王、答えて曰く

 まず檻があった。


 その中に誘う愛国者と、ノコノコ入っていく怪人共が居た。


 レギオンはそこにちょっとした改造を施し、更に変数を投げ込んで観察したのだ。


「この神髏館に来た奴らは、全員が誰かを殺す用意を整えていた、とされている。そして実際、奴らは殺し合った」

 そこに転倒があった。

「『現に殺り合っているのだから、その準備も自身で済ませたのだろう』、それこそが事実を曇らせている」

 ベッドの下やクローゼットの奥に隠された、小型のナイフや消音器付き拳銃。

 それら武器類が、裏付ける物証と見なされた。

「それこそがミスリードだ。そいつらは一部を除き、ここにただ遊びに来ただけだ。この場所で企み事があった者は二人」


 ノア・フステと、毒島楠戸。


「集会の本命は、これら二者だ。毒島が身内の裏切りを見極める為に、候補者を集めてこの閉鎖空間に、猛獣だらけの柵の内に招いた」

『それでは、隠された武器の数々とは、なんだったのかね?』

「当然の前提を忘れていた。この厳重な警備体制の中——」


——まず武器を持ち込むことが困難。


「一人や二人なら『漏れ』で済むが、全員が全員潜り抜けたとは考えづらい。あれ程の武装をあの中に持ち込めるのは、考えてみれば一人だけ」


 この城の主、毒島だけだ。


「自前の得物がある筈なのにも拘らず、どいつもこいつもお飾りの刀剣を振り回していた。奴らはそこに、もっと使いやすい武器が隠されているのを知らなかった」

 

 絢爛なる死に様が、無知を雄弁に語っている。

 彼らの中で唯一拳銃を持っていたのは、毒島楠戸その人だけだ。


「毒島の奴は、仲間内にジューディーの気配を感じ、炙り出す為に一計を案じた。自分の庭たるこの館で、奴は裏切り者を丸腰にして、同志と囲んで始末する予定だった」


 条件は、圧倒的に優位。

 戦いになれば、間違いなく勝てる。


「実際のところ、目星は付けていただろうな。このコントロールルームから一番遠い部屋に、最有力の容疑者であるノアを配置した。まったく大した慧眼だ」


 けれど見通していたのは、毒島の側だけでなかった。

 その狙いは裏切り者に伝わっていたのだ。

「いや、お前が教えたのか?この屋敷のシステムを掌握できるような奴だ」

 毒島が戦っていた時、彼の兵隊は動かなかった。

 逆に何も起こっていない今日、彼らはせっせと働き出した。

 「誰か」がそれを操作した。

 レギオンは、状況設定に余念が無いようだ。

「神を信じる女は、お前に何らかの奇跡を見せられ、お前が神様に一番近いナニカだと思うようになった。だからお前の命令で命を絶つことも、苦でもなかった筈だ」

「ですがナオヤ様。その後残った者達が互いに命を狙う理由が、無くなってしまうのでは?」

「そうでもない。急所に一撃なんて喰らった、他殺の可能性が高い死体。そして部屋を調べれば、そこかしこに殺意が隠されている」


 本来の計画では、裏切者を見つけた後に、根回しをする段階があっただろう。

 が、それを待たずして彼女は死んだ。

 断罪されるべき対象が、そうと知られず退場してしまう。

 主催者が真っ先に疑われ、

 他の参加者への疑念も積もっていく。

 特に毒島は、その中の誰かに嵌められたと考えてもおかしくない。

 拳を振り下ろす先は、迷走する。


「しかし、確実にそうなるなんて——」

「そこが肝だ。こいつはこの結果を見越していたわけではない。ただ自然災害によっていい感じに隔離された場所で、丁度自分の信者が一人混ざっていたから、それを使って場のバランスを崩しただけだ。用意されたシナリオが破綻して、それからどう動いていくのか、それが見たかったんだろ?」


 そうしてみれば、なんと疑心暗鬼からの全自滅。

 見ている側からすれば、さぞ面白かったに違いない。

 「偶然」だ。

 この存在は、それをこそ求めている。


「お前が何者か知らないが、やってることは双六で遊ぶガキと変わらん」


 それを始める自身ですら、予期できない“次”を求める。


 目隠しをして歩くことを、極上の楽しみとしているのだ。


「お前を高く見積もり過ぎた。巧緻なディレクションで、見事なシチュエーションコメディを練り上げたのかと、そう思っていたが——」


——精々がトークショーの企画屋程度。


「何箇所で似たようなことをやった?その内どれだけ不発だった?趣味は個人の自由というが、小学生気分はいい加減に卒業しろ」


 随分と振り回されたが、その主体はこいつではない。

 流れ、変遷、巡り合わせ。それに人格を見出だそうとして、結果混乱してしまっただけ。

 気取った行き当たりばったりを、深読みしてやる価値も無し。

 

「まったく……」


 その場の椅子に深く腰掛け、ヘルメットを脱ぎ煙草に火を点ける。

 フゥと一息吹いたその時、

 バリバリガキリと扉が倒れた。

 機械兵共が押し合いへし合い、円弧で囲むように整列する。

 構えたアクテの前で、

 

 一斉に打ち鳴らされる前脚!

 万雷の拍手!

 轟々と歓声!

 

『いやあ~いいなあ~!やっぱりあんたはいいなあ!』


 ガチャガチャと不快なくらい頭に響く、そんな鈍色の喝采が輪唱される。

 ワハハハ、ハハハ。

 ハハハハハ。

 義務的にも聞こえる平らかな笑声しょうせいが、無造作に繋げられ味気ない曲面へと変身する。


『期待、あなた、私、似ている』

「似ているだと?俺とお前が?」

『そうですとも!私達の末路は、二つに一つ!』


 唯一の友か、

 無二の敵か。


『我が身命の片割れたるお主に、捧げよう!』


 終わり無く盛り上がる打雷が、突然パタリと止み、

 

『この島での実験は怪事件となって、それが君をここに呼んで!』


 キンと黙静もくじょうが鳴る、高低差により生じる痛みのように。

 

『今!これを聞かせることが出来るとは!』


 如何に精緻なシナリオも、偶々現実として生まれた、整合性以上に美しくなれない。

 

『サヨナラ、マタアオウネ』


 用意されていた余興とは、


〈………bbBb…Zzb……おい、なんのつもりだ?〉


 とっておきの

 演奏会だ。

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