第45話 止まっていた時計を


 アパートの郵便受けにその封筒を見たとき、茜音は、やっぱり緊張した。

 文部科学省のホームページには、「十二月初旬発送」としか書かれていないので、十二月に入ってからは、今か今かと待ってはいたのだけれど。

 ……落ちてるんだったら、知りたくない。

 日本史の自己採点、マジでやばかったもん、俺。

 だけど、届いてしまったのである。高卒認定試験の結果を知らせる通知が。

 「柏木茜音様」とパソコン文字で宛名書きされた封筒に、おそるおそる、鋏をいれる。

 開封する手が、文字通り、震えている。

 うわ……やっべ、ドキドキしてきた。

 封筒の中には、なんだかんだと、思っていたよりたくさんの書類が入っている。

 ど……どれに、結果が、書いてある……んだろ?


 そして。


   *


 茜音はスマホを取り出して、迷わず、理人にダイヤルした。

 ……呼び出し音が鳴りはじめる。

 ところが、数回もコールしないうちに、切られてしまったのである。

 あれ?

 そう思っていたら。

「ごめん、今、地下鉄だから、電話に出られない」

「次の駅で、すぐに降りて、茜音にかけ直す」

 即座に理人からテキストメッセージが来たので、「OK, thanks!」のスタンプを送った。

 すると。

「結果が来たのか?」

 と、続けてメッセージがきたので。

「そう」

 と、茜音は返した。

 ──理人とは、ほぼ毎日、電話をしている。

 ここ数日の彼は、茜音と一緒になって、もうじき郵送されてくるはずの、高卒認定試験の結果を待ちわびていたのだ。

「どうだった?」

 そんなふうにメッセージが来たので。

 なんて、送信しようかな……と考えているうちに、あっという間に理人から電話がかかってきた。

「茜音?」

 焦った声だ。

「ああ、理人」

「今、電車、降りたわ。……結果、来たんだろ?」

「うん」

「どうだった?」

 茜音は笑った。

「理人、焼肉、食べにいけるよ」


 ──茜音は、高卒認定試験のすべての科目に合格していた。

 自己採点のまずかった日本史も、あれほど苦手だった数学も、理人に家庭教師をしてもらって、だいぶわかるようになってきていた英語も。


「てことは、合格したのか? そうだよな?」

「うん、合格した。全部の科目で合格だった」

「あー……」

「おかげさまで」

「よかったー、茜音、俺、ほっとしたー……」

「家庭教師の先生の授業がよかったからね」

「おめでとう。ほんとうにおめでとう」

 その理人の声を聞きながら、茜音は、もう一度、嬉しくて笑った。


 十六歳のときに止まってしまった時計を、今、再び、自分自身の手で動かすことができたのだと思った。

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