第21話 サシで飲む
3
「朋彦さんって、いま、出張中なんでしょう?」
茜音のことをからかわれてばかりなのも悔しいので、理人は、俊一のパートナーの彼について尋ねてみることにした。
比宇可川の遊歩道で、中学生の理人が目撃してしまった、俊一のキスの相手。──彼らの関係性は、その後もずっと続いていて、昨年、生涯のパートナーになることを宣誓したのだ。
茜音がいる前では、どうやら俊一は、不用意に話題にのぼらせないようにしていた気配があったので、理人も、口にすることはしなかったのだが。
「あ、朋彦? そうそう」
「どちらに?」
「シンガポールに一週間」
佐々木朋彦さんというひとと、生涯を共にすることにしましたので、というあっさりした報告で、俊一が彼の父から勘当をくらったせいで、その朋彦に会ったことがあるのは、俊一の姉夫婦と、理人だけである。
──読み誤ってたな、俺。……もうちょっと、俺の親父は、懐の深い男だと思ってたんだけどなあ。
俊一は、そんな感想を述べただけで、父親から絶縁されたことなど意に介さず、朋彦とのパートナーシップをさっさと公的に宣誓した。
その宣誓式のすこし前、理人は、朋彦という名のその彼に紹介された。中学のとき、偶然、比宇可川の遊歩道で見かけて以来の、顔合わせだった。
──理人くんと、ちゃんと挨拶するのは、僕、初めてだよね。
待ち合わせた中華料理屋に、俊一と一緒に現れた朋彦は、そう言ってにっこり笑った。ぽわぽわとしたパーマがかかった茶色の髪が、彼の繊細な顔だちによく似合っていた。
──あ。……ええと、はい。はじめまして。
若干、緊張しながら、理人が挨拶をすると、朋彦は、ふふ、と笑った。
──きみのことを、ようやく俊一から正式に紹介してもらえて嬉しいよ。
長身で、硬質な印象の容姿をもつ俊一とは対照的に、朋彦は、大きな瞳が小動物のようにかわいらしいひとだった。
だが、実際に彼と話してみると、そのかわいらしい印象が、がらりと変わった。知性も人格も、彼が稀有なレベルで成熟している人物だということが、ほんの一、二分でわかるからだ。
「……シンガポールに一週間、か」
ビールのグラスに口をつけて、理人は、こくり、とひとくち飲んだ。
「あいかわらず、朋彦さん、グローバルっすね」
「そうねえ。……あいつのクライアントになれるくらいの大金持ちは、日本に住んでいないことも多いみたいね」
「昨今のガソリン代の高騰ぶり」について話すような口調で、俊一は、朋彦の仕事について評した。
「いったいどういう経緯で、顧客にあたる人たちは、朋彦さんに依頼してくるんですか」
「俺もよく知らん」
「だけど、ネットとかそういうので、集客してるわけじゃないんでしょう?」
「うん、してないねえ、ほぼ何も」
朋彦の職業は、ある種のコンサルタントだ。
彼自身は「medium」というタイトルを使用しているが、日本語だとそれは、「霊媒師」に相当している。
いわく、「亡くなったひと」や「目に見えない存在」とコミュニケーションができる能力を有している──のだそうだ。
「口コミとか? 顧客どうしの紹介制度、とかですか?」
「そういうのもあるんだろうけどねえ。……そういや、この前、朋彦がスッゲーこと、言ってたねえ」
「なんですか、それ」
「自分の力を必要としている人の電話番号なら、ちゃんと、朋彦のところに送信されてくるんだってよ」
「送信?」
「そ。宇宙から」
うわ、それは。
……確かに「スッゲーこと」、としか言いようがないな。
「ビール、もう一本あけるか?」
理人のグラスが空になっていることに気づいた俊一が、そう尋ねた。
「あけましょう」
「いいペースで飲むねえ、理人」
嬉しそうに新しい缶ビールを引き寄せると、俊一は、小気味のいい音をたててプルトップを引き上げ、理人のグラスにビールを注いでくれた。
しゅわしゅわしゅわ……
金色のアルコールから、炭酸がはじけて。
「……飲みたい気分なんです、俺」
きめ細やかな白い泡が、こんもりと盛り上がっていく。
「ふうん?」
俊一は、口をつけていた自分のグラスごしに理人を見た。
「俊ちゃん。……俺ね」
グラス一杯のビールしか飲んでいないのだから、そんなに酔うわけがないのに。
「どした、理人。改まって」
気の置けない従兄の彼に、自分の片想いについて。
「茜音と会うの……俺、今日で、最後にしたんです」
つい、口を滑らせてしまいたくなった。
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