アジト
「うぇー、ひっどい匂い」
「男所帯ならこんなもんだろ。目立ちたくないなら、尚更な」
「とか言って絶対こいつら商売女呼んでるよこれ。ヤった後って、どうしてこんなにクサいのかな?最中はあんなに気持ちいのに」
「知らないよそんなの」
一室どころか、一フロア丸々饐えた臭いが籠る。
都市開発の一環だったのか、買い手が付かず放置されたまま忘れられただけなのか、
廃墟同然のオフィスビルに、彼ら捨て駒組は集結した。
質の低いクサを吸っているジャンキー達が、通路に点々と
哀れなチンピラによると、ここを「団体様」に貸し出していたらしい。
剣呑な熱を持ち彼らの上部組織にも顔が効いた彼らについて、深入り出来る程の度胸は持っていなかったようだ。
「これまた難儀ですね僕を過労死させるつもりでしょうか綺麗に掃除していきやがってもう少し後始末が雑でもいいじゃないですか追跡する身にもなってくださいようわあ蜘蛛が捕食してる良い物見れたなあ、そこ!窓を開けないでください数少ない証拠がどっか行ったらどうするんです」
「落ち着きなよ。燃やされてないだけ僥倖だよ。
「朗報、でいいのかなあ、これ」
ナード、ハック、トゥイッチ、アナーキー。彼ら四人が探索班だ。
ナードが床に散らばった粉末をクンクン嗅いで、取り敢えず採取し始める。
他の人員も散策し、目標物を掘り当てようと血眼になる。
思ったよりも時間をかけてしまった。
拷問の一つや二つで、容易に口を割ると思われたチンピラ風情だったが、なんとこの場所を歌わせるのに数日を要した。
そこにある激痛より、喋ることで確定する未来に震え、強固な扉で口を閉ざしていたのだ。
密告者が誰かを公開しないという譲歩を見せても、「気付かれないわけがない」の一点張り。お話にならなかった。
重ねて納得がいかなかったのが、
「あのお嬢ちゃん、どういう手を使ったんだろね?」
その問題を解決したのが、最も非力な少女だったことだ。
彼女は小さなレコーダーに、男の証言を詰めて見せた。
「さあねえ、生物はみんなロリコンって言うし、それじゃない?」
「どなの、ナード?」
「そこで僕に振るのは偏見と言う他ないですね残念ですが僕は
「うぜえ、うるせえ、きめえ」
今はここにいない二人、アクテとスラッシュは、他にも隠し事が無いか揺さぶり続けている。一体どれだけの所業が為されているのか、考えが薄ら寒く背骨を伝う。
「いいから君達もそれらしいものを拾い集めてください僕だけに労働させるつもりですか埃と破片との見分けがつかないのに」
「りょ~。なんだっけ、そのぉ——」
「
彼らが探しているのはそれだ。
アクテが特記事項だと踏んでいる、違法薬物。
少女が発見した、共通項。
レギオンの足跡は、そう呼ばれていた。
——————————————————————————————————————
作業的、無表情な甚振り。
今日も体の何処かに穴が開き、悲鳴も哀願も関係無くルーティーンが終わる。
一仕事を終えた大柄な男が、消毒もせずに彼を放置し、重い鉄扉をガラリとくぐる。
日付も時間も体感を奪われ、だからどれだけ繰り返したのか、これからどこまで続くのか、そもそも終わりがあるのかどうか。彼には一つも分からない。
話せばいいのだ。知っていることを洗い浚い。
でも、それができない。
おそろしい。
それをしなければ痛くなるのは分かっているのに、彼の中の何かが情報提供を拒んでしまう。
ただ、こわいから。
何が?
それが分からない。
分からないから、よりおそろしい。
だから、余計に話したくなくなる。
無間地獄。
だが彼は、狂わなかった。
彼を正気の世界に引き止める、心もとないが確かに温かな陽光。それがあったから。
ガラン。
扉が開く。
来た。
今日も来てくれた。
彼の支え、生そのものが。
「おじさん、大丈夫?」
年端も行かぬ少女が、汚れも厭わず駆け寄ってくれる。
清廉の象徴のような純白のワンピースを着て、そのコントラストを織り成す肌で、血を拭い可能な限り傷を労わる。
精神まで洗濯されるようで、この瞬間の為に生きているとすら言い切れる。
自分のものでない体温が、こんなにも心地よいものか。
「ひどい。今日もこんなに………」
「大丈夫だ……。俺のバックには……凄いのが付いてる……」
勇気づける為、
彼女に頼れる大人であることを見せる為、
彼は自慢げに開示していた。
彼がここに監禁された時から、この天国と地獄は始まっていた。
想像を絶して突き放す仕打ちによって、此岸を捨てることさえ決心しかけていた彼にとって、その天使は“真実”であった。
「おじさん、ごめんね。私、逆らえなくて、こんなことしか……」
涙ながらに甲斐甲斐しく世話を焼く少女を、最初は懐疑的に見ていた男も、いつしか次にやって来る時を心待ちにして、今では髪の先にすら目を奪われている。
自分が人間であり、対等である命であり、丁重に扱われるべき主役である。彼女との触れ合いは、それを思い出させてくれる。
道を外れ、堕ちる所まで堕ち切って、挙句情報の出る玩具扱いにまで身を窶し、そんな彼の自尊心を、認めて擁してくれる美少女。
彼はそれを守る為、自分を大きく見せようとして、
「助けは来る。俺の仲間は、でっかいビズをやってんだ」
それを教えた。
敵に囲まれた孤独な身の上を、大層不安がっていた彼女は、それを聞いて目を輝かせる。
彼はそれで、満たされるのを感じた。
この世で最も価値ある少女に、よすがとされる気持ち良さ。
だから話した。
本当に危ない部分以外を。
しかし、少女は沈むばかり。
段々と参っているように見える。
訪れる頻度も減っているような。
「おじさん、ホントのホントは、全部嘘なんでしょう?」
疑念をぶつけてみれば、彼女は寂しそうに囁いた。
「具体的な事は何も言わなくて、ただ、『凄い人達が味方だから』って」
「それは……!」
名前を出したことが知れたら、もう二度と日光を拝めなくなる。
そんなことを言い募ったところで、この場では言い訳としての響きしか持てない。
怖さに負けて、彼女に光明を分けられないのだから。
「あ、その、だな」
軽蔑を予感し身悶えするも、
「分かってるよ。おじさん、私を勇気づけようとしてくれたんでしょう?」
どこまでも、彼にとって都合の良いように解釈してくれる。
「こうだと良い」、「こうなるのは嫌だ」、そんな弱い欲にも応えてくれる。
「ありがとう、おじさん」
諦観を被ったその顔を見て、彼は少女を助けたいと、
本物の希望を見せたいと考えた。
気休めでも仮初でもない、彼が知る全てを。
だから、
「教えてやるよ」
彼の口は止まらなかった。
誰にも止められなかった。
彼の言葉を聞いた少女が、心底嬉しそうなのを見て、
彼の心根は、
満杯となった。
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