第16話 従兄の秘密
駅が近づいてくると、飲食店のネオンのにぎやかな色彩が、視野の中で占める割合が高くなった。
理人と別れなければならない場所は、もうすぐだ──と思ったそのとき、ふいに、理人がその歩みをとめた。
地下鉄の駅が近い場所だから、深夜でも、ほかの歩行者たちや自転車の通行がある。
そのざわめきを、やや不自然に堰きとめるような格好で、理人と茜音は向かい合った。
「……どうしたの、理人」
そう尋ねたのは、理人の顔が、やたらと真剣なものだったからだ。
この駅前の雑踏に、不似合いな感じの。
「前にさ」
意を決したように、理人は。
「俊ちゃんが、結婚して、新居に引っ越すことをきっかけに、あのマンションを出て行ったって話をしたと思うけど」
そんな話題をはじめた。
「うん」
「俺、そのときに、俊ちゃんが、伯父さんにカンドウされたってこと、言ってないよね?」
──カンドウ?
カンドウというその単語に、「勘当」という時代錯誤な漢字が当てはまるまで、少し時間がかかった。
「あ。うん。……今、初めて聞いた」
すこし、あっけにとられながら、そう答えた。
と、同時に。
ほがらかで、闊達によく喋る俊一が、彼の結婚生活については一言も口にしなかったこと、理人も、たとえば「奥さんは、最近、お元気ですか」というような、気軽な質問ひとつ投げかけなかったことを思い返していた。
「その勘当って……俊ちゃんが、結婚したいって決めた相手が問題だったんだ。……伯父にとっては、その相手のひとが、理解を超えた存在だった」
「ん……うん」
この別れ際に、なぜ、理人がこんな話題を持ち出してきたのか、よくわからないまま、茜音はあいづちをうった。
「俊ちゃんの、結婚したひと。……それって、俊ちゃんの高校の一個上の先輩のひとなんだけど、そのひとは」
繊細な沈黙が、一瞬、はりつめた。
「そのひとは、男のひと、だった。……俊ちゃんは、同性の人と結婚したんだ」
そう告げた理人の目が、茜音を見ている。
じっと。
今、茜音と理人の頭上に輝く冬の星々のように、静かなひかりをたたえて。
「そうなの?」
「うん。……日本は、まだ同性婚が認められてないから、彼らは、ほんとうに結婚してるわけじゃない。でも、それに代わる『パートナーシップ宣誓制度』っていうので、二人の関係性を、公的に証明してる」
この話を、茜音がどう受けとめるのか、理人のまなざしは、それを見守っている。
さっき、帰りがけに見た、誰かと通話している俊一の顔が脳裏をよぎった。「ああ、新婚の奥さんと話しているのかな」と茜音が思った、俊一の表情だ。
俊一は笑みを浮かべていたのだが、単純に、笑っているだけ、ではなかった。
柔和な、春先の日の光を連想させるような。
自分や理人と話していたときのほがらかさや闊達さとはまったく違う、優しげな──やわらかな微笑だったのだ。
「えっと……びっくりした」
「ん」
「けど、俊一さん……そうだったんだね」
「うん」
電話をかけながら、彼が、あんな優しい微笑み方をするなら。
その相手と、生涯を共にしようという決意は、俊一にとって──あの二十七歳のほがらかな声を持つ青年にとって、「正解」だったのだろう。
そう直感的に感じた。
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