友達だから
第2話 夕焼けの待ち合わせ
1
「もうすぐ着くけど、寒いから、店の中で待ってて」と、数分前、理人からテキストメッセージが送られてきた。
「りょうかい」と返したけれど、茜音は、待ち合わせのコンビニ店には入らないまま、日没あとの空を見上げていた。
薄い闇を帯びた商店街の輪郭が、夕焼け空の下側をリズミカルな直線で切り取っている。
夕焼けの色から夜空の色へと、西から東に向かって、豊かな色彩で空の色は移り変わり、そこに浮かぶいくつかのちぎれ雲も、美しいグラデーションで染めあげられている。
ああ、星が。
瞬きはじめた。
ここにも──あ、あそこにも。
光りはじめた星を探して夜空に視線を走らせようとしたとき、「茜音」と名前を呼ぶ声がした。
「寒いんだから、店のなかで待っててって、ラインしただろ」
すぐそばまで、理人がやってきていた。
紺のダッフルコートを着た背の高い体は、若いポプラの木のようだ。
「あ。理人」
そう言って見上げたとたん、くしゅん、とくしゃみが出た。
「ほら。……体が冷えてる」
形のいい眉をひそめると、理人は、向き合った茜音のマフラーの合わせ目を、深く重なるように直してくれた。
「おまえ、試験まで、あと二週間だろ?」
「ま……まだ三週間あるもん」
「いや。正確に言うなら、あと二週間と三日だ」
「……うん」
「風邪なんか引くなよ? せっかく、ここまで努力してきたんだからさ」
十月の終わり、札幌の街には、秋というより初冬のようなつめたい空気がはりつめているのだが、茜音と理人が育った比宇可という田舎町は、北海道の中でも北寄りの、もっと雪深い山あいの場所にある。
比宇可町のあの寒さと雪の多さに比べれば、札幌の冬など、さほどでもないと思うけれど。
故郷の田舎町で、理人は、実は有名人である。彼の実家の楠田家は、地元の建設業を営む一族で、父親は比宇可町の町長だからだ。
茜音が中学の頃には、理人の家(やたらと大きな一軒家だ)に遊びに行かせてもらうことが多かったのだが、そこは、彼の父親の仕事関係の人々だの、通いのお手伝いさんだの、常に大勢の大人が出入りする、いわゆる「地元名士の家」である。そして理人は、そこの長男なのだ。
「なあ」
はっきりした二重の、理人の瞳がつくるまなざしが、茜音に向けられている。
「茜音、晩メシ、どうする? ここのコンビニで買ってく? それとも、どっかでラーメンでも食べていくか?」
きれいな目をしてるなあ、とぼんやり茜音は思う。……形やバランスがどうの、というより、その、ふたつの瞳が浮かべている光が。
さっきまで見上げていた空の、冬の星のように静かな輝きを放っている。
だから、だろうか?
「んー、コンビニ」
理人のまなざしの中心に自分がいる、と感じると、茜音は、わけもなく、うろたえるような気持ちになる。
「おまえに訊くと、いつでもコンビニ一択だな」
ほぼ即答した茜音を、理人が笑った目で見つめた。
「じゃ、ここで、なんか買っていこうぜ」
そう言って理人は、茜音の背中に手のひらでふれて、店内へとうながすようにした。
茜音と理人は、中学の同級生なのに、おまけに誕生日で言えば、五ヶ月ほど茜音のほうが早く生まれているにも関わらず、理人はまるで、茜音の兄のようにふるまう。
茜音の世話を焼き、どうしたいのかと気持ちを尋ねてくれ、何かと構って心配したり、さとしてくれたりする。
そして自分は、と言えば、そんな理人に、つい頼りきりになっている。
田舎町の中学で出会ったときから、ずっと二人はこういう関係性で、茜音にとって、そのことがとても気にかかるようになっていた。
特に、彼と音信不通だった三年間をはさんだ今となっては。
──理人は、いつまで俺と。
こんなふうに、友達でいてくれるだろう。
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