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外国人児童売春斡旋組織襲撃事件
蜘蛛に食われる哀れな獲物は、痛みも感じず内から溶かされる。
果たしてその安楽を、救いとして受け取れるものだろうか。
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「なあお前?『ウミガメのスープ』って知ってるか?」
下品に濁った蛍光灯の下、蜘蛛の巣も張る不衛生な城で、サングラスをかけた赤ら顔が煙と共に問いを吐き出す。
同時に右手に持ったフォークで、切り分けられた赤身肉を口へ運んだ。
「えっと……?」
「知らねえか。ま、育ちがわりぃとココ使う遊びとか出来ねえだろうしなあ」
爆発したような頭の下、こめかみを二・三度叩き、唾を飛ばしながら男は続ける。
くちゃくちゃ咀嚼音混じりの声が降る。
「ま、つまり
「はあ……」
ここには今10人程が詰めているが、発される音は一人が食器を鳴らしながら喋っているもののみ。他は直立しているだけで、やけに静かに思えてしまう。
その中心で男は身を乗り出し、脂身が付着する口髭を小さな耳に近づけ、
「誰か、売れ」
重く、耳打ちする。
「え、う、」
「今度さ、多重債務者使ってお偉いさんの為に企画をやるんだと」
「分かる?催し、イベント」お道化た態度とは裏腹に、黒ガラスの向こう側は昏く粘っこい。
「あれだよ。良い肉と悪い肉を食べて、どっちがどっちか当てるアレ」
「に、く」
「で、まあ、それで使う“肉”が必要になってな?お前のところから融通して欲しいんだわ。出来るだけ使えなくて、食いでのある奴」
飯処で追加注文するような気軽さと横柄さで、王は奴隷に紙巻の火で指し命令する。
「明後日の朝までに用意しろ。でなきゃ、お前が選ばれる側に回るだけだ」
わざとらしく煙を吐きかけられ、咽ないように苦心する。
単なる煙草ではないのだろう。独特の甘ったるい匂いに肺を侵され、それでも嫌な顔一つ出してはいけない。
それをニヤニヤと見ながら男は、もう一切れを頬張った。
ねちゃ、ぐちゃ。
これまで何度となく繰り返されてきたこと。
人道を磨き、削り、擦り減らし続ける所業。骨から肉を削ぎ落とすように。
出来るのは、その身の削り
啄まれる為の外装に。
「返事は?」
「……はい」
「うん、オレはお前を気に入っている。使いやすいからな。
満足気に幾度も頷き、男は切り分けと咀嚼に集中し始める。
話は終わったという合図だ。
席を立ち、取り掛からなくてはならない。
深く頭を巡らせ、余計な動きをして見せてはいけない。
考える事を放棄して、男に損をさせてもいけない。
どちらにせよ次の日には、出荷ルートの一つに並べられるだろう。
それが嫌なら、やるしかない。
言われたことだけ、忠実に。
生きる為に、殺す。
食事と変わらぬ、平時の営み。
そのように最善を尽くしていれば、いつかは報われることだろう。
「いつか」。
その時まで男の気まぐれが大人しくしており、命を長らえていられるのなら。
いつか——
「ア、あア、こいつ、キクゥ~…。おーい誰か、どいつでもいいから、このカメラからメモカ抜き出して——」
ぷっつり。
落とし穴にでも嵌まったかのように、
断絶する。
気絶したのか。
夢中と接続したのか。
「おいなんだあ!?ブレーカーかあ!?」
なんだ。
単なる停電だ。
確かに目を凝らしてみれば、
動いている。
黒の中で一際汚い暗がりが、
蠢いている。
そう都合よく、世界は終わってくれなかった。
そんな簡単に、刑死することは出来なかった。
目も慣れてきた。
少しずつだが室内の様子も、見えるようになってきた。
慌ただしく人が動いたせいだろうか。物や人員の位置が、直前までとは変わっているような気がする。
「予備電源とかあっただろ!?ああ!?早くしろってんだ!素人枠でハッテン場に放り込まれてえってか!?」
粗野でざらついた脅しつけが室内の空気を殴りつけ、全員の鼓動がその中で混じり合い一致して、大きくなっていく揺さぶりに緊張が限界まで張り詰め心拍は細かくなっていき、
黄色がかった見慣れた電色が場を照らした。
いつもより明るいくらいだった。
ホッと、いつもは嫌悪するその明かりに息を吐く。
それで全身が弛緩していたからか、何の動作も間に挟まず光をその目に浴びて、
そのせいで、
それを見た。
黒い人影が、仁王立ちしていた。
ライダーが着るようなジャケットのようにも、軍人が纏うアーマーのようにも見える鎧。
ゴツゴツとして特に関節部が守られ、ポケットが無数に付けられたその衣服から、肌の色は一切露出せず、表面にはコードらしき筋が、レールのように幾本も流れる。
黒い滑り止め付き手袋。手の甲には補強らしき
足には安全靴。頭部には輪郭に沿うようなフルフェイスヘルメット。
目元を覆うバイザー部分は三枚の金属板らしきもので作られ、中心を通した一本のフレームで固定されている。さながら西洋甲冑である。
そんな風体の人物が、無言で、何でも無い事のように、部屋の中央を陣取っていた。
——あれ?
異様な、そして場違いな格好のそいつが何なのか、答えを求めて周りを見回し、それで解る。
闇の中で広がった瞳孔に、全開の光量を出し抜けに刺し込まれたら、
今の彼らのように、数秒視覚を失うのだと。
まだ彼らは、黒づくめを見ていない。
その思考が終わるや否や闖入者が腰から棒状の何かを引き抜きそれで一人叩きのめす。
高電圧が流れる警棒。
続けざまに二発三発四発!
それで二人気絶する。
ようやく復帰した一人が武器を取り出そうと手間取り蹴り飛ばされ背中を強かに打ち呼吸を奪われ失神する。
ナイフを持った一人が背後から襲いかかり右手首を左腕で抑えられ捻り上げられる。
鉄パイプを振りかぶりながら突進して来た男に向けてそいつを解放してやり、二人がもみくちゃになっている間に右から迫るメリケンサックを警棒で切り払うように受け流し、返す刀で首筋に突きをくれてやる。
足下に転がっていた灰皿を投げて、隙を窺っていた一人に命中させ、それを機に動いたスタンガン持ちを後ろ蹴りで黙らせる。
ようやく絡み合いから脱した二人が立ち上がる前に一回ずつ股間を踏みつけ身動きをとれなくさせ、その内の一人に足を掴まれバランスを崩す。
来る!
同時に三人!
一人は棒で昏倒させたもののもう一人に右腕を取られ最後の一人が幅広の刀剣で斬りかかる。
左腕で受けきれず胴体や背中に幾つかの裂傷を
手袋にも仕掛けが?それを吟味する時間は与えず腕を掴んでいた男に頭突きを浴びせ足下の顔面にスタンピング。
それで兵隊は全て片付いた。
兵隊は。
ドゴン!
轟撃!
地から足が離れ仰向けで床に叩きつけられる!
「ワリィな。オレは威嚇とか警告とかしねえんだ。まあ仕掛けて来たお前が悪いわな」
ガシャリ。
下部パーツをスライドさせ、薬莢を排出。
コッキング。
取り出されたるは、
鉄球群を撃ち出す筒。
………駄目だ。
声を出しては、いけない。
あれと目を合わせては。
「この場のオレの部下には、銃は持たせねえ。オレに当たっちまいそうであぶねえからな。逆に言えば、だ」
——俺が撃つ分には問題ねえよなあ?
今度こそ内蔵を破壊してやろうと近付き、しっかりと心臓の上で構えて、
「アバヨ」
ド ン!
黒影
のすぐ横の床が抉られる。
寝転がった体勢から左脚が銃身を打ち払って狙いを逸らしている。
間髪入れずに背筋で跳ね上がり左手で銃口を制しながら腹部に拳一発!
グギ
「ご、おおぉぉぉぉ」
防御代わりに構えられた重い火器が、破砕めいた音を立てて
止められなかった決定打が、腹から中身を震動させる。
「汚い、存在するだけで公共の害悪だ」
ブツブツ言いながら、先程のステーキが混ざった自らの吐瀉物の中でのたうつ男を、その豊富な髪を持ち手に引き摺り、
そこで彼女の方を向いた。
「————!?」
戦慄した。
流れ弾や跳弾で、死んでいてもおかしくはなかった。
命を気遣われるような立場に、彼女は居ない。
そして今、この異常者に目を付けられた。
今度はこいつに嬲られるのかもしれない。
何をするか全く分からない、この黒い暴壊に。
「ああ、ああ…あ………」
腰から下の力が抜け失せ、冷たい床にへたり込み、股下が生暖かく浸されていく。
それを見ていた黒づくめは、舌打ちらしき隙間風だけ漏らし、男を運搬する作業に戻る。
「なあお前、良いPCの条件というのは何か、分かるか?」
ボイスチェンジャー越しだろうか。地獄の釜の内で響くような、低く不吉な聲を出す。
「従順なことだ。余計なアラートだとか更新だとか要求だとか一切無く、言われた通りに言われた事をやる。それがPCの模範的な在り方だ」
「そうだろう?」言いながら、ノートパソコンが置かれたデスクの前に着く。
「余計な処理は、その分“今”を無意味に浪費する。“今”この時を無駄にするとは、俺がこの世で一番嫌いなことだ」
開かれ、電源が入れられる。
男は引き上げられ、椅子に座らされた。
「ヘイ、ファッキン
簡潔な命令。
「え?おいおいおい、ちょっと待ってくれよそれはヤバいって遊びで手を出していい領域を超えて」
この男、こんなに愚かだったか。
自分は大丈夫だと、まだ何処かで信じている。
この場には、安全圏なんて無いだろうに。
「いいか?忠告しといてやるよ。俺にこれ以上危害を加えればバックの連中が黙っちゃ」「まず一個」
「おごぉぉあああアアアア!?」
黒づくめは警棒で、男の股座の何かを念入りに潰した。
「音声認識がポンコツらしいから、もう一度言ってやろう。俺は無くてもいい手続きで“今”が消費されるのは嫌いだ。だからお前がそうする度に、昭和の家電修理法よろしくお前を叩く。
まずは睾丸だ。ペースト状に延ばして生殖能力を奪ってやる。
次は爪だ。序でに生皮も巻き込むかもな。
次に指だ。骨が飛び出るほど折り曲げてやる。
分かるか?今お前の怪我を最小限にして、お前の事を救えるのは、お前だけだ」
恐ろしい。
手足がかじかんだように、麻痺して震えて仕方ない。
それでも這って、彼女はあれを取りに行く。
あの男がさっきまで持っていた、あの商売道具を。
隅で蜘蛛が這っている。今の騒動で巣が壊れたのだろうか。
きっと自分もああ見えるのだろう。だからといって止まる気は無い。
今を懼れて未来を棒に振る。
それはあってはならない、そう思っているからだ。
「ほら、顧客名簿」
「待ってくれよお願いだよ死にたくないんだよお前だって命は惜しいあああああああああ!」
それから何度も何度も、
永劫にも思える十数分の後、
シクシクという啜り泣き以外に何も残らなかった部屋に、
警官隊が突入して来た。
そこにはもう、
黒い影は残されていなかった。
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