リプレイ36 邪なる教義と無為なりし改竄の果てを見据えし者(語り部:LUNA)

 私は、HARUTOハルトMAOマオと三人で、パークの奥へと進んでいた。

 儚げな少女に擬態した無貌の神ニャルラトテップが私達の行く手に実体化し、腕組みしていた。 ーーいいな、この現れ方、私もやってみたい。

 そして、MALIAマリアが“ファインディング・クトゥルフ”で得た情報を簡潔に教えてくれた。

 彼女は、私達の想像を遥かに越えてクエストを進行させてくれていたようだ。

「……ダゴン秘密教団まで、あと一歩だな」

 そう殊更言ったHARUTOハルトのーー私達の目の前には、石造りの遺跡を模した、パーク内でも最奥・一際大きな建物がそびえていた。

 その名も“フォン・ユンツト・アドベンチャー ~無名祭祀書むめいさいししょの魔宮~”である。

 

【その昔、ドイツのオカルティストであるフリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・ユンツトは、様々なオカルトスポットや秘密結社を渡り歩き、禁断の知識を蒐集。無名祭祀書にまとめ上げた。

 その中でも、邪神ガタノトーアの記述を巡っては未だ多くの犠牲者を出しているという。

 ガタノトーアの神官達は、自分達こそが邪神を宥め、世界を守る支配者であると主張し、生け贄を得る為になりふり構わず暗躍を行っていた。

 神官達の支配から民を救うべく反旗を翻した神官トヨグは、しかし罠に嵌められ、ついにはミイラとなってしまった。

 しかし、トヨグだったミイラの瞳には、依然、真実と叡智が宿っているという。

 果たして諸君らは、邪悪なる神官の蔓延るガタノトーアの神殿を踏破し、トヨグにまみえる事が出来るか?】

 

 と言う趣向のアトラクションらしい。

「……このストーリーの元となったラヴクラフトの短編作品“永劫より”によると、ガタノトーアの神殿があったのはだ」

 HARUTOハルトが言った。

 つまり、ムー大陸の手がかりを求めて、このアトラクションを選んだのだった。

 ここも結構な人気アトラクションで、今の感じだと一時間半は待たされるみたいだ。

 多分、そのガタノトーアの神官と言うのに扮したキャストとやり合って、トヨグのミイラを見付ければ、何かヒントがもらえる流れかな?

 石化能力を持つガタノトーアがボスとして控えてそうだけど、MALIAマリアの方でも、大勢のプレイヤーと共闘して、あの母なるハイドラを退散させたと言うし、この行列をみる感じ戦力は足りてそうだ。

 そんな感じで私があれこれ試算してると、

「……後付けシステムを使いたい。この無名祭祀書の魔宮の物語設定についてだ」

 HARUTOハルトが、何やら不穏な提案をし出したよ。

「……邪神ガタノトーアとは、シュブ=ニグラスである説をここで唱える」

【新解釈だな】

 シュブ=ニグラスとは……一言では表しにくい神だ。

 黒魔術の祖と言われる一方、クトゥルフ神話の旧支配者にしては珍しい、豊穣神でもある。

 ヨグ=ソトース、クトゥルフ、ニャルラトテップ等、錚々たる面々と節操無く子をもうけた、姦淫の代名詞とも。

「……クトゥルフ神話の解釈に“間違い”は存在しない。

 生け贄を求め人間社会に干渉する性質が共通するので、無理な解釈でも無いだろう。

 また、トヨグがガタノトーアの神官達を粛清しようとシュブ=ニグラスの力を借りようとして、結果、罠に嵌まってミイラにされたと言うが……それが他ならぬシュブ=ニグラスの差し金であったと仮定するなら、トヨグがいとも簡単に騙されてしまった事にも辻褄が合う」

 私も、彼ほどラヴクラフト作品には詳しくないけど、一応の理屈は通っているとは思う。

 クトゥルフ神話の「誰の解釈も正解である」と言う特性を利用して、自分の希望する方向へ話を持っていく巧みさは流石、とすら言えた。

 けど、意図と言うか真意が分からない。

 このアトラクションの有利不利にはあんまり意味無いような? って思うんだよ。

 例えば、これでガタノトーアの存在をアトラクションから消せるだけなら、ボス戦をスキップする交渉なんだな、と分かるけど……これじゃあ、シュブ=ニグラスと言う余計に手を付けられない相手に擦り替わるだけなのでは?

 いやーー今から私達ゲストと敵対する魔術師どもがムー大陸の神官程度の格であるなら、シュブ=ニグラス本体ではなく、その落とし子にして代行者である“黒い仔山羊”が関の山か。

 だからと言って、やっぱり何の慰めにもならないけど。

【良かろう。諸君らがアトラクションに入ったロットから、その設定を反映させよう】

 あーあ、私達以外の他パーティからすれば、知らず知らずのうちに巻き添えってコトになるよ。

 MALIAマリア達が交戦したハイドラも、私達のクエストの都合で出現スポーンしたわけだし。

 まあ、それは私達も同じ条件ではある。

 先日のジャンボリー・クトゥルフとかも、他パーティのクエストの都合で起こったのだろう。

 結果、私達はコンテナヤードに隠れて直接関わらなかっただけであって。

 こうして、誰かのクエストの都合で旧支配者が出たり消えたりするのが、このゲームの日常ではあるらしいし、罪悪感を覚える筋合いもない、か。

「……やるなら圧勝を目指す」

 HARUTOハルトが静かに、けれど熱意のある宣言をした。

 ラスボスをただ始末するのではない。

 ラスボス戦とは、彼にとっては“通過点”でしかない。

 ゲーム側が用意した最終決戦の更に上を行き、そのゲームでの“生”を完全燃焼で全うする。

 彼は、暗にそれを誇示しているのだ。

 目の前にゲームマスターであるニャルラトテップがいるのに、お構いなしで。

【残念だが、我には矜持や競争心と言う感情は無いので共感はしてやれないが】

「構わない。こちらの自己満足だ」

 今回も、この男は面白いものを見せてくれそうだ。

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