問い

 扉の前に書棚をズイと押し動かし、簡易的なバリケードとする。

 床下収納のようにも見える長方形の入り口をガゴリと引き開ければ、設計図面通りに地下へと降りる階段が現れる。


 小型懐中電灯のスイッチを入れ、慎重に先導する直哉。

 その後ろを疑念無く付いて行くアクテ。

 彼女は「信じて」いるのだろうか?


 理不尽の嵐、皇直哉の事を。


 少し下れば、もう一つの扉。

 調べておいた6ケタの数字をパネルに入力。

 ガラン、

 開けて入れば、

 監視室とでも言うべき、モニターだらけの空間。

 警備システムも、此処なら止められるだろう。

 一先ずは事態収束の目途が付いた。

 空騒ぎも仕舞いである。


「無駄の極みだった。腹いせに千家を減給してやる」


 護衛も兼ねているというのに仕事をしない運転手に矛先を向けつつ、迷いなく一直線に制御端末へと向かう。

 

『侵入者警戒モードを解除します。パスワードをどうぞ』

「あー、それはそうか」


 困った。毒島の趣味が分からない。

 プロファイリングするにしても、情報が絶対的に不足。


「秘密の合言葉とかあるだろう。それで行く」

『承認しました。質問にお答えください』


 流石、石橋を叩いて補強する男。本人不在でも止められるようになっている。

 これならば、正答の候補はグッと狭まる。

「助かるな、まったく——」



『この神髏館で起こった事件の真相を述べよ、ダヨ!』



 コンソールをガシンと蹴った反動で部屋の中央まで後退し全方位を警戒する直哉。

『ヘイヘイ、ビビリ過ぎじゃあねえかあ?』

 監視カメラ映像の中、自動甲冑の群れが一斉に「見ている者」へと、こちら側へと顔を向ける。

 その一つ一つに、丸の中に弧が三本の、笑顔のイラストが重なって現れる。

 無数の笑みが、見えていない筈の二人を囲んで見つめる。


 「怖くないよ」「楽しいよ」、悪魔が幼子を誘うかの如し。


『なぞなぞの続きをしようじゃないスか』


 平坦なイントネーションでも、華やぐ心情は表せるのだと、直哉はどうでもいいことを知った。




——————————————————————————————————————




 纏めるとこういう事だ。

 この「レギオン」などと名乗る知性が、この事件をセッティングした。

 そいつがどのように事を為したのか、それを答えなければここから出られない。


「俺を見世物にしようという魂胆の図太さは評価してやる。それはそれとして正体を探し出して惨たらしく壊す」

『マッジギレー!こっわあい!マジでデキルって思ってんのぉ~?』

「お前がこうして存在している以上、必ずや踏み躙る事が可能だ」

 可能ならやるのが、皇直哉だ。

『違うね。それはお前が決めることじゃない。全ては運命によって定められているんだ!』

「口はよく回るようだが、頭はなまくらだな。この前は『不確定性』を説きつつ、今度は『既定路線』を唱えるか」

 食い違っている。

 二重の軸ダブルスタンダードがある。

『ように見える』

 けれど、


『そうじゃあないんだなあ、これが』


 誤謬ではなく、逆説である。


『占い師は……、日々の偶然から、未来を知ると言う………』

 人の意思によって曲げられていない法。

 誰しもが抗うことの出来ない一本道。

 来たる大いなる歴史を前に、人の子らはただ備えるのみ。

 

 前以て流れを承知していれば、大河の内の一滴ひとしずくになれる。


 ただ削り消されるだけの、汚れた砂利とたがう何かに成れる。


『意識の手が入っていない「偶然」とは!「運命」を知る為の標であるのだ!』

「世界が回り転がる先を知る為に、何度も籤引きしましょう、と言うのか?」

『左様なのだよ。“欲”や“保身”など邪魔なバイアスを捨てて、まっさらな現世うつしよを現出させるべきなのだあよ』

 

 それが執拗に「偶然」を求める真意が、朧気ながら見えてきた。

 要するに、預言者になりたい誇大妄想家なのだ。

 何らかのメッセージを受け取った気でいるが、実際は語りかけてなどいないのだ。


 誰も。


 何も。

 

 こういった手合いは、乗ってやるだけ骨折り損。

 破れかぶれの論理をいで、無傷で歩けていると自己暗示しているだけだ。

 さっさと現実を突き付けてやるに限る。


 形を持ち、力で干渉する。

 それこそが、最大の力学だ。


 それ以上に強いものなど、無いのだ。

 

 過去も未来も、

 夢も希望も、

 愛だの恋だの、

 宇宙に深淵、


 全て名前があるだけの幻だ。


 枕元で聞かせられる寝物語だ。


 見えず、触れず、感じ取れない。


 衆愚が「ある」と言い張るだけの、共有された蜃気楼じゃないか。


 「偶然」や「運命」といった童夢どうむに閉じ籠り、「今」を手放す愚かしさ。


 それを蒙昧共に気付かせてやるのだ。


「解いてやるよ。チャチな手品だと証明してやろう」


 割りほぐして吸い尽くす。


 偽の神秘を剥がして捨てる。


 それこそが皇直哉、



 妄執渦巻く“邪知暴虐クスィーズ”。



——切り落とせ。余計な情報はいらない。

 注目すべきはどこだ。

 散見される演出は、眩惑を誘う見せかけブラフでしかない。

 神髏館の飾りの一つにでもなったかのような、美しいとすら思える悍ましき遺体達。

 そこに深い意味は無く、ただそうなったというだけで——


——ただ、「偶然」?


 いいや、「それ」を見逃してはならない。

 外れた点を繋げる直線を。

 散りばめられた破片が、須臾の間パズルのピースに見えた。

 

 掴みかけた。

 言え。何を思い付いた?

 去来した閃きは、蛍火のようにかそけき、消え行き。

 幾ら力を持とうとも、指の間から漏れ出る砂を、逃がさずに縛ることはできない。

 

 ドンドンドドン。

 戸を叩く音。

 ガガギギガギガン。

 戸を削る音。

 機械仕掛けのゾンビ共、

 筋骨きんこつが擦り削れることも厭わず、単純な命令に最大限を懸ける。


 扉を打ち破れ。

 敵対者を打ち倒せ!


 混じりっ気なしの純粋な意味が、

 将にこの時彼を伐滅ばつめつせんと、

——「混じり気」

——「純粋」

——「余計」

——「贅沢」


——「使」だと?


「そうか……!」


 剣や槍、

 骨董・芸術、

 金銀財宝、


 言ってしまえば当然ではあるが、


「あんなモノ、好き好んで武器にする奴はそう多くない…!」


 そこだ。

 歪なのは、

 輝いていることではない。

 じょうであったことなのだ。


「逆だった」


 思い違いをしていた。


 全てを過大評価していた。


 黒幕ヅラを見て、その役柄に嵌ってしまった。


 だがこのニコニコマークは、最初から自白していたも同然だった。


「始点だったのか」


 本事変に、


 策士も計画も無し。


 蟻の巣を突く子どものような無邪気さと、


 明日の天気を占うような投げ遣りさだけなのだ。



「ノアは、最初に死んだのか」

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