第10話 自然、あるいは不自然な

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 たいてい、理人の家に泊めてもらったあとには、「朝ごはん、ごちそうさまでした」とか、「ありがとう」とかのラインを送っていた。

 でも、「あのできごと」のあとでは、どんなメッセージを送ればいいのか、全然わからなくて、茜音からは何も送信できていない。

 理人のほうからも、何も来ない。

 「数学の宿題、量が多すぎると感じたら、無理しなくていいよ」とか、「次は、七十八ページの長文をやるから」とか。

 そんなメッセージが届くことも多かったが、彼のほうからも、何の音沙汰もない。

 あきらかに不自然、だった。

 だけど、この場合の「自然なふるまい」が、どんなものであるのかもわからない。

 ふたりとも何のやりとりもないまま一週間が過ぎようとして、明日は、約束の授業がある、水曜日だ──という、火曜の夕方に。

 メッセージが来た。理人から。


「明日、茜音は、来られる?」


 吹き出しに浮かんだ、短いその言葉。

 茜音は、たっぷり十秒は、それを見つめた。

 一週間前に、二人で取り決めた約束を、わざわざ確認してくるということは。

 理人のほうも、意識しているのかもしれなかった。

  ……あのキスのことを。


 「もちろん、行けるよ」と、返事を入力したが、送信ボタンを押す直前になって、「もちろん」の部分を削除した。

 ──なんか、前のめりな感じになっちゃってて、変かな、と思って。


「行けるよ」

「了解」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 そこまでのやりとりは、いつもどおりな感じ、だったと思う。


「じゃあ、待ち合わせは、五時半に、いつものコンビニでいい?」

 そうメッセージが来た。


 理人に授業をしてもらうときには、たいてい、マンションの近くのコンビニエンスストアで、待ち合わせをした。夕刻、大学から帰ってきた理人とそこで落ちあって、二人でコンビニ弁当を買い、それからマンションに向かう、というのがお決まりのパターンなのだ。


「いいよ」

 茜音がそう返信すると、「了解」という短い返信が送られてきた。

 そして、そのあと。

 理人がメッセージを入力していることを示すマークが画面に表示された。

 

 ……なんだろう。

 あのキスのことを、彼は、なにか──言おうとしているのか?


 不安を感じながら、茜音は、しばらくスマホの画面を見守っていたのだが、理人は、なかなかそのメッセージを送信してこない。

 何か、言いたいことがあるのか、それとも……?

 理人がメッセージを入力している表示は、やけに長い時間、続いた。

 けれども、最終的には、彼からはその後、何のメッセージも送られてこなかった。

 何か、メッセージを送ろうとして、文字を打ち込んだものの……結局、その送信を取りやめたように。

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