相互理解
「レギオンとは、本当に俺の敵なのか」
直哉が踏み出しきれないのは、その点だ。
「実際に、敵対しているように見えますが……」
「俺はあまり詳しくないが、神仏というものは、試練を与えるものなのだろう?」
もしあれが、“本物”だとしたら、
彼がやるべきは、反抗し続けることではないのでは?
王権は神が授けると言う。
あれが味方しているつもりであれば?
なら直哉がその“景色”に至る為には、あの存在に歩み寄るべきという可能性は?
「ナオヤ様、よく考えてみましょう」
アクテは肯定も否定もしない。
「あれが望むのは作為無き事象。つまりあれには、意志が無いも同然です。従おうにも、やりたいことが無いんです」
歯向かおうが屈しようが、やる事は変わらない。
全力でぶつかり、誰も予期せぬ収束へ落とす。
「分析はするべきでしょう。それで理解も深めましょう。それでも、深入りするべきではありません」
「無駄ですから」、
直哉にとって、
知ることだ。
それについて解するということは、
それを掌中に収めるも同義。
彼は一度しようがないことを脇に置き、揺蕩うように力を抜き、混ざりうねる頭を整理する。
思い返して思い起こす。
言葉。
そう、「言葉」だ。
意識だけの存在のような顔をしたあれは、その形では己を語らない。
表情すらも、仮面の一種。奥底を隠し力を得る、匿名性の盾と同じ用途。
奴にとっては語り口こそ、表層であり内面である。
人の6割が水分であるように、それの大部分は言葉で出来ている。
あれが自らをどう称し、どう評し、どう表するのか。本質に近付くにはそれが最短。
「……『似ている』」
そう言った。
「奴は俺と似ているのだと、そういう認識を持っていた」
その言を重く受け止めるのは何故か。
どの面において、レギオンの正体と繋がっているのか。
「奴は、俺について何と言っていた?」
あれが自らと同じだとしたものが、皇直哉。
あれが皇直哉をどう思っているか、そこから間接的に、あれの自己評価を浮き上がらせる。
——お前さんが裕福な家庭に生まれ、何不自由なく暮らし
——成長の過程で、
——途轍もない何かに出会ってしまった。
「『途轍もない何かに出会ってしまった』」
確かにそう言った。
今作った図式に代入すれば、
「あれは……、レギオンは、奇跡に『出会った』側……。少なくともレギオン自身は、そう思っている、ということですか……?」
「そうだ。あれは、白状していた」
それは真の上位者ではないと。
「本当に、『偶然』だったんだ。何の意味もなく湧き出た存在」
底が見えて来た。
得体が知れて来た。
「奴は自分が生まれたこと、それを奇跡だと考えている」
「レギオンが信じる奇跡は、決して自身の能力に対する評価ではない、と?」
「あの笑顔は矢張り誤魔化しだ。見た目程に、自信が有り余っているわけじゃあない」
超常の知性であるなら、滅ぼす事は難しい。
しかし物理存在の一種なら、その意識は何らかの
「“本体”がある筈だ。本体に縛られているからこそ、奇跡に成り切ることができない。それを見つければ、奴を殺せる」
「魂」、そう囁かれるものとは、情報の集積である。
情報とは、何らかの受容体に外部から入力されるものである。
受容体とは、物理的な実体のことである。
実体は、その形によって、世界への触れ方も変わるものである。
針を刺されても感じぬ鉄には、それを怖れる皮袋の気持ちが分からない。
風で痛む枯れ枝は、太陽のすぐ下を
畢竟、魂の形は、実体に依存する。
情報だけの生命などと嘯けど、それが此岸に居る以上、現物無しには同一で居られない。
形体無き情報は、単なる信号でしかない。
「何者か」としての総体を失うのだ。
「奴は形象を手に入れた。だから“レギオン”として生まれることができた」
それを今も大事に持っている。
いや——
「加えて装飾している筈だ。運命に選ばれた上位者として、恥ずかしくない魂を宿らせる。それに堪えうる容器としての肉体。超越者には、それが必要だ」
そう考えれば、一つの詳細不明が照らされていく。
「あの神輿の中身は、レギオンの本体、ですか?」
「中枢かつ弱点たる宝玉を、コソコソ隠すこともせず、見せびらかすように巡る。己の神性を、その行為自体で強化している。演出家としては、腕が良い」
何ということ。
こんなにも平素通り。
彼とあれとの関係性は、騙くらかし合い殺し合い。
何が神秘か神格か。
撃てば壊れる
普通の物品。
確実に有るなら、
必ず勝てる。
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