一矢の時機
我先にと敵中へ飛び込んだ玉将を追って、通常の空路でやって来た二人は、渦中の街へと直行する。
彼女達は道中で、作戦を練るだけの時間を持っていた。
「基本に忠実に、漁夫の利狙いでいきます」
少女の献策はシンプルだった。
「我々が倒すべき敵は、二つ。レギオンと、皇直哉です」
最強の軍団と、
最悪の一個。
彼らへ二正面戦線を敷くのは、遠回しな自殺、否、直球の自死に他ならない。
戦うなら、悪くともどちらか一つ。それが弱っているタイミングであれば、尚良い。
だったら、彼らをぶつけてしまうのが、シンプルかつ合理的。
「脅威自身の手で削ってもらい、我々は全力を残したまま、勝者を叩きます」
「そうなるでしょうネ。で?確度は?」
女の方はその提案に、乗り切れない様子だった。
「どっちかが勝負を切り上げて逃げたり、互いに牽制に終始したり。それだけでこの作戦は、機能不全に陥るワよ?」
「尤もです。けれど、そうはなりません」
少女は先を、動かぬ結末を見ている。
「皇直哉は逃げません。また、様子見もしません。何故ならレギオンが本腰を入れたからです」
「本腰?何をするつもりか知ってるってわけ?」
「知識ではなく、分析と確信です」
王も少女も、あの異常存在のプロファイリングを、完了している。
「その心は?」
「第三次世界大戦」
別名、全土を巻き込んだ運試し。
「あれは偶然を至上とし、物の価値はそこから生じると考えています。偶然によって作られた流れに従うのが、『平等』であると」
作為や効率が入ってはいけない。
誰の手からも離れた事物こそ、何の力も加えられない事柄こそ、
見えざる手のみに従い、世界の本当の望みを映す。
「その究極は、何が存在して、または存在できないのか。天に向かって御伺いを立て、その二択の答えの通りに為すこと」
賽は投げられなければならない。彼らはその為に生まれたのだから。
「そんな彼らが赦せないのは、偶然から遠ざかろうと、壁を築く人間達です。運命から逃れ、不公平にも存在を賭けようとしない。どうにか例外であろうとする」
意思の介在が、あるべき形を歪めてしまう。自然なままの最高善を、不必要に崩してしまう。
「そして人の内側でも、不均衡は広がっていく。死にやすい者とそうでない者が居て、それらは富や権力によって、確率を弄られ純粋ではなくなる」
彼らなら、その状況をリセットしようとする筈。
老いも若きも富むも病めるも、
安息地や逃げ場所無しで、同じ天秤に載せられる。
どちらに傾くか、分かる者などいない秤に。
そして、到来する。
誰もが等しく失われ得る、生まれたままの自然状態。
事の起こりは全てが奇跡で、
願われ呪われ引き寄せられた、約束された明日を排す。
「その為だけに、世界中に爆弾と死の灰が降るような、そんな戦争を起こそうって?」
「それが起きるかどうか、そこからして天命任せ。そういうことだと思います。出来なければ、次の方法を探すだけでしょう」
これまたランダムに道を進んで。
「あれがオキナワを、核を押さえようとしているのは、最初の一発にする為ってことネ」
「アメリカに向かって撃てば、報復が発生する公算が、より高くなるでしょう」
「琉球解放戦線では、今じゃ役者不足。自分達の核と公言するのは論外な以上、中露あたりに濡れ衣を着せることになりそう?」
「その国の外交官か軍部か、宣戦布告に説得力のある人間を、既に何人か確保していると思われます」
「そこでお返しの一発が無ければ、『撃たれたのに撃ち返さない』、核抑止の構図の崩壊を招く」
弱腰と舐められた
人を脅かした猛威によって厭われ、それが力を失えば、総攻撃の袋叩きが待つ。
止めるには、まだ殺傷力が失われていないと、示威しなければならない。
「返り咲きを狙うロシアを前に、そんな隙を見せてしまえば、喜び勇んで駆けつけるでしょう。求心力と恐怖から来る威厳を取り戻すなら、またとないチャンスです」
「米国民感情からだって、詰められるでしょうネ。他国からの攻撃が激化すれば、余計に非難される。それがイヤなら、行動力を見せること。
核抑止の為に、核を撃たざるを得なくなる。ジレンマねえ…」
「敵国扱いされた側にも言えることです。アメリカから撃たれたら、カウンターしなくてはいけない。でないと、今度は彼らが国際社会の生贄です。『やり返す』という脅しに説得力が無ければ、次の日には彼らに黒い雨が降る」
撃って撃たれてまた撃って。
その構図に歯止めが掛からなければ、最後には結局、皆が同じ末路を辿るのだが。そうだと分かっていても、自分から止めようとは思わない。世界が終わる前に誰かが止めてくれる、全員がそう考えてしまえば、成り行きによって核の冬だ。
銃口を向け合うことで、行儀を整えている国際関係。なし崩し的でなくても、一変させて破壊できる。
引き金さえ、引いてしまえば。
最初の一回、
「シェルターに逃げようと、何もしなければ糧食が枯渇し餓死します。抗うには外の世界に出て、自力で獲得するしかない」
放射性物質に汚染され尽くし、太陽との仲は引き裂かれ、誰も何も一秒先も、保証も保障もない世界。
公平に、無慈悲な時代。
「あれが欲しいのはそれだけ。私達ジューディーは、葱を背負ってやって来た鴨ってところかしら?」
レギオンの足しとなる勢力、念願を遂げる手段としての核爆弾。その両方を、用意してくれた。
更には、彼らを隠す霧となる、“謎”をも。
「まったく、翻弄してくれるわネ」
南朝の末裔やら巨大な麻薬組織やら信仰戦士やら。
「ってコトで、一つだけ合意を形成しておきたいのだけど」
女は少女に、初歩を説く。
「ワタシ達はその計画を何が何でも阻止する。それが最優先。そう考えていいのヨね?」
言うまでもないと思われる事を。
「いいえ?特にどうもしません」
けれど女が思った通り、少女はその限りでなかった。
「アナタ、さては復讐の為に人類文明を捨てる気?悲しいわね。そんな破滅的な人とは、一緒にやっていけないワ」
「はい?どうしてそういう話になるんですか?」
少女は困惑した。その顔は冗談めかしておらず、本気で分かっていないように見えた。
「『どうして』って、自然とそういう話になるでショう?地球が死の星になる危機を前にして、それに対策しないなんて、普通はない。だけどアナタには、皇直哉を殺せるという、何にも代え難いメリットがある」
「『危機』……?何を言ってるんです?分かり切ったことでしょう——」
——皇直哉に、“負け”はありません。
「レギオンが本願を成就させるなんて、実現する筈が無いんです。あの方を殺したいなら、レギオン援護に砕身するくらいでないと」
「アー………」
女は胸裏で落胆する。
——この子、頭がバグってるわね。
恩人であり依存対象が、元凶であり仇敵。そのストレスに、耐えられなかったか。
少女が壊れて動かなくなることも考慮に入れて、身の振り方を決めておくべきだろう。
所詮、心を保つ為の信仰、よくある防衛機制でしかない。こんな人間は、飽きるほど見てきた。
なのだが、
何故だろうか。
何か、違うような、
ほんの少しだけ、いつもより
彼女の肌には、嫌な予感が貼り付いて、取れそうになかった。
「我々が考えるべきは、皇直哉に
「あ、そう。ま、がんばんなさいネ」
結局、彼女が取った方策は一つだ。
少女に、一人の人間以上の力を持たせない。
レギオンを
過度に作り込む必要は無い。
不確定要素が多い場合、見通しはシンプルな方が良い。
何が起きても、柔軟に受けることができる。
何が、起きても。
では、
何が起こるというのか?
窓の外から過ぎた光が、束の間少女の表情を魅せる。
やけに楽しげなその貌が、
女の本能を
罪悪感でなく、こう思う。
本当に、これで良かったのか?
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