全国空機航行管理システム侵入事件

 日本の空のターミナルとも言えるその場所は、現在異様な緊張感に包まれていた。

 

 二時間程前に公表された、“琉球解放戦線”なる者達の犯行声明。

 航空機まるまる一つを武力で乗っ取り、それを人質に皇居への立ち入りまで求めてきた。

 しかも一部の報道では、あの皇直哉が搭乗していると言う。

 政財問わず存在感を示す彼が助かるのか否か。

 それは日本中の、ともすれば海の向こうからの関心も集め、固唾を呑んで成り行きが見守られた。


 そろそろ便の到着時刻だ。

 だが、そこで更なる問題が浮上してきた。

 

 802便が、航空管制に応答しないのだ。


 それも、着陸体勢に入っているのに。


 今この空港での離着陸は全て止められ、港内の一般市民は全て避難させられていた。

 機動隊が配備され、特殊急襲部隊SATの投入まで決定されている。

 この国の有事にしてはこれまでに無い程の迅速さ。恐らく、の「聖人」の関係者による圧力があったのだろう。

 そう噂されるものの、所詮は現場が好き放題言っているだけにとどまった。



「来たぞ!」


 

 点ではあるが、肉眼で分かる範囲に来た。

 この段階で彼らに出来るのは、不安そうに神に拝むこと。

 最大重量350トンもの金属塊を止める術は、警察組織程度にありはしないのだから。

 あれを動かしている人間に、どこかにぶつけてやろうという意思があれば、

 或いは何も考えていなくとも、

 技術が足りていなかっただけでも、

 

 ここに阿鼻叫喚が生まれる。


「頼む、頼むぞ…、無事に着陸してくれ…」

 点が段々と立体になり、影を落とす巨体となる。

 迫る。

 降りて来る。

 厄を搭載した大翼。

 その気になれば、彼らを薙ぎ倒すなど造作も無い質量。


「管制塔は!?」

「呼びかけていますが依然返答は無いとのこと!」

「静か過ぎて気味が悪い。このままお行儀よく済めばいいが」

「気を抜くな。こういうのは、そうそう望んだ通りにいかないものだ」

「減速はしている。いいぞぉ、そのまま……」


 ごぉぉぉぉぉおおおおおおおん。

 音を爆ぜさせながら、

 車輪も問題なく下り、

 それは滑走路に触れた。


 きゅるきゅるきゅる。


「どうだ…!?」

「止まり、ました」

「通常通りの手順での着陸です」

「よし、どうやら自爆テロの類ではなかったことが確定した。突入準備!」


 まずは最悪のケースでなかった事に安堵。

 だが予断はまだ許されない。人質全員を無事に救出してこそ——


「?なんだ?」

「あれを!」


 彼らが解決に向け着々と整えていたその時、外面の扉が開いて中から人が身を乗り出す。


「手を振ってる、ように見えますが?」

「いやまさか……」

「あ、スライド降りた」

「……なんか、琉球じゃなくて人質が解放されてません?」

「オイコラ!冗談言ってる場合か?」

「いやでも」

「ああ、確かに」


「何故かは知らないが、終わったみたいだ」




——————————————————————————————————————




「へー、そういう結果が出るんだ」


 時限爆弾が不発に終わったと言うのに、それは大して惜しんでいるようには見えなかった。


「貴君との縁は、吾輩にとって奇貨となる。それが分かった。今後の参考にさせてもらうぞ」

「今更なんだが、さっきからその口調はなんなんだ?全然一貫性がないぞ?」

「えっ、いいじゃん!?ランダム生成された会話パターンだぜ?」

「適当か」

「『お導き』と言いなさい。わたくし達の在り方として正しいものです」


 勝敗が出た後の雑談タイムとでも言うように、驚きも昂りも無く言葉を交わす二名。

 命懸けのギャンブルに、挑んだ直後とは思えない。


「貴方は生きてこの地を踏まれました。これ則ち、世界は其方をお選びになられたということで御座います」

「違うな。俺は運だとか誰かの判断だとか、そういったものに自分の行先を決めさせたりはしない。“俺”が『世界』を『選んだ』んだ」


 これだけは言っておく。


「俺がどこに行くか。どうやって生きるか。その決定の権限は、俺だけが持っている」


 先端側に通じるドアが開き、一人の男が力無き足取りで入ってきた。

 幽鬼のように瘦せこけて見える表情は、薬物乱用者のように思わせるが、その制服が当機のパイロットであることを示していた。


「どうして、ドウシテ……」


 彼は、ぶつくさと口の中で転がしながら、何かを確かめるべく後部へと移動する。

「全部おしまいだった筈なんだ…。僕が決めたから、みんなと一緒に逝けてた筈なんだ……」

 そのまま次の扉を開き、消えていった。


「最初から、お前に付き合う気などなかった」


 伏せられていたカードを、

 直哉は裏返す。


「飛行機というのは、自動操縦プログラムが付いているものだ。俺は旅客機に乗る時、任意でそれを起動できるよう前以て仕込んでおく。あの席に座るのが余程の無能でも、煩わされないようにな」

 航空管制システムへのハッキング。

 整備士やエンジニアへの密かなで築いた、協力体制。

 彼のポケットマネーの一部で、容易に実現できるレベルの横車。

 セキュリティも意のままにし、カメラに映されるという失態の目も潰す。

「コインなんぞ、投げる前から表が出ると分かる。何せ両面とも同じ柄だからな」

 更に言えば、彼は私有の自家用ジェットでの移動を主としている。今回は“招待状”があったので断念したが、それで自分の手から離れたリスクを許容する程、この男は心が広くない。


「分かるか?お前が得意に講じていた『運否天賦』なんぞ、俺の前には無い」


 必然だ。

 皇直哉の勝利と言う、必定の結末だけがある。


「弁えろ。俺を試そうなんて考えるな。それをしていいのは、勝利者だけだ」


 傲岸不遜。

 しかし説得力のある事実に裏打ちされた発言。

 大言壮語に相応しいことをやってのけ、誰の反論も塞いでしまう。

 それを突き出された先、敗北を言い渡された側は、


「ふふ」


 笑った。

 軽やかに、

 純心めいて。


「ううん、成功だよ。やっぱり、あなた様は導かれてる」


 それはどこか、

 感謝しているようだった。

 何に対して?

 天に、だろうか。

 何について?

 この出会いにか。


「また会おうではないか、友よ」

 カラン。

 陶器を鳴らして杯を置く。

 黒を飲み干し暗がりを肚に入れて。

「友達になった覚えはないな」

 だが、

「どうしても顔見知りになりたいと言うのなら、名を名乗れ」

「おぉっと、忘れるところだったナァ」


 すっくと立ちて、流麗敬礼レヴェランス



「オレ達は“レギオン”」


——ただ大勢であるが故に。


 

 そこで直哉は可笑しそうに、

「それも無作為選出か?」

「無論。ぴぃたりな名を引き当てり」

 それを最後に途絶。

 スキンヘッドは後ろ倒れ、うんともすんとも言わなくなった。


「存在は笑えるが、言う事には意外性が無い。つまらない奴だったな」


 彼の感想は、それだけだった。










「何とも不可解な事件です!テロリストグループは全員が意識不明、本空港に到着したタイミングで同時に陥ったとのことです!原因は一体何なのでしょうか?」

 スロープを滑り降りた後、右手でひさしを作って周囲を眺める。

 報道陣が大挙しているのを見て、また無意味に疲れそうだと辟易する。

 愛想を振り撒きながら、また縋りついてくるアクテの今後の処遇に頭を巡らせ、


「ご覧いただけますでしょうか!現在人質が解放され、このB滑走路に——」


——B滑走路?


 彼はターミナルビルがある方角を確認する。

 この位置関係は、確かにB側だ。

 けれど、



 自動運転の目的地は、A滑走路にしておいた筈。

 


「………」


——どこかで伝達がズレたか?


 なんてことのない。

 気にするような差ではない。

 直哉は生きて次に進む。

 それが全てだ。

 問題は発生していない。


 しかし違和感がしこりのように、残って消えない。


 気も漫ろに、掌を開け締めしながら、


 これから訪れる“殺害現場”に、思惟を傾注させようとするが、


——誰のどんな行為であっても、その前には等しく塵芥に同じ。


 あの笑顔が言った事が、


 妙に引っ掛かり消えなかった。

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