第38話 ひとりで、夜の中で(2)
左手の指を、自分の唇の中にいれて。
右手を自分の体の中心に、そろそろと這わせていく。
口腔にさしいれた、左手のひとさし指と中指を吸った。……舌をからませて、思いきり。そうすれば、自分の中の欠落の感覚を、満たせるような気がして、夢中で。
そして、右手は、……最初はパジャマのうえから、なぞるようにふれていたけれど、すぐに、もどかしくなった。我慢できなくて、下着の中にもぐりこませた。
「──っ……」
じかに握りこんだ瞬間、声が、噛み殺せなかった。──きもちが、よくて。
ふれているのは自分の手なのに。
茜音の右手のなかで、その場所は、すでに先端から、だらだらと涙を流している。手と、その場所の両方で、それを感じた。
まるで泣いているみたいに。
理人にあいたくて、ふれてほしくて、涙を流している。心と同じだ。
──茜音。
理人の低い声が、自分の名前を呼んでくれるところを想像した。……キスする直前、たとえようもなく甘い声で、理人に名前を呼ばれたことも思い出した。
右手の指を、その場所にからませる。先端からこぼしている涙のせいで、ぬめりがある動きになって……たまらない──たまらなく、いい。
急速に高められた熱は、すぐに終わってしまいそうになるから、本能的に、わざとゆっくり引き伸ばす。
包んだ手のひらで、そっと撫で上げるだけ、中指の腹で、ちょっといじめてみる、それから、一番すきなところを、親指と、人差し指で……。
自分ひとりで紡ぎだす快楽に、茜音は、あっという間に溺れた。
おさえきれなかった声が、唇からこぼれる。
鼻にかかってあまえた、猫みたいな声、自分のものとは思えない、でも、茜音自身の声、我慢できない。
ああ、もしも──ふれているのが。理人の手だったら、理人の指だったら。
理人が俺に、こんなふうに、してくれているのなら。
その想像が、最後の引き金になった。
陶酔は、突然体のなかに生まれた目も眩むような光で、体のその場所から全体へと、輝きながら飛び散った。
どうしよう、理人、ああ、でも──だけど、すごく。
すごく。……
右手の中に吐き出してしまう瞬間、その名前を呼んだ。心の中で。。
──りひと。
どうしよう、好きだ。
好きだ、……理人。
*
一人きりの部屋で、体の後始末をしながら、茜音は、みじめで泣きたい気持ちだった。
あの朝、とつぜん、理人からキスされたとき。
自分は、有頂天になるくらい、嬉しかった。「やっと」っていう気持ちにも、なった。
それがどうしてなのか、もっと、考えればよかったのに。
理人に「なかったことにしてほしい」と言われたとしても、気持ちに蓋をせずに。
あのキスが嬉しくてたまらなかったことについて、考えてみればよかった。
キスされて、嬉しい理由なんて、ひとつしかない。
比宇可を出て、札幌に引っ越そうと思ったのも、一緒に飲んだココアがおいしかったのも、大学に行きたいってことを話したら、応援してくれたことも。
さっき、ひとりで、理人のことを思い浮かべながら、こんなことをしたのも。
それから。……十六歳の初雪の日、助けてほしくて、理人に電話をかけたのも。
全部、俺が、理人のことを好きだから。
この気持ちが、恋だから──じゃないか。
そのことに、理人から連絡が来なくなってから、気づくなんて。
……遅すぎるんだよ、俺は。
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