本尊

 包囲攻撃が重なること、5回。

 それらを凌いだ先、直哉は遂に、足を踏み入れた。


 空港の滑走路にも見える、見渡す限りの真ったいら。

 しかしここは平素なら、この国の外側と扱われている。

 沖縄県中頭郡嘉手納町、嘉手納飛行場である。


 先程まで直哉は、建物の影から染み出す兵士達と戦っていた。時に民家から飛び出し、時に屋根上で待機し、時に車両で待ち伏せていた彼らは、多彩ではあるが決定力に乏しい。遮蔽物が多く、且つ直哉が上手く立ち回ったことで、数の利を活かしきれていなかった。


 では、この場所はどうか?


 チェス盤めいて、平に区切られた土地。

 一面に並び立つ、豚の持ち駒共。

 大勢を集め、収容可能な広さ。遮る物はほぼ見当たらず、360°に立ち塞がることができるロケーション。平坦に整備され、場所で有利不利が変わらぬ地形。

 つまりは多対一において、甚だしく絶望的な状況設定。


「おい。来てやったぞ」

「ご苦労。だがまだオレまでは遠いな」


 直哉は奮い立つように、開いた拳を強くあくする。

 彼を止める為、雪崩れ込む傀儡くぐつの波。直哉は警棒を二本抜き放ち、バチバチと電花でんかを散らしながら、まず先頭の男の膝下をヒール状の踵で蹴り砕いた。

 軸足にするつもりだったそれが視界外で壊されたことで男はつんのめり上体が前に傾く。その肩を踏み場としてまたもや上部に路線を敷こうとする暴王。

 乗せた脚を伸ばした直後に直感によって人海へダイブし、落下地点の女の頭部に打撃と雷撃の一発を入れる。そしてドドドン!と鳴る火薬。背中の上を数発の鉛塊えんかいが通過する。

 それはそうだ。

 軍事基地だから、銃火器くらいある。

 彼は方針変更を余儀なくされた。

 物量に揉まれながら、根気強く微速前進するしかない。


 ここから先、攻撃を回避という概念が無くなる。

 全て受け切り、タフネスのみで立たなければ。

 

「邪魔だ!!」Clack!正面の青年の脚に向かって警棒を薙ぎ、バキリと折って倒しける。「この!」BrrrrrrBreak! 左右に二閃三閃!狭い可動範囲の中で連撃を放つ!穴を埋めに来た少女二人がたっていられなくなる。「愚民共が!」POPOPOW!POW!PooooW!前方に連蹴れんしゅう!相手からの攻撃を封殺しつつ、次が来るのを待たずに敵の身体ごと押し込み進める!横たわることすら許さず、ただその体越しに衝撃を伝える媒介として、その男を使役する!「が!は!ぐうううう!」しかし前と戦えても、横や後ろは見切れない。違う。彼はそちらへの防戦は捨てた。叩かれ殴られ蹴られ噛まれて、それでも無視して歩みを止めない。それが彼の作戦だった。「く、う………!」肩を掴んだ手から万力の如き拘束力が伝わって来る。「があああ!」背中にバールやら鉄筋やらを叩きつけられ、時には刃物を立てられる。「ぐぐぐぐぐ……」足首に食らい付かれても脱力し落とされる事だけは死守しながら敵から離れようとはしない。


 密着しているのがいい。

 精強な彼を封鎖するには、四方から直接押さえるしかない。彼らは王から離れてはいけない。そしてその体勢では、彼らの身体スペックを、十全には活かせない。

 振りかぶった一撃は放てず、手数重視の小粒のみ。肉体同士の境界が揉みこまれ、身体地図の完全掌握を阻害する。王も悪魔も、テレフォン・パンチのような、細かい打撃の応酬となる。数を振り翳す敵に対し、直哉は「数」の不便に付け入る。頭が大量だからと言って、有利になることだけではないのだ。


 SLAP!背中側から羽交い絞めようと舌老人の頭に右肘を入れPOW!反動によって右手の警棒で壁となる中年女の鼻面を突きSMASH!SMASH!上から何度も連ね打って人体の動作の自由を剥奪しSPARK!電流によって棒立つ無能者へと「あがッ!」駄目だ。耐電性能が予想よりも高い!「グム…!」脇腹を強打され空気が口から押し出され、「く、ぬ、く、………」全方位から伸びる掌が腕力に物を言わせて彼の節々を握り潰そうとし、「あああああァァアァァァ!!」這い来る数体によって、足下が、三進二退さっちにたいのぬかるみへと、変じる。

BASH!CRACK!「かはっ!」繋ぐような二回攻撃とそれを倍する重連撃!bambamBAAAM!「ぅぅぅぐぐ…」膝蹴りを入れながらの我武者羅な歩進は減速するが停滞せずPooooowWW!「はぁぁぁぁああアアアアッッッッ!!」アーマーの傷はやがて肌まで彫られbBbbbzzzzzz!!「どぉぉおおおけええええええ!!」通電連続衝撃で骨が軋みを上げる!



 POW!「ごぉお!」CLASH!「グううお!」ZGZGZG!「げえええああ!!」smAsh!「ヌ、ゥゥゥウウ…!」STRIKE!「ウォぉおお…!」BaBanG!「アアアア!」CLAAAAAP!「まだ!」CLAcccCCCKK!「まだあああああ!!」


 

 寄り集まった死兵が猛火のように王をく。

 吹雪のように覇道を拒む。

 嵐のように削り沈める。


 だが、直哉を折る事はできない。


 彼が懸けているのは、その生における「正解」である。

 彼は納得したいのだ。

 

 彼のこれまでは、何も間違っていなかった、と。


「時間なのぉね」

「4分33秒で御座ござい」

「第一楽章はおしまい。そろそろ次に行くべきと、言えるかもしれねえですな」


 手応えが、搔き消えた。

 水圧が、追い風へ。

 人の形をした駒達が、進路を直哉と同じ方向へと転換。わらわら集まっていく先は、あの神輿だ。

 

「新しい手品か?」

「そうとも言えますねえ」


 まず神輿が持ち上がり、その下に人がみっちりと詰まる。その外から来た者達は、足場となる彼らの肩に昇って、覆いをくぐって内へ入布にゅうふ

電波塔アンテナタワーだっぺ!」

「降りて来る降りて来る!そろそろ降りて来る!」

 シーツで模された子供向け幽霊が、人を吸い飲んでいるが如く。

 純白のベールに遮られた中身が、どんどんと肥大化しウゴウゴとうねり、


「「御開帳、に御座います」」

 審神者二つの手で、取り払われた。

 


「「第二番『0' 00”(一挙手広演)』」」


 音に聞く神霊。

 岩のように長久。

 万面の異形が、現界する。



「それがお前の素顔か。随分と寂しがり屋なんだな」


「『寂しがり屋』ね……」

「ふぅむ、良き形容であるのう」

「ららららららららら」

「くぷぷぷぷ……」

「ここからを耐えれるか、やってみようゼ?」

「おいでぇー………」

「わあい、わあい!」


 一つから、口々に発される。

 バラバラな貌が、雑多に喋る。

 それは、人体による建築と言える、かもしれない。

 数十人が肩を組み合い、手を握り合い、足を絡め合い、連ね、束ね、接合されている。癒着するかのように身を寄せ合い、上へ上へと伸びていく。その顔は全て外を向き、無数の朗笑ろうしょうが表皮となる。彼らが建てるのは、塔だ。人面が石積み代わりとなり、天を目指して魂を費やす。高さは10mにも届く程。


 全体を一言で言うなれば、多足なバクテリオファージだろうか。


 内部はうねうねと流動し、紫電がパチンパチンと何度も瞬く。

 それに照らされた内側で、何かがテラテラと光っている。あれが元々の、祀り上げられた神体、布の下の中身だろう。

 まだ完全には、曝露されていない。


 これが、「不死身セキチョウ」。

 預言者の器たる、“女王”としての形態。

 

「「「「「「「お前、何秒生存する?」」」」」」」


 担ぎ上げている連中、その足がワラワラと一斉に歩き出す。

 中には、人体の関節の構造として、不自然な方向に曲がっている者も居る。が、痛みも苦しみも、渋りも無い。簡単に壊され、容易く死ぬ。皮膚や爪が老廃されるのと同じ、活動が溢した欠片でしかない。

 ぞろぞろぞろ。

 直哉へ迫る。

 その巨体から、まず“腕”が生える。

「く!」

 これもまた、人の身体で編んだ逸品。

 腕が巻き合い、“指”となる。多数の関節は、その動きを先読みさせない。その大いなる張り手は、笑顔と共にやって来る。

「「「「ヤッッッッホーーーー」」」」

 直哉は両手の特殊警棒をトンファー状のものへ換装し、まず屈んで回避、しきれないと見るや肘部分で受け流しつつ——


「ぐああああああああ!?」


 ビリビリバチバチ!

 全身を苛むエネルギーの奔流!

 レギオンの発電・放電能力!何人分もを経由し増幅したそれによって、触れただけで罰せられる!

 「罰せられる」?

「ふざけるなよ……!罰するのは——」


——俺だ!


 痺れからの回復と同時に直哉は上部から攻撃し難いであろう下部へと急接近!その“脚”を地道に一本ずつ断ってやろうと——

「いらっしゃいませ」

「な!?」

 “脚”が、“腕”になった。

 神輿部分が離れるようにスライドしていき、しかし下部は現位置を保つ。ワイヤーにでも吊られたような動きで先頭のスーツ男の両脚部が持ち上がる。足の爪先が直哉の方を向く。今度は、それが“指”となったのだ。

 少年、猟師、米軍人、主婦、そしてそのスーツ姿で構成された五指が、掌を広げる。彼はそこに突っ込んでしまった。

「へし折ってやる!」

 有言実行。

 右から近づいたスーツ姿はあらぬ方向に曲げられた。が、それ以外の四つが、彼を包み込む。

「「ハアイ、ベイビィ?」」

「くぅぉぉぉおおおおおっ!」

 パキパキと青く弾ける大気から、後方跳躍で離脱!が、今度は上部から生える腕部アームの攻撃範囲!

 ブン!

「「キャー!」」

「クソ!」

 ブゥウウン!

「「「おわあああああ!」」」

「これは!」

 ヴヴヴヴヴヴヴ!

「「「「「あああああああああ」」」」」

「何だその動きはァ!」

「「オオオオオオオオオオ」」

 

 神輿が回転!

「「「あ は は は は は は は は は」」」

 三本となった“腕”が高速で右から左へ!何度も何回でも彼を襲う!そして更に上部は逆に回転しているのか、それとも中で固定されているのか?回らず現在の向きを維持。そこから別の“腕”が生え直哉への叩きつけを狙う!

「上から!上から来るよ!ほら!上から!」

「「「ひょぉぉぉぉぉおおお!」」」

「てめえは!この!面倒な!」


 さっきからの攻防の間にも、人員は、否、材料は補充されている。

 外の街の住民が駆け寄り、欠けた部分を補っている。

 まさに新陳代謝。見て分かる異常生命力。

 嘉手納町民、米軍人、琉球解放戦線、イケニ・カルテル、ジューディー………

 結集した百鬼夜行が捏ね固められ、たった一つの怪物の筋繊維となった。

 直哉はそれを、倒しきれない。

 壊しきれない!


 パチン。パチンパチンパチィィイン!

 頂部から改造ネイルガンが放たれる。何発も何丁も。直哉の消耗が深くなる。

 別の手段を調達しようと踵を返しかけた彼の退路に、ドンと立ち塞がる数体。その中に二人、巨漢と小柄な女。どこかで見たような顔をしているが、笑顔で歪んでよくわからない。

 彼ら別働隊が王の足を止め、そこにまた剛撃が降り注ぐ。電流では倒れない彼ら相手では、手数が足りない。

 特に、巨体を持つ男が厄介。何度打っても響かずよろめかず、それへの攻撃は体力の消耗となるだけ。彼にばかりかまけていれば、小女こおんながナイフで浅く切りつけてくる。

 警棒を通電させながら大男と打ち合う。青い電光と紫のいかずちがバリバリバリとぶつかり合う。筋肉が反応し伸びきったことで跳び上がりながら後退。そこを“腕”が通過する。

 うぞうぞとうねる表層、形を変え、多彩に攻める肉の機動要塞。防戦一方である王。

 どうにか膠着。

 だがレギオンにとっては、その状態が望ましい。


「リミットがきちゃう」

 それが言う「時間」とは、

「もうじきに、『試し』が始まりましょうぞ」

 とある「一発」が飛び立つまでを意味する。


「だがお前を此処で止めていれば、あれを爆破することは叶わん」

「いいや、そろそろだね」

 人体の塊の中、その一つから声。

「そろそろ貴君は、負けてしまうよ」

 まだそんなことを言っているのか。

 直哉に敗北は有り得ない。

 全ては確定した後だ。


「『此処』じゃあないノダ!ここは舞台上ではないノダ!」


 何が相手でも、彼は勝つ。


「この場所はね、観覧席なんだよね」


 何故なら彼は、

 自分が見る“今”を、


「音楽に耳を傾けながら、演目を愉しむ為の席」


 手中に収めているのだから。


「「「ス リ リ ン グ ウウゥ ゥ ゥ ゥ ゥゥゥゥ」」」

「「「「「「ぉぉ ぉ お お おおおお お う う ぅ ぅ ぅぅ」」」」」」

「「「「「「「「ワぁ ぁ ぁ あ ああああ あ ぁ ぁァ」」」」」」」」

 大きさを増す合唱。

 心の籠らぬ和音。

 ぞろぞろぞろぞろ。

 蠢く足足足………。

 追えば引き、逃げれば近づき、

 囲って狭めて、

 射程圏内から抜け出させない。

 身体のどこからでも、凶器を突き出せる。

 弱点と見える心臓部には、手が届かない。

 攻略法は、無い。


 時間制限の中で戦う相手としては、絶望的。

 

 それは直哉の力を以てしても、崩せぬ力関係だった。


「キタ!プログラム実行!」

「「「「「歌えよ!讃えよ!」」」」」

「楽土招来セレモニー開催決定!」

 レギオンの歓呼!

「試されるの!世界の答えが見れるの!」

「「「「「啓示なり!叡智なり!」」」」」

「あれが賽だろう!あれが羅針盤だろうよお!」

 西の空を、その大きな“指”で示す!

「裁きは、今ぞ」

「「「「見たか!あれが!」」」」

 ここではない。

 それが出立するのは、

 海の先、

 西の島。

 

 沖縄県石垣島、新設ミサイル発射基地。


 対中国の名目で作られたその軍事施設から、


 今、


 一条の爆煙が、


 ごおおおおぉぉぉぉぉぉぉん………


 遥か東の大陸へ。


「審判の炎!」


 頭上を横切って、


 滅びの明光みょうこうを満載したそれが、


「もう誰にも!」

「止められない!」


 定刻通りに運行。


「「「「「止められぬぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」」」」」



 何者も、触れること能わず。

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