富豪の孤島集団殺人及び未遂事件

『で?その子をマスコットにしたいって?』

「年若い活動家ってのは受けがいい。劣化するまでは資金や支持を集めるのに有用。更に国外へのイメージ戦略にも繋がる」

『ほんっと、自分が楽しむ為の建前を考える速度が尋常じゃないわね。第一少女趣味とは聞いてなかったわよ?どうりで堕ちないわけネ』

「お前が話を聞いてないのは毎時いつものことだろう」

 

 

 緊張から固まっているアクテを、モニター越しに嘗め回す双眸。

 輝かしい金髪に白磁のような滑らかな肌。

 海色に煌めく切れ長の瞳と泣き黒子、ぷっくりと柔らかさを感じさせる唇。

 胸元や脚部にスリットのある赤色のイヴニングドレス。体型を浮き出すような衣は、曲線を描けど下品ではないような、彫刻芸術めいて均整のとれたプロポーションを惜しげもなく見せつける。

 少女も思わず見惚れるような、加工済み宝石の如き美人。


『今の様子を見られたら、それだけで大スキャンダルじゃないの?「カリスマ貴公子は現代の光源氏だった!?」』

「そういうことをやろうとする考えなしを、釣り出す為の餌にも使えるな。良いアイディアをありがとう。少しは面白くなりそうだ」

『「面白い」「面白い」って、二言目にはすぐそれ。アナタ、他に無いの?』

「無い。俺は最初に俺であった時から一貫して、“今”を埋めているだけだ」


 現在少女が居るのは、直哉がまるまるワンフロア貸切った、あるホテルの一室。

 アクテは私服である白いワンピース姿で、彼の部屋に呼び出されていた。

 今の彼女の扱いは、「自分を救った恩人の許で多くを学び、世の中をよりよくしようとする目標の高い少女」。これから直哉と共に、様々な場所で“改善”を訴える事になる。

 よって、少女は王に同行している。

 勿論彼女が寝泊まりする用の部屋は別にあるが、今は「定期報告」とやらの為にこうしてカメラアイの前で立たされ、主人はその横で喫煙しながら会話している。


 直哉の通話相手は、皇サビーナ。

 彼の戸籍上の妻である。


 アメリカの有力者の親類らしく、典型的な政略結婚。この夫婦は、家と家との結び目以上ではないらしい。


『それにしても尾登のヤツ。ワタシが相手してやってんのに、こんなつるぺた芋娘に浮気なんて失礼しちゃうワ』

「瑞々しい若肌のハリが恋しいんだと。まああのジジイも、お前にだけは言われたくないだろうな」


 アクテはギョッとしてしまう。

 彼女の知識では、この国は婚姻関係による操には厳しい筈。それともそれは、実際との間に齟齬のある認識なのだろうか。


『けど、その子は磨けば光るんじゃない?ワタシの目利きに間違いは無いわよ?』

「そうかい“ハニー”。ところでいい加減に聞くが——」


——今日は何の用だ?


 人一人の生き方を投げ遣りに決め、本題ですらない世間話扱い。

 彼女は冷たく見下ろされるどころか、目端にすらまともに入れない。

 “上流”と呼ばれる世界に行こうが、何一つとして変わりない。



 彼女はまだ、あの薄暗い部屋に閉じ込められたままだ。



『あら?もう少し付き合ってくれてもいいじゃないノ』

「無意味に勿体ぶるな。知ってるだろ?俺は空っぽの時を過ごす事が嫌いなんだ。お前がわざわざ定例通りのメールでなく、俺の時間を奪う『通話』を選んだ、それに見合うだけのネタがあるんだろうな?」

『はいはい、分ってるわよ』


 サビーナが何かしらの操作を行い、画面共有が開始され、

「……っ!」

 少女は、努めて平静を保とうと試みる。

 「何故、ここにも?」という恨み言を出さぬよう。


 現れたのは、遺体だ。


 首から夥しい量の赤黒が零れた、土気色の肌を持つ男。

 否、男だったもの。

 軍刀らしきものを抱いて、右手に拳銃を持ち左手を握り、うつ伏せで床に敷かれている。

 辺りには切っ先らしき小片が広散こうさんし、射しこむ陽日ようびを乱反射して、物言わぬ抜け殻を照出ライトアップする。


『彼は毒島ぶすじまくす。元陸上幕僚長でそこそこの資産家だったんだけど、見ての通り死んじゃった。表向きは自然災害で死んだ、ってことになってるワ。セコセコ肥やしたその財産も、地獄行きじゃあ役に立たないわね』


 小馬鹿にしながら示される画像の数々。その鮮明さと詳細さから、本来表に出回るような写真でないことは、アクテにも分かった。

 恐らく捜査資料だ。

『問題はその状況。彼は離島の別荘で、こうなっちゃってたわけだけど』


 その館には他に、6人分の死体ボディが転がっていた。


『詳細は省くけれど、まあ毒島の“お友達”。皆が皆一流の勝ち組共よ?それが全員殺されていた。しかも物証から見て、外部犯によるものじゃない』

 その島に立ち入れる人間は、ごく限られた者しかいない。

 定期的に訪れる整備業者以外の出入りは禁じられ、事件前後は爆弾低気圧の影響で航行する事は不可能。つまり侵入も脱出も考えられない。

 実際に、現場には第三者を示す痕跡は、一切残っていない。

 そうなると、

『どんな真相が予想されるかな?アクテちゃん?』

「え!?あの」

 まさか自分にボールが回って来るとは思っていなかった為、頭の中が真っ白になる。

 何か答えなければ。

 今の主人は時の経過にとにかく過敏だ。

「は、犯人はその人たちのいずれかで…、その、最後に他殺に見せかけて自殺した…とか、でしょう、か…?」

『いいセン行ってるけど、の見解は少し違うわね』

 サビーナが描いた絵図、それはより荒唐無稽。


『彼らは殺し合った。最後の一人は勝者となったが力尽きた』


「そん……!」

 そんな馬鹿な話があるのか?

『あら?お気に召さない?』

「だって、いくらなんでも、そんな」

「似たような争いはいくらでも見て来ただろ?今更何を驚いてやがる」

 ニコチンを吸い上げながら吐き捨てる直哉。

「でも、お金に余裕があって、地位もある人が、なんで?」

 人殺しとは、避けなければならない最終手段である筈だ。

 問題が起こっても、他に解決方法を幾らでも持つ者達。

 それに空が晴れてしまえば、その重罪は簡単に発覚する。

 自らの安定も繁栄も、ひっくるめて棄て去るような暴挙。


 この国での「人殺し」とは、それだけの意味を持つ筈だ。


「財産やら友情やら、そんなものは目先が変わればすぐに無価値になる。その時その場がそれをするのに相応しいのであれば、禁忌は簡単に破られる」

『彼らの自室を調べて、人の殺し方・隠し方について記された資料とか、色んな武器とか出て来た時点で、私達はこの仮説に重きを置き始めたのヨ』

 それでは、

 あの場所から逃げて来た彼女は、

 理性ある世界に駆け込んだつもりだった少女は、


 今もまだ、地の底からすら抜け出せてないと言うのか?


 砂利と命が等号で結ばれる、あんなごみ溜めに浸かったままで。


「愉快な話だが、それで仕舞いだ」

 直哉は眉一つ動かさない。

 人命軽視には慣れているように。

「それぞれ密かに誰かを除こうと考え一堂に会し、結果見事に事故ったわけだ。笑えたよ。じゃあおやすみ」

『ここまでだったら、私達もそれで納得したんでしょうけれど、問題はここから』

 軽んじるべきでないものが、切って捨てられていく。

 アクテが望んだ平穏は、この国にも無いのかもしれない。

『被害者であり加害者でもあるその内の一人は、会に参加する前にこう言っていたそうよ』



——信じられないものを見た。

——奇跡が、起こっていたんだ。

 


 その瞬間に少女の全身に夥しい鳥肌が立った。

 首を動かさないようにこっそりと様子を窺えば、

 再度口元に持っていきかけた火付きの煙草を、灰皿に押しつけて消してしまう直哉。


 その表情は仏頂面で固定されて見えるのに、引力でも発しているかのように重い。

 そう感じてしまう。

 彼の琴線か、

 或いは逆鱗。

 それが何かに接触したと、質量が理解するかのように。


「ようやく分かった。お前がこの話を持ってきた理由が」


 つむじに拳骨がめり込むような、痛みに近い不快感。

 言葉だけで、座っているだけで、

 ここまで人を不安定にさせる者が、他に居るだろうか?

 威風堂々とはまた違う、臓腑を鷲掴むようなドス黒い気迫。


『似たような事件、あったわね?脳ミソ喰らいの怪人の事件が』

「『神を見た』とほざく狂人が、数人の脳を奪って回ったあれか?」

『行動範囲の広さと、個人で揃えられる規模を超えた設備の充実。指名手配後にも同じ頻度で起こる犯行。見つからなくなってしまった脳幹達。あれは複数犯だった可能性が高かったノ。でも情報統制が得意な組織共は、それをひた隠しにした。犯人とされた男に逸話を盛って、「こいつなら一人でここまでのことを出来ても不思議ではない」、そう思わせたのネ』

「それで覆われた裏側が、その離島に繋がっていると?」


 興味だ。

 旺盛な興味が湧いているのが、見ただけで分かる。

 皇直哉が、熱に浮かされたように何かを求めている。

 海底から浮上した得体の知れない生き物が、ギョロリとその目で周囲を探り求める。

 そんな情景に居合わせてしまった、アクテを腹痛と悪寒が襲い、声を出さぬよう必死に腕を撫で摩る。


『彼らが見たものとは何なのか。それこそが鍵でしょうね』

「追うべきはそれだ。その為にはまず、『別荘』とやらに行ってみたい。場所とより詳しい情報を寄越せ」

『東京行きの便のチケットはもうとってあるわ。まずは会って話しましょ?』


 「待ってるわ」、言いながら片目を瞑って見せるサビーナ。


 チャーミングなアピールを特等席で鑑賞できる男は、


「空っぽな慣れ合いは必要ない。どの便だ?最短なんだろうな?」


 しかしそれすら邪魔そうに払って、

 異なる何かに心を砕く。


 眉間には皺が寄り口角も引き結ばれていたのに、


 アクテは初めて、こんなにも楽しそうな直哉を見た、そう思った。

 ああ本当に、

——ここから逃げたい。



 水嵩を増す濁った急流に、

 踏み込むことを決意した、

 暴虐の王を面白そうに見物し、

 


『ああ、それからもう一つ』



 女が言った。

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