ダマスカス核兵器暴発事件

「史上三度目の、市街地における核兵器使用事例。都市一つを駄目にして、国一つを裂き散らした」


 シリア政府が密かに開発・保有していた弾道ミサイル。

 それが反政府テロリストや欧米からの義勇軍との争奪戦の末、体制側の管理ミスによって予期せぬ点火。

 からの連鎖爆発。

 亡国の憂き目にあうこととなった。

 表向きには、条約違反者の自業自得。

 が、当時は連日連夜報道されたこの事件には、予てから一つの噂が付き纏った。


 「米勢力が故意に起爆した」、と。


 よくある陰謀論であり、直哉はそんなもの本気にはしない。

 

 事件の前後でサビーナや米国周りが、せわしく奔走していなければ。


 そう、あの時彼らが何かをするつもりだとは、その周辺へ情報筋を持つ者なら、誰でも察知出来た。

 その中の多くが思う以上に大事おおごとだったが、今更眉を顰められるようなことでもなかった。

 彼らの動きを知る人間にとって、その残酷無比は慣れっこであったのだ。


 シリアはイスラエルとの間に、領有問題を始めとしたトラブルを多く孕んでいた。

 アラビア語国家としては有数の軍事大国であり、いざとなれば核の使用も匂わせる、目の上の瘤。ノアも著書の中で、論陣の相手を極めて批判的に記していた。

 ジューディー、そしてそれに後援された米政府にとって、優先粛清対象。


 そして転進無きロシア連邦軍という、楔が取り払われてしまったあの時。


 世界全体が圧力の急変によって、張り裂けそうになっていた。何かの間違いで、イスラエルへの侵攻が始まりかねない。


 そうなる前に、彼らは先手を打ったのだ。

 やられる前に、抹殺だ。

 ジェリコめいて、滅ぼし尽くせ。

 それを見るだけだった者達も、天の威光におののくことだろう。二度と逆らおうなどとは思うまい。


 レバントは分割され、地図から消えた。


 そのようにして、約束の地は守られた。


「10万以上の死者に、50万を超える行方不明者。ナタナエルもその一人。ダマスカスは汚曝おばくを塗りたくられ、今も人を許さぬ死の大地のまま」


 熱戦と衝撃波は数㎞先の人肉を焼き、それより内を差別することなく溶解・蒸発せしめた。


 そこで一度、絶える。

 ナタナエル博士の成果は日の目を見ずに、禁足地にて眠りに就く。

 そうなるのが自然であった。

 

「だが墓は暴かれ、レギオンは産声を上げた」


 ほぼ確実に死んだだろう彼の研究に、どのような経緯いきさつでスポットが当たったのか?

 墓所に近付くことも出来ないのに。


「向こうから、近付いてきた?」


 つまりレギオンは、勝手に完成していた?


「『広域電力網』……」


 ナタナエルの計画には、続きがあった。


 人間が人間だけで生を賄えるようになっても、そこには体質による適合可否という差異がある。電力量で格差が生まれるのだ。

 これに対して、博士は無線送電システムを構想。全人類をネットワーク状に繋げることで、均等に分配する仕組みを考えた。持ち物ならば保持できるが、エネルギーなら、安定状態を目指し平らかになる。

 誰かが使えば使った分だけ、全てに負担が掛かる。生贄に、皺は寄らない。リソースは、強制的に共有されるのだ。

 実にユートピア的発想だが、彼が遠隔で何かを伝える技術を模索していたこと、その基礎として情報の通り道であるインターネットを利用するつもりであったこと、それは確たる事実だ。

 Wi-Fiで繋がる細胞?シュールで大それた未来予想図だ。

 細胞単体に、入力情報を処理する能力を持たせるなど、何百何千先の技術か。つまりは不可能ということだ。

「細胞単体に……」


 群体なら?


「シナプス……、そういうことか……?」


 仮にだ。

 仮に「発電板」が、ニューロンのようなものに変化したなら、どうか?

 数百億個で脳を構成すると言われるそれは、受けた刺激を伝達するという役目がある。

 此処で言う「刺激」とは、主に電位の形式で表現される。

 それと似たような働きの細胞が、大量に寄り集まって、結合し、


 「偶然」、頭脳と同様の配列を持つに至ったならば?


「こいつは人体に取り付き、その中に適応する為に変化できるよう作られていた。それらを材料として作られた物体が、人が持つ何らかの器官に似るというのは、些か夢想的ではあるが、考えられない話ではない。それ自体が電流を発しているのだから、脳味噌にすらなれる、かもしれない」


 例えば粘菌は、自ずと物流網を形成するらしい。

 それらは時と共に最短経路・最高効率を導き出し、最適化され、高度に組織化されるのだと言う。

 それと似たような起こった結果、“思考回路”が完成してしまったとすれば?


 脳幹だけを持って生まれた命。

 自前の「ネットワーク」を持ち、離れていても情報の送受信が可能。

 雛芥子島の事例から鑑みるに、既存の電子的システムに侵入し、書き換え乗っ取ることまでしてくる。

 

 その生物の名前が、

「レギオン?」


 確かにぴったりな名前ではある。

 籤引きの強さは認めてやりたい。

 そしてこの新種には、ややこしい哲学思考が備わっている。

 情報処理・演算能力も。

 まるでスーパーコンピューターの如き性能。

 焼き滅ぼされた沈黙の大地で、どうやってそこまで育て上げたか。

 大掛かりな施設が、まだあそこに残っているのか。

 かくなる上は、ドローンでも飛ばして奴の研究室跡地に——


『そこじゃあ、ありんせん』


 伏せていた眼を上げる。

 検索に使っていたタブレットの画面。

 永劫に視線が合うことのない、三本弧線の顔がある。


『ウチはもっと近くに居るよん♪』


 来た。

 彼が待っていたものが。

 

「宣戦布告か?」

『招待状、と言ってよネ!』


 必ず呼びに来ると思っていた。

 こいつが欲しいものは、確実な勝利ではない。

 落ちるか否かの宙吊り状態。

 ギリギリであればあるほど良い。

 少しの力で変わるのが良い。

 確率がつけ入る隙が多ければ、

 それだけ強く納得する。


『ボクが考えたサイコーの世界が、完成する!』

 

 だからこそ、この大一番に、

 誰にも介入させないわけがない。


『そろそろ、終わるぜ?』

「そうか、お前も漸く終わりか」


 現時点で用意可能な、前準備はもう済みつつある。

 手短に片付くのなら、直哉にとっても都合がよろしい。



『運命がどのように転ぶか。楽しみだぞ。皇直哉』


「ほざけ。勝つのは俺だ。な」



 掴み取るように、拳を締める。


——お前も逃さず、支配してやる。


 そうやって一つずつ手に入れて、


 「本物」に出会い征服し、


 あの少年を超えるのだ。

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