リプレイ51 HARUTOの仲間達の決闘(語り部:鞭の信奉者INA 解説:KEN)

 JUNジュンは、余裕綽々と腰に手を当てている。

 あからさまな挑発に、MAOマオが魔術を口ずさみつつ手を翳した。少し、気持ちは分かるよ。

 この男のこう言う態度、イラっと来るよね。

【生体イタズラ】

 エフェクトの光がJUNジュンを襲う。

 奴の右腕が粘土を捏ねるように蠢き出した。

 骨が断裂し、肉が潰れ、腕全体の砕ける痛々しい音があたしの耳にまで聴こえた。

「身体の部位を潰しつつ、その事実で精神的なショックも与える。心身二段構えの、クトゥルフ神話らしい魔術っすね」

 KENケンが、あたしの隣で実況解説を始めた。

 専門的な言及は、彼に任せるとしよう。

 それで、あの鼻持ちならない男は早速利き腕を潰されたようだけど。

【ゴルゴロス的・肉体美化エステティック

 と思うと、JUNジュンJUNジュンで、魔術を唱えた。

 最早、この後の正気度については頓着していないのは明らかだ。

 彼らも彼らで、HARUTOハルトが去った後までこの世界ゲームに残る気は無いのだろう。

 そして。

 JUNジュンの右腕が鞭のようにしなり、絶影の勢いで、あの子の頬を打った。

 腕は即時、縮んで元に戻った。

 【生体イタズラ】で破壊された事実も消えていた。

「不形の邪神ツァトゥグァと同一視される事もある、ゴルゴロスの秘術っすか。

 他者から受けた肉体変質の魔術を、自分を変形させる魔術で修正する。なかなか考えましたが、正気ではありませんね」

 この状況で、ちょっと蘊蓄がくどいかも。あと、最後の一言は無駄だから要らない。

【許されざる呪詛】

 MAOマオが、ほとんど怯む間も無く次の魔術を撃った。

 黒い靄がJUNジュンの両目を襲い、吸収されていった。

 JUNジュンは、それを五月蝿そうに払う素振りだ。

「ファラオの呪詛とも言われる、問答無用で視力を麻痺させる呪いっすね。JUNジュンのヤツ、強がりで余裕ぶってますが、こと対人戦で全盲にされちゃ、さすがに詰んだでしょう。

 ……普通なら、ね」

 KENケンが不気味に付け足したのと同時、JUNジュンは両手で目を覆ったかと思うと、何らかの魔術で吹っ飛ばした。

 そして、

【ゴルゴロス的・肉体美化エステティック

 邪神流の肉体改造術で、眼球を含む破壊された顔を直ちに創り直した。

 ……若干、元の形より歪で、手作り感を醸し出しているけど。

 顔面が血染めで、それだけで凄まじい形相になっている。

「何でもありっすね、ゴルゴロス」

 ホントにね。

「でも普通に【ヒーリング】じゃ駄目だったの?」

「恐らく、MAOマオの呪詛は視神経の“麻痺”であって“傷害”ではないからでしょう。物理的に無傷な以上、治癒魔術は意味がないはず。

 だから多分、目玉だけじゃなくて周辺の視覚器官を全て造り直したのかな。

 呪詛が脳に作用するやつじゃなくて、よかったですね」

 なるほど。

 それにした所で、咄嗟にあんなが出来るだけで、まともでは無い。

 けれど、MAOマオもめげずに魔術を読み上げた。

【ヨグ=ソトースの溜め息】

 突風が、あたしの髪をもさらい、JUNジュンに吹き付けた。

 何でも、この突風との力比べに負けると、プロボクサーのストレートパンチくらいの圧力波に打たれるとか。

 パンチ一発、と言うと微妙だけど、プロボクサーのそれを無防備に受ければ鈍器と同じだからね。

「何より、力比べの間、対象者はその場に釘付けとなるのがデカい魔術です」

 KENケンの言う通りだ。踏ん張って堪えるJUNジュンへと、MAOマオ本人が拳を振り上げて襲い掛かる。

 MAOマオに殴られる寸前ーーJUNジュンの身体がトラック事故もかくやの勢いで吹き飛んだ。

 ……大袈裟過ぎる。

 プロボクサーの全力パンチ相当の衝撃とは言え、余りにも。

 わざと押し負けたか。

 あたしの目は誤魔化せない。

 ゴミクズのように転がり、地面へなげうたれたJUNジュンは、

 

 さっき、自分が投げ捨てた拳銃を拾い、遅滞無くMAOマオを撃った。

 

 太腿に命中。

 まずい、太い血管が破れたか、あの子の脚から夥しい血が吹き出した!

「話が違うッ!」

 あたしは、堪らず怒声を迸らせた。

 ふざけるな、と思って、腰の鞭に手を、

「黙れよ、外野」

 あの男は、JUNジュンは、今まで見た事の無い冷たい面差しで言った。

「なっ……貴方達に頼まれて、あたしはーー」

「頼んだのはHARUTOハルトだし、誰も“正々堂々の決闘”とは一言も言ってない」

 そう言って、うずくまるあの子に銃口を向けて、あの男はなぶるように近付いていく。 

 あたしはHARUTOハルトを見る。

 彼は、情感無く頭を振った。

「あのさ。誰しも自分テメェが勝ち残る為に、なりふり構ってないんだよ。

 それは、現実リアルもVRも、変わらないワケ。分かる?

 VRは逃げ道じゃあない。別な“戦場”だ」

「そう……ですね。ここで騙されたのはボクの落ち度ですよ、INAイナさん」

「いやいや“騙された”って言いぐさが出るだけで、何も分かって無いのが丸分かり」

「ホント、面倒な人ですね。言葉のあやでしょうに」

 言いながらも、MAOマオMAOマオで諦めていないのか、奴の持つ銃を注視しながら言った。

「お前はこの時点で負けたんだよ。

 こう言う騙し討ちを食らう可能性のある世界。

 お前が飛び込んだ世界は、本来、こんな事を親切に教えて貰える事も無い世界なんだよ」

「上から目線で」

「“こちら側”に入って来た時点で、お前は一人の“男”なんだよ」

「はぁ? あんた、ボクの本当の性別知ってんの」

「知らねぇよ! 知らねぇし、そもそも興味もない。

 だが、所詮“他人”ってのは、暫定的にどちらかとして扱うしかないんだよ。

 根拠だの手掛かりは、お前の一人称が“ボク”って事だけだ。

 いいか? これは漫画じゃなくて現実リアルの話だ。

 お前が自分をどう思おうが、俺は一人称が“ボク”のお前を一人の男として扱わざるを得ない。それが、言葉の責任だ。

 他人は、お前の真意など誰一人汲んではくれない。

 お前は、王様でも女王様でも無いんだからな」

「ーー」

「だから俺は、いっぱしにパーティ組もうって“ボク”くんを、一人の男としてしか見ていない。

 それが俺の全て。お前にとって違おうとも」

 そして。

 奴は、JUNジュンは、

【ヒーリング】

 軽々けいけいにそれを唱えて、自分がMAOマオの大腿に空けた穴を、無かった事にした。

「何だかんだ始めて使ったけど、すげー威力。医者いらずだな、こりゃ」

 そして、自嘲しながら、あいつは。

 自分の持っていた銃を、蹴り飛ばして、MAOマオの足元に寄越した。

「ハンデだ、やるよ」

 そして、自身を差し出すように胸をそらして見せた。

 ……個人的な所感である事を先に断っておく。

 JUNジュンはどこか、情緒不安定と言うか、実の所、冷静さを欠いているようにも見える。

「やれよ。それで、俺を撃ってみろ」

 普通なら、こんな事をすれば撃ち殺されて終わりだろう。

 けれど。

 MAOマオは、両手でしっかりと拳銃を構えている。落ち着いた足腰、着実な照準。

 恐らくは、HARUTOハルトから習ったであろう教えに、忠実に。

 だが。

 人差し指を少し押し込む、最後のプロセスだけが、棚上げのまま、

「やれよ。ほら、ほら、ほら!」

 一歩一歩、JUNジュンMAOマオに詰め寄るけれど。

 引き金は、引かれないまま。

 弾みだとかで、いつ撃たれてもおかしくない状況。

「あんだけバカスカ魔術撃っておいて、銃の一発は撃てねぇか? あァ!?」

 あの男は、撃たれるのを期待しているのか。

 それとも、撃たれない確信があるのか。

 どちらでも、構わないのか。

 そして。

 とうとう、あの子は奴を、撃てず。

 胸倉を掴まれて。

「文字通りだよ。こんな“女々しい”ヤツ、同じVRに居るってだけで虫酸が走る」

 そう言って、あの男は、

「この世界から失せろ。

 リアルで待つ、パパとママんとこに帰れ」

「そんなのーーアンタに何が分かる」

「ダゴン! ハイドラ! ヨグ=ソトース! ニャルラトテップ! ハスター!

 アレ全部見たんだろ? この期に及んで、現実リアルの何が怖いってんだ」

「あんなの、ただの、」

 JUNジュンが、ついに、MAOマオの右頬を殴り抜いて、小さな身体をぶっ飛ばした。

「お前はーー!」

 

 まだ、引き返せるんだよ!

 俺達と違って!

 

 彼は、血を吐くような声で、そう言った。

 

「俺がもう少し生き方真面目に考えてたら。

 その可能性が、お前だ、MAOマオ

 だから、」

 

 ああ、だから、か。

 あたしは何となく、他人事ながら勘繰った。

 この男が、わざわざ、この子相手に、ここまでムキになる理由。

 

「だから、さっさと“ここ”から去れ。

 ……戻ってくるのは、現実で詰まってからいつでも出来るんだからな」

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