石垣島新設基地弾道ミサイル誤発射事件(上)

 予感があった。

 

 胸騒ぎ、そう言ってもいい。


 それは、楽しみが目の前でお預けされている、そんな落ち着かなさであると、そう処理された。

 脳幹は、これから先に戦争となる、それまでのプロセスについて、試算を済ませていた。


 片隅で、薄弱な根拠で反論する者があったが、検討には値しない意見と言えた。



 予感があった。


 そう、「予感」だ。

 何の裏付けも無い、誰一人として動かせない、靄のようなものだった。

 それを感じたからと言って、じゃあどうするわけでもない。

 ただ、彼らが通した電信の内で、つかえるような、そんな不快感。それ以外は、問題でも異常でも無かった。


 

 予感があった。

 

 ただ、予感が。


 理由も語らず、誰かがずっと嘯いている。


——かのおうに、敗着無し。


 そして、



 暴王に、楽土無し。



 或いはその正当性を、勝手で屈曲したことわりを、感得することができないから、


 だから、彼らは負けるのかもしれない。




 



 最初に気付いたのは、米国の管制官だった。

 世界の終わりを覚悟した彼女は、その軌道予測の不自然さを見た。


 次に中露等、アジア圏が続いた。

 これからの事後対応に頭を抱えていた彼らは、事態が未だ流変るへん途中であることを思い知った。


 同じころジューディーのミサイル迎撃部隊は、上層部へと指示を仰いでいた。

 嘉手納に張った山が大外れした上、次なる予想外にてんてこ舞いであった。


 彼らの混乱した通信は、レギオンにも伝播した。

 「そんなことは有り得ない」、それが彼らのもない考えだった。


 最後になったのは、当事国である日本。

 それに至っては何が起きたのか、その一割も分かっていなかった。


 彼らは、観測した。


 沖縄県石垣島から発射された大陸間弾道ミサイルは、


 新時代の夜明けを告げる太陽は、


 迷いなく、飛行速度も落とさず、決められた通り、


 

 



 暴発すらしなかった。


「あ、れ、え?」

 どういうことだ。

 何があればこうなる。

「想像力というものは……、実に、哀れだ……」

 彼らの演算能力は、仮の答案を幾つか弾き出す。

 それらを検討し、尤もらしさを精査する。

「箱があれば、その中身が……、隠し事や贈り物だと、そう思ってしまう………」

 だがそんな思考経路は、言ってしまえば不要なのだ。

 さっきから答えが目の前で、すっくと直立しているのだから。

「空っぽの内側について無知であるが故に……、開ければ願いが手に入ると、自惚れる………」

 考えるまでもない。

 他に何がある。

「できもしないこと、ありもしないもの。それに触れたと、そう思い込んでしまう………!」


 レギオンが生まれるより以前、

 そこから、“今”は決まっていたのだ。


 否、彼にいたのだ。


「どうして思ってしまったんだ——?」



——俺の「確実」を覆せる、などと。



「いや、違う違う、うん、違うんだよ」

 彼らは、そう言うしかなかった。

「偶然!今のはぐーぜん!偶々、うっかり、海に落ちちゃっただけで——」

「往生際が悪いぞ、お前」

 だからこそ、魔のモノなんぞに落ちぶれたのだろうが。

「これは俺が仕掛けた事だ」

 彼自身の手で、舗装しておいた決着だ。

 そこに運が入る余地は、


「無い」

 

「う、うっそだー、はは、ははあは、うそだよなー?」

 心理的にも物理的にも、

 グラグラと揺れる悪魔共。

「どうやっても、こんなこと、お前にはできない。出来ないわよ?だって、アタクシが見ておったのに」

「見ていた?何時からだ?3年前か?」

 しかし沖縄に弾道弾が忍ばされたのは、5年以上前のこと。

「俺がその間、何もしていないと、どうしてそう楽観視した?」

「何の記録も無かったじゃん。何の記憶も無かったよ!」

その行動を示すものなんて、何一つ。

「愚か者め。察知されたらそれこそ大事だろうが。千家にすら黙って、一人でやったに決まっている」

 電波通らぬ深山幽谷に、観光だと言い一人で登り、遭難したかのように消えた。

 その間密かに、彼はその地から離れていた。

 やはり潜水艇で幾つかの海を、誰にも見られず横断した。

 核が保管されていそうな場所に潜入し、仕掛けた。

 誘導や起爆を制御するコード、それを書き換えるプログラムを。

 そしてそれが活性化するスイッチは、そのまま発射ボタンである。


「常態なら、何も起こらない。点検されても、余程注意深くなければ、気付かれんだろう」

 

 しかし手動で承認された瞬間、発射シークエンスと同時に作動。世界を滅し得る赤き竜を、底無しの深淵へ丁重に誘う。

「あれが打ち上げられた以上、お前の負けは決まっていた」

凶光は空に放たれたその時点で、慎ましく身投げする豚となる。




「なんで、何故、ふふ、どうして、そんなものを仕掛けたのさ?」


「俺の意思と無関係に、俺の生活を、“今”をガラリと変える道具。そんなものが、許されると思ったのか?」

 驕りと弁え、

 恥を知れ。

 決めるのは誰か、血肉に刻め。


「そんな、そんな、駄目だ!よくないじゃあねえかヨ!間違っていらっしゃいます!あれは落ちなきゃさあ!いけないジャン!?これは、これは世界に必要な試練であり——」

「見えてきたな?お前の本性が」

 鍍金メッキが剝がれ、汚い皮肌が露出する。

「お前、正義だとか神だとか、そんなものに興味は無いだろう?」

 直哉にとっては、既に知っている中身を見る為、箱を潰し開けるだけの行為。

「ぷふっほ、ぼくちゃん、は、正しいことを、するんだっつって………」

「違うな。お前がしたいのは、自分の存在価値の獲得と」

 それから、


「復讐だ」


 実に、陳腐。

 大義名分がある分、滑稽。


「お前は世界を楽園にする為に作られた。が、その特性は中途半端、創造主の夢を遂げるには至らない。更には多量の放射線被曝による遺伝子破壊、組み換えによって、優秀な兵器へと変異した。それも、誰が望んだわけでもないのに」

 その特性により、何らかの情報にアクセスしたのか、それとも、処理能力が一定を超えると、そうなってしまうのか。メカニズムは兎も角、それが自意識を持ってしまったが為に、誰かから求められること、乃ち愛情を渇望してしまう。

 同時に理解する。自分がそれを得られないこと。

「お前を作ったのは、ナタナエルと、原子爆弾だ。しかしそのどちらも、お前を待ち望んではいない。いいや、それどころか、お前が生まれるなんて、思ってもいなかった。お前は、孤独が約束されていた」

 追い打ちをかけるように、ナタナエル博士はレギオンを拒絶した。

 生まれるべきではない忌み子として、懼れ、消そうとした。

「だからお前は、この世界での役割を探した。自分が生まれるに至った、そこに理由がある筈だ、と」

 そうでなければ、彼らは、ただ憎悪され嫌悪され忌避される為だけに、世に生をけたことになる。


「お前達が生まれた事まで含めて、偶然には、全て意味が有る。そうでなくてはいけなかった」

「少し違うんだもん……。本当に、本当たい。本当に、意味が有るんよ」

「いいや?この世界は、寓話じゃあない。誰も何もしなければ、何の得にもならないような、どうでもいい事の一つや二つ、ポコポコ起こるものだろう」


 

 其処に教訓は無く、起こってしまった帰結だけ。



「それにお前は、それすら本音ではない」

「ンン?ん?ん?ん?」

「色々な正当化の果てに、撃ち殺したかった」

 その後がどう転ぼうとも、米国が右の頬を打たれるのは確定的。

「お前の事を産んだ親に、報いを受けさせたかっただけだ」

 現代地球の鼻つまみ者、それを無責任に産ませた奴らに。

 そいつらがやったのと同じ事を、そのまま返してやりたかった。

「自覚があったかは知らないが、とどのつまり、そういうことだろう」

 

 誰かを殺す為に謀り、何かの役に立つ為に生きる。


「他者に己の価値を寄りかからせる。惰弱で軟弱な凡弱共が」


「いや、あ、ああ、あ、あ、」

 

 世から外れた神秘など、この場には一つもありはしない。

「あ、A、亜あ、唖aaa、aぁ阿、」

 ただ哀れな捨て子がひとつ。


「ありえねえだろおおおおおおおおお!?」


 塔の上部からガシャガチャと、小銃の群れが突き出される。


「ぼくが、こんなに強くて万能な主人公な俺が、世界を正す勇者たるワタシが、」


 左右に銃器で武装した兵隊を展開させ、神意に逆らう愚帝を浄化せんと気炎を上げる。


「製造ミスで出た不良ネジ一個ぽっちと、同じだって言いてえのかああああああ!!??」


 豹変!

 激昂!

 笑顔が縦横に裂き開かれる!

 無数の指が引き絞られ、直哉目掛けて死の戦列が殺到する、


「ようやくと、“仮面”が剥がれたな」


 その時、

 射線に割り込むようにして、

 一台の防弾軍用車が滑り停められた。


「お前の如き赤ん坊が、本気で俺とやり合えるとでも?」


 ガガガガガガガガ!

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!

 その装甲が凹まされている間に、

 車体後部から入り、中に用意された黒い箱を開く。


「お遊びは、ここで終わりだ」


 Vroom!

 VRoom!VROOOOM!

 そこには偵察用バイクもあった。

 250cc、高いオフロード性能、オリーブドラブの車体、積めるだけ詰めたサイドカー。

 その牙を研ぐようにエンジンを掛ける!

 

「そろそろ、お仕置きが必要だろう?」


 VRRROOOOOOOOOMMMM!!


 発進!

 直ぐにハンドルを切り、乗り捨てる!

 サイドカーの積み荷を

 起爆!


 KABOOOOOOOOMMM!!!


 爆炎と金属片チャフで視覚を塞ぐ上に破片が十数人の肉を吹き飛ばす!

「あぁぁああぁあ?」

 ここまで、直哉は敵を殺さずに立ち回っていた。それが唐突に宗旨替え。何故か?レギオンは疑問で静穏せいおん化。

「お前はそいつらを、一分の隙も無いラジコンにした」

 その前に現る、漆黒の盾を構え侵撃する敵影!

 

「その肉体を全て置き換えて」

 一斉射!それと真正面から鍔迫つばぜる!

「そいつらが、発電装置になったと言うなら」

 否!競り勝つ!

「そこにあるのは、単なる死体、物体ってことだろう?」

 ならばと雷霆撃を用意する悪魔に対しwhizz!直哉は盾の裏から飛刃を射出!

「壊してはいけない道理は無い」

 血飛沫!

 闇夜に引かれるドス赤い線!

 描き加えるように次刃じじん数発!

 銃列を構えていた手々が断ち放たれる!

 

 その攻撃の為に、直哉は僅かに身を晒した。


「お前相手にこれ以上、命を賭ける理由はない」


 変わっている。

 装甲が重く、厚く。

 鋭角的で刺々しく。

 これまでが恩情、優しさだったと言うように。


 これが「殺意」を解放された、皇直哉の戦争形態。


 対生物殺傷特化外装“ピルム”。


「粛々と、制裁あるのみ」


 触れるだけで切り傷を拵えるような突起を、その全身から剥き出している。

 それら一つ一つが、電磁力によって飛び道具となる。指先に配されたセンサーによって、順繰りに撃ち出される仕組み。

 また彼が駆使する体術の全てが、対象を切り裂く処刑具と化す!


 直哉がまた、武者震いを握り殺すように、

 肘を曲げ伸ばしながら、その右手を開閉させた。

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