リプレイ27 強いて付けたくない気分だから無題(語り部:MAO)

 精神ダメージの結果が出た。

 ボクとHARUTOハルトさんが6ダメージ。

 このゲームの仕様上、すでに自傷癖を患っているボクに新たな閃き判定はない。

 一方、閃き成功率85パーセントを誇るHARUTOハルトさんは順当に精神疾患を発症。

 その病名は【異食症:毛髪】と言う、字面からして気持ち悪いものだった。

 

 かゆい。

 かゆい、かゆい、かゆいかゆいかゆいかゆいかゆい全身が耐え難いほどにかゆい!

 このかゆみは、自分で自分を傷付けた時だけ一時的におさまる。

 そして、傷が増えれば増えるほど、かゆみがヒドくなってゆく。

 他者からの攻撃が有効かどうかは、ラーン=テゴスでは検証できなかったけれど、多分、無効だろう。

 狂い死にしそうなほどにかゆいのに、HARUTOハルトさんが背後からがっちりとボクを羽交い締めにして、掻きむしることすら許してくれない。

 また魔術をやろうとしたら、タオルを口に突っ込まれて呪文を発声できなくされた。

 ああ、下らない、かゆい。

 別に一回死ねば済む話でしょう、かゆい。

 これはVRゲームなのだから、死んでも生き返れる、かゆい。

 なのにこのヒトたちは「パーティの仲間は見捨てない!」という自己満足のために、ボクが死ぬよりひどい目に遭うことを強要してくる、かゆい。

 かゆい、かゆい、そしてボクを拘束するHARUTOハルトさんが、なんか頭に顎を乗っけてきて、

「……済まないMAOマオ、髪の毛を少しくれ」

 むしゃむしゃ咀嚼しだした。

 顎の動きがダイレクトに頭皮に伝わってきて気持ち悪い、かゆい!

 ちょっと、やめてくださいよ! と抗議するものの、口に押し込まれたタオルが邪魔してうまく声にならない。

「本当に済まないとは思っている。だが、自分が今、見舞われているのも、君が襲われているものと同レベルの耐え難いVR衝動なのだ。恐らくは。

 減る物では無いから大目に見てくれ」

 減りますよ! 色々と!

 どうもボクの髪の数本を、歯で擦り切ってから、少しずつ麺類でもすするように食べているらしい。

 ボクを拘束するのに手がふさがっているからなのだろうけど、今ほど髪を伸ばしていたことに後悔した瞬間はない。

 ボクが今襲われているかゆみと同じくらいの苦痛を感じてのことであれば、まあ仕方がない……と思いかけたものの。

 彼の口が止まる気配はない。

 何本食べる気!? やっぱダメだ!

「さーて、優先順位つけて順番に治療していきますねー」

 と、一人呑気なJUNジュンさん。

「まず、LUNAルナの裂傷の消毒と止血。

 次にMAOマオのVR発狂の治療。

 その次、LUNAルナの処置を仕上げ。

 その次、MAOマオの右腕の処置。

 ほぼ実害の無いHARUTOハルトは後回しだ。

 終わるまでにMAOマオがハゲてないといいね!」

 やっぱりムカつく男だ……。

 けど、緊急性を見ると全くもって正しい優先順位ではある。

 彼は応急処置キットを開けて、手早く道具を並べる。

 LUNAルナねーちゃんは、何の抵抗もなく上の服を脱いで、痛々しく抉れた傷を見せた。

 性別不詳のボク、同性のMALIAマリアねーちゃん、NPCのオラボーナ……すでに“全部”見せたことのあるらしいHARUTOハルトさん。

 恥ずかしがる理由もないのか。

 てことは彼女、ボクのことを女の子寄りに見てるんだろうな。

 それで、傷を見たJUNジュンさんは、溜め息をひとつ。

「これは酷い。可哀想に……」

「ちょっと! その患者の不安を煽る言い方って、医者としてどうなの!?」

 ホントだよ。

「いやー、殴打としてもよほど強烈だったのか、打撲で組織が若干壊死してるんだよ。これは、ダメになった組織を切除しなきゃね」

「ぅ……切除……」

「さしあたり、化膿などの悪化を防ぐ。それから一旦MAOマオの処置に移るよ」

 そしてJUNジュンさんは、LUNAルナねーちゃんの傷口を洗浄し、どうやら異物が無いことを確認。消毒薬を塗って、仮のガーゼで止血した。

「いや、受傷した原因が原因だからね。宇宙的なワケわからん未知のウィルスとかいない事を祈ろうね!」

「一言多いよ先生!」

「おや、未知のウィルスはお嫌い? 傷口から第三の腕サード・アームが生えてくるとか、ワンチャンあるかもよ?」

「私を何だと思ってるの」

 さっさと彼女から離れると、JUNジュンさんはボクの方へ来た。

 ボクの受けたダメージを5以下にリカバリーするには、6面ダイスロールで2以上が出る必要がある。

 よほど運が悪くない限り1は出ないだろうけど、この地獄のかゆみの中で確率1/6と言い換えると、途端に心細く感じられる。

 そして彼が【精神科医】スキルをオンにした。

 ダイスロールだ。

 回復量は……、

 【4】だった。

「はいはい、本日はどうしましたかー?」

 もごもご、もごもご。

「ふんふん。食毛症の男に取り憑かれたストレスでハゲ散らかしそうだ、と。現代病ですね。付ける薬はありません。

 ちなみに髪の毛を腹一杯食べてしまう病気って“ラプンツェル症候群”と言うんですが、場所柄的にもピッタリじゃあないですか!」

 もごもご! もごもご!

「前向きに考えましょう。本来であれば、ただ抜け毛として消えていくはずだった自分の髪の毛が、HARUTOハルトのタンパク源となると思えば、キミがハゲるのも無駄ではなかったのだと。

 ああっ、でも、髪の毛の主成分であるケラチンって、人間には消化できないんだった。

 そうなるとHARUTOハルトが最悪、腹膜炎とかで死に至る危険もあるけど……そうなれば、キミがハゲる原因が取り除かれるから解決だね!

 まあ、そうなる頃にはやっぱりキミはハゲ散らかしてるのだろうけど」

 ……。

 …………。

 かゆみが、次第におさまってくる。

 こんなやり取りで自傷癖が治るとか、本当にふざけてるよね。

 この場合、ふざけてると言うのはこのゲーム自体なのかJUNジュンさんなのか。

 ……両方かな。

 でも、ほっと一息つけた。

 口に突っ込まれていたタオルを吐き出し、

「ほら、ボクはもう大丈夫です! 離れてください!」

 彼を押し退けて、MALIAマリアねーちゃんに押し付けた。

 LUNAルナねーちゃんのほうは、今から治療があるからね。

 それで、JUNジュンさんが、再び彼女の裂傷の治療に入った。

 ……。

 …………。

 局部麻酔をして、さっき宣言した通りに、壊死した組織を切除。

 流れるような手捌きで、背中の痛々しい裂け目を縫合していく。

 淡々とした面差しが、却って身に染みたリアルスキルを物語っている気がした。

 こんなの【ヒーリング】の魔術があれば一瞬で済むことだろうに。正気度の消費を度外視すればだけど。

 そんなことをうすぼんやり考えているうち、治療は終わった。

「はい、お次の方、どうぞ?」

 次は、ボクの右腕の捻挫(かな?)をも診るつもりらしい。

 彼の家業は、正確には整形外科だったのだろう。

 それがわかったから何? って話だけど。

 

<正気度の増減>

 HARUTO【正気度:80→74→80】(この後【精神科医】スキルで6回復した)

 LUNA【正気度:50】

 MALIA【正気度:67】

 JUN【正気度:70→66】

 MAO【正気度:44→38→42】

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