インタビュー

「旦那様ぁ?よろしかったんですかあ?」


 黒塗りのリムジンに乗り窓外を眺めていた彼には、

 運転席からの問いかけの意味が分からない。

 直哉からすれば、いつも通りの対応をしただけだ。

 目溢ししてやっている多重債務者、危険人物、指名手配犯。

 あれら屑共への態度を改めるつもりも無く、その必要も無い。

「そちらの事ではなく、あのお嬢さんのことですよぉ?」

 「勿体ないんじゃぁ、ないですかぁ?」、それは益々分からない。

 あれは確かに常人よりは有用だ。が、それだけの話だ。

 常に横に置いていなければならないような、彼にとっての急所でもない。

 これで目を離した隙に失われても、彼は大して傷を負わないし、すぐに忘れるだろう。

 現状、「少し便利」以上の価値が見えない。

 所詮はそこまでだ。

 長い車体の中で直哉は足を投げ出し、ゆっくりと視界を閉じていく。

 目蓋の裏に、濃く色付いた滑らかな肌を、彼を離さぬよう向けられ続けた瞳を映す。

 自信があるように見せようとする被食者、それでいて強固な自己を匂わせる不安定さ。

——測りかねている………?

 まさか。

 ここしばらくのマンネリが、彼の期待感を余計に膨らませているのだと、彼は自嘲する。

 何も無い。

 見えているのは、触れていたのは、無力な少女だった。

 ならばそれが“本当”だ。

 それ以外に無い。

 そうだろう?


「そうかな?」


 遮光防弾ガラスの中、鏡像の直哉。

 それに向かって、語る少年。


「君はまだ、全部見えていると言うのかな?君はまだ——」


——見えていないと言うのかな?


 黙れ、

 くたばれ、

 幻影め。


 彼は右手を伸べ、網膜が映す少年の像を、握り潰す。


「俺達が追うのは、脳味噌好きの怪人の方だ」

 奪われた脳はまだ見つかっていない。だからこそ、「喰らった」などという憶測を呼んだのだが。

「レギオンの為であるなら、何に使っていた?」

 そこから、弱点を導けるやも。

「こういう時に、例の探偵共は国内に居ない。奴らめ、肝心な時はいつもコレだ」


 政府高官や奇妙な情報屋に会いに行く道中。

 

 彼は染み付いた動きで煙草を取り出し、


 何故か、


 今吸っても美味うまくないだろうという気分に襲われ、


 握り潰しながら内ポケットに仕舞い込んだ。




——————————————————————————————————————




「困るんだよなあ、こーゆーの」


 極道なのか単なるチンピラか。

 どちらでも同じだろうか。

 暴力を匂わせるのが仕事と言う点で、それらに大した差異は無い。

 重要なのは、彼らに何処までの後ろ盾があるのか、どこまで装備が充実しているのか、ということである。

 

 何故かと言えば、制圧するには欠かせない情報だからだ。


 アクテとトゥイッチは今、行き止まりの路地裏で10人程に囲まれていた。


「奴らを嗅ぎ回るならボコれって、最悪殺してもいいって言われてんだ……」

 豹柄がニヤニヤ笑いながら、折り畳みナイフを振り開く。

 仕事に忠実といった口振りだが、痛めつけることで趣味も満たせるのだろう。

 並んだ男衆は、誰も彼も歪んだ顔をしていた。

 会話が成立しそうな知性を感じさせない貌、その方が相手を怯ませられると知っている。


 理解出来ない人間程、怖いものは無いからだ。


「あんたの商売道具について訊いただけでしょう?なんなの?」

「すっとぼけんなよ?てめえみてえなセレブが俺達掃き溜めに会いに来るなら、もっと切羽詰まりやがれ」

「………思った通りの展開ですよ?」

「あらら?おかしいな~」

 

 これは困ったという顔をしているが、実際には大して問題だと思っていないのだろう。


 仕方なくという体で、個人的嗜好に走ったのは、何も相手方だけではなかった。


「ハック、スラッシュ、お願い出来る?」


 彼女は、それが見たかっただけだろう。

 酒でも片手に、観戦がしたかったのだ。


「ぼごぉっ!」


 背後から恵体を一つ吹き飛ばしたその肉重機と、腕自慢暴力装置達が、死力を尽くしてぶつかるところを。

 

「なんだあ!?てめガボオぉ!」

 まず出迎えよりくっちゃべることを優先した鈍間のろまが脳天から一撃で叩き伏せられた。

 残りの半分は脅え、半分はバットや鉄パイプを手に突撃する。

 腕を振り回すだけで破壊を起こすスラッシュが、術と技を身に着けた上で繰り出す数撃。

 正面からナイフで突き続け、集中と皮膚と血流とを、ザクザクと削り出していくハック。

 「荒事専門」と称された二人が、一分もかからず畳んでしまった。


「はあ?もっと苦悶しなさいよホラホラ」

「知るか、こいつら柔すぎんだよ」

「………」


 相手をしている側からすれば、適度に挑発してくる二人よりも、黙々と一人一人の腕を、バキリバキリと折っていく、静かな巨漢の方が遥かに恐ろしかった。


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「どんな人なんです?」


 「淀み」へと向かう車内で、アクテはトゥイッチに聞いていた。


「何が?」

「皆さんのことですよ。どうしてこんな仕事してるんですか?」

「それってねえ、こういう世界じゃ聞いちゃいけないことなの」

 「詮索好きは短命だから、気を付けなよ?」、ウィンクしながらそう躱される。

「ま、そういうわけだから、私も詳しくは知らないの。知ってるのは、今のあいつらだけ」


 一人ずつ、指折り挙げていく。


「ハックは刃物が好きだね。典型的なナイフペロリスト。ああ見えて反撃を意志から刈っちゃう切り方とか四六時中考えてる理論派なの。元は鉄砲玉とかでしょうね」

 尖鋭を指先のようにくるくると回していた女。


「スラッシュは見ての通り。スラッシャー映画に出て来そうなフィジカルの化身ね。戦い慣れもしてる。あれもヤクザの用心棒とかだと思うの」

 相対者を静かに圧迫する巨体。


「アナーキーは便利屋。いつだってコートの内側に道具を沢山呑み込んで、色々作って使わせてくれる。あれは根っからの反体制だけど、どれだけのことをしたのかは分かんない」

 既成権力をバラす事を楽しむ奇人。


「ナードは頭脳とIT担当。基本うるさいし鼻息荒いし口が臭い。あいつが何やらかしたのかは、ある意味アナより謎。ま、でも、扱いやすいから嫌いじゃないよ」

 息継ぎ無しで唇が動き続ける男。


「そして私。おしゃべり詐欺師。節制も節操も無く手を出してたら、何時の間にか泡風呂か東京湾のどちらかに沈みそうになってました!いぇい!」

 アクテは呆れたように彼女を見る。

「来歴は明かさないのでは?」

「自分から言う分には別にいいのよ。それにね」

「それに?」


「アクテちゃんが裏切る時、金を積めば味方になる私を、真っ先に誘うでしょ?」


 絵に描いたような業突く張り。

 浮ついているようで、指針は変わらない。

 心が強い、そう言えるのかもしれない。

 

 兎も角、癖の強い五人組である。


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「はいじゃあボクちゃんに質問しつもぉん


 気絶したふりをしてやり過ごそうとしていた一人を、トゥイッチは逃さず尋問を開始する。

 彼ら全員の的にされるのは、さぞ悍ましい体験となるだろう。

 

「早めに音を上げるのが楽だぜ?」


 ハックが一人の皮を剥ぎ乍らアドバイス。


「外国人を含めた集団が借りて、つい先日引き払った物件があると思うんだけど」


 トゥイッチが目前の凄惨にも顔色を変えずに会話を始める。

 

「それはどこかな?」


 簡単な話だ。


「それから、どうせ女を要求していただろ?」


 ここから抜けたいなら、


「斡旋された奴も出せ。そいつとも“お話し”したいぜ」


 正直に話せばいい。

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