突き入れました。

 予期せず心臓を潰された半魚人は、その魚顔を信じられないものをみたような面持ちに歪め、力なく流されていきました。

 それから何度か矛を交えてみて、彼我の腕力が出す“仕事量”を目算しましたが。

 やはり、純血の彼ら彼女らに比べて、“深きもの”としての血が薄いわたしは力で劣るみたいです。

 けれど。

 VRで見た目だけ人魚にされたと思いこまれている、というのは、わたしからすれば充分すぎるアドバンテージです。

 わたしが前回プレイしていたようなファンタジー世界で、デーモンやドラゴンといった、人間より圧倒的に強い種族を相手取る場合、種族格差だとか食物連鎖によってヒトを格下だと見くびっている慢心を突くことこそがセオリーでしたが、この世界の神話生物も同じようですね。

 ただ、こんな付け焼き刃のウソもいつまで通じるかはわかりません。

 わたしは尾びれをしならせて、亜音速の世界に入りました。

 申し訳ありませんが、戦況はどう見てもゲスト側が不利。

 わたしひとりだけでも、アトラクションを突破してしまうほうが得策でしょう。

 

 わたし自身、自分の泳ぐ速度がジェットコースターじみたものになっていることに戸惑いながらも、水中洞窟を駆け抜けて。

 急にまぶしくなって目がくらんだと思ったら、わたしは水面から勢いよく飛び出してしまっていました。

 どうやら、洞窟はパークの屋外へと通じていたようです。

 振り返れば、さっきわたしが加わっていた行列が見えます。

 そして、

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