第3話 ここから先は
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なんだかんだとコンビニでの買い物を終え、ふたりで向かった先は、理人が住むマンションである。
北大二年生の理人は、大学からほど近くの「うちの親が税金対策で買った」とかいう瀟洒なマンションに、現在、ひとりで暮らしている。
3LDKのファミリー向けの物件で、大学生が一人で暮らすにはいかにも広すぎるのだが、去年まで、彼は従兄と二人で暮らしていたそうだ。
七歳年上のその従兄が、結婚を機に新しい住居に引っ越したとかで、今は理人だけになった。
四階のフロアでエレベーターを停め、降りるときには、そっと理人の手が、茜音のキャラメル色のオーバーの背を押すようにしてくれた。
理人の手のひらの感触を、一瞬、意識する。
「上がって」
鍵をあけた理人が、ぱちんと玄関の明かりをつけると、誰もいない冷えた部屋が、明かりのなかに浮かび上がる。
「……お邪魔します」
「どうぞ」
コンビニの袋をガサガサ言わせて二人で室内に入ると、「オーバーはこのハンガーにかけな」とか、「洗面所で、手洗いとうがいをしてきて」とかの理人の指示が飛ぶ。
茜音が言われたとおりにしていると、理人のほうは、冷えた部屋に暖房を入れたり、てきぱきとケトルでお湯をわかしたりしている。
「今、六時すぎか」
理人がつぶやいた。
「どうする、茜音? 先に、晩メシ、食う? それとも勉強してからにする?」
「勉強してから、でいい?」
「そうだな。……じゃ、七時半まで英語をやって。そのあと、休憩がてら、晩メシ、食って」
「うん」
「そのあと、八時半から十時ぐらいまで、数学をやろうか?」
「はい。お願いします」
神妙な顔つきでそう言うと、茜音は自分のリュックから、問題集やノートと、用意してきた封筒を取り出した。
「あの。……これ、いつもの額、だけど」
そう告げて、封筒を理人に差し出した。中には、千円札が三枚、入っている。
「少ないけど、これで」
「あ。……うん」
「今日の授業も、よろしくお願いします」
「うん。……どうもありがとう」
理人は、いつものように、ちょっと困ったみたいに笑ったが、茜音がさしだした封筒をちゃんと両手で大切そうに受け取ってくれた。
「じゃ、はじめようか」
「うん」
茜音と理人は、勉強机がわりの食卓のテーブルに並んですわった。
教師役の理人が問題集をとりあげた。表紙には「高卒認定試験」という文字が、大きく印刷されている。
「直前の時期だから、まずは、過去問をしっかり解いていこうな」
「お願いします」
シャープペンシルを持った茜音は、きゅっと唇をひき結んだ。
中学の同級生のふたりだけれど、ここから先、大学生の理人は、茜音の「先生」になる。
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