第12話 ほがらかな来訪者

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 マンションのエントランスで、理人の住む部屋をボタン操作で呼び出したら、「はい」という、若い男の声がインターフォンから聞こえた。

「あの。……」

 ええと。

「あの、僕……柏木茜音といいます。理人くんの友達で……」

 すこし緊張しながらそう答えると、「ああ、茜音くん」という返事がすぐに返された。

「理人から聞いてるよ」

 ほがらかな声だった。

「今、ドアを開けるから。上がっておいでよ」

 そんなやりとりでエントランスのドアを解錠してもらい、茜音は建物の内部に入った。

 エレベーターで上がっていって、玄関のチャイムを鳴らすと、ワイシャツとスラックス姿の俊一がドアを開けてくれた。胸ポケットに、丸められたネクタイがつっこまれている。

「いらっしゃい」

 目を、くしゃりと笑みのかたちに崩して、俊一は笑いかけてきてくれた。

 理人と、顔立ちはさほど似ていないが、背の高い、理知的なハンサムというところが大きな共通項かもしれない。

「理人の従兄で、楠田俊一です。……俺とは、はじめまして、だよね?」

 楠田という姓は、理人と同じものだ。俊一は、父方の従兄なんだと理人から聞いたことを、そういえば、と思い出した。

「あ、……はい、そうです」

「理人から、いろいろ聞いてるよ、きみのこと」

 くすりといたずらっぽく笑った。

 秘密を知っているよ、と言いたげな、含みのあるニュアンス。

 ──「いろいろ」って。

 どんな?

「中学の頃からの、親友なんでしょ、理人と」

「ええ。……はい」

 その「親友」という言葉のチョイスが、なんとなく意外だったので、茜音の返答が一拍遅れた。

 ……理人、そんなふうに俺のことを言ってるんだ。

「比宇可から出てきて、札幌に住むようになって。今も理人と仲良くしてくれてて。……そんで、今度、高卒認定試験に挑戦するんだって?」

「はい」

「だから、理人に、家庭教師をしてもらってる」

 まあ、そういう感じの説明になるよなあ、俺と理人の関係は。──と思ったとき、俊一は、もう一度、笑いを噛み殺しきれなかったように、ふふ、と笑った。

「俺ね。ずーっと会ってみたかったんだよね、茜音くんに」

 ……ずーっと会ってみたかった?

 なぜ?

「理人から話を聞いて、どんな子なのかなあって思ってたからさ。……だから、今日、茜音くんにあえて、念願かなった」

 ……「念願かなった」? 

 なんで、俺に会うことが、そんな「念願かなった」、とかになる?

 て、ゆーか。

 理人は、どんなふうに俺のことを、この「従兄の俊ちゃん」に話しているのだろう?

 なんとなく、落ち着かない気分になって、茜音は、右手で、自分の左腕の肘よりすこし下を押さえた。

 長袖の季節なので、今は、むろん袖に隠れていて、見えるわけなどないのだが。

 茜音の前腕の内側のこの場所に、七センチほどの長さの、わりと目立つ傷跡がある。

 もしかして、俊一は、知っているのだろうか?

 十六歳の茜音に起こった、あの事件のことを。そして、そこから続いてしまった、理人との三年間の音信不通の期間を。

 理人自身は、あの事件のことを軽々しく話すような人間ではないが、比宇可のような小さな田舎町で、あの事件の噂は、おそらく、相当な人の口の端にのぼったはずだ。それが俊一の耳に入った可能性もある。

 もしかして、あのことを、あてこすっているのかな……と、茜音は数秒間考えたが──「いや、このひとは、知らないはずだ」と結論を出した。

 もし、この「従兄の俊ちゃん」が知っているなら。

 こんなふうに、からかうようなニュアンスで、あの事件のことを口にするはずがない。

 俊一は、茜音にそんな確信を抱かせるような、そういう人物だった。

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