アクテ

 “黄金の園”開園セレモニーの控室に来客があったのは、昼食も兼ねた歓談の時間になってすぐである。


「失礼。先程皇様に花束を渡していたのは、どの子ですか?」

 

 聞くと皇直哉は、彼女が例の事件の現場に居合わせた事を思い出し、その後の調子を気に掛けているということだった。

 お人好しのスタッフ達はその美談に湧き、件の少女を連れてノコノコとご機嫌伺いに行った。

 一挙手一投足に威厳を感じさせながらも、決して高圧的ではない態度で手厚く応対され、少女も彼によく懐いており、故に何の違和感・危機感も抱かなかった。

 「二人きりで落ち着いてゆっくりと話したい」。

 何方からともなくそう提案されて、無警戒に承ってしまうくらいには。

 少女の繊細さに配慮しているのだと、逆にその思い遣りに感心してしまう程だった。


 口々に褒め称えながら退室していく彼らは、最後の最後まで気付けない。


 人を見る目がまるで無いと、


 その暴君に軽蔑されているのだと。




——————————————————————————————————————




「さて、聞こうじゃないか」


 ゆるりと腰を下ろし左半身を引きながら背凭れに体重を預け、右手指で机をカタカタ弾く直哉。

「君が何を言いたいのか。それと向き合う義務が、私達にはある」

 カタン。

 表面上は飽く迄も、弱者に耳を傾ける徳者。

 実際の所は、猛禽の値踏みに他ならない。


 乃ち、

 獲物か

 敵か。


「あなた、結構乱暴でしょう?例えば、犯罪グループを一人で叩き潰すくらいには。ああ、ここでの『叩き潰す』は婉曲表現じゃないですよ?」

 先の純朴さとは遠い、流暢な日本語による応戦。

 この場の流れを導く鍵は、今此方にあるのだと言外に示す。


 カタタ。

「さあて、何のことか分からないな」

 カタタン。

「あの夜、あの組織を襲った無謀者は、間抜けにも至近距離からショットガンによる銃撃を受けていました」

 カタタタ。

「ほうほう、重要な証言だね。それで?」


「あなた、この前会った時からずっとそうだけど——」


——左の脇腹を庇っているでしょう?


 カタン。

 それを最後に直哉の右手が止まる。

 目を窄め、身をゆっくりと乗り出す。

 評価の段階から、戦闘準備へと移行。


「……そうだったかな?まあ、今の話は繋がってないように思えるけれ」「これは手段の話です。私があなたを見つけ、この場に来れた足掛かり」


 「そして今重要なのはこれです」。

 少女が手品師のように、これ見よがしにたなごころを開く。

 中には、マイクロSDチップ。


「これはある映像記録。この中には、悪党から顧客名簿を強請り取る危険人物が映っています。声は機械で変えているようですが、声紋鑑定ってその程度で誤魔化せるんですか?」

 

 直哉は記憶を無造作に引きずり出す。

 有った。デジタルカメラだ。

 念入りに踏み潰しておいた筈だが、彼がそれを見付ける前に使用し、メモリーカードを抜いた上でわざわざ見えるところに放置した者が居る。「証拠は隠滅できた」、という錯誤を誘う為に。


「大人を驚かせたいなら、もっと練らないと。それを持ち出せるわけがないだろう?」

「私は被害者でしたから、口の中に隠せば簡単でしたよ」

「成程、本物だと言い張るんだね。じゃあ信頼のできる機関で鑑定して貰おう。ところで君は、そういった伝手を持っているのかな?」

「悲劇のヒロインを激写しに来たハゲタカの群れなら、いくらでも」


 拡散力は十分。

 ちょっとしたインフルエンサーだ。

 本人に力は無くとも、いずれ技術を持つ者まで情報が辿り着く。


「しかし、その人は、クフッ、ヒーローみたいな活動をしているのかもしれないよ?だったら、邪魔しちゃ悪いんじゃないかなあ?」

 自身でも噴飯ものだと思いながらも、一応言ってみる。

「確かに私は世間知らずですから、あなたが何をやっているのかが分かりません」

 わざとらしく乗って来る少女。

 まるで嬉しくない喜劇。

「それで、皆さんに聞こうと思っています」

「一体何を聞こうって?具体的な話じゃなけりゃ、君の虚言や妄想として——」


「例えば尾登知事が私と寝た事があることと、あなたへの支援が即決されたことに、関係があるのかなあ?って」


 一つ、繰り上げる。

 邪魔な石ころを、道に跨がる根っ子にまで。

 

「……記憶力が良いんだな?」

「私達を買った人間なら、全員知ってる。目玉商品には、『頭が良い』って“性能”は必須だったんですから」


 軌道修正に伴い、無駄な塗装も剥ぎ捨てる。

 如何に効率良く対処するか。どれだけ“今”を費やさず終えられるか。

 無問題とはいかず、損切りを余儀なくされる。


「あなたにとって、この事実は武器の一つ。それも便利な、少なくとも一介のとは、不釣り合いな代物の筈です」

 所謂「弱み」。

 政界に絡んだ、攻撃手段の一つ。

 時機によって、その火力は違う。

 ここでそれを表に出されたら、まさしく大損である。

「一方で、私を殺す程じゃない。そこに発生する大きなマイナスは、これを隠蔽するメリットを相殺して余りある」

 見過ごして無視できぬダメージを負うか、リスクを冒して博打に出るか。


「それで?」

 当然用意してあるはずだ。

 テーゼアンチテーゼの折衷案。

 双方が歩み寄る止揚アウフヘーベンが。

「お前が要求するところとは?」

「私の身柄の保護です。この国に私を永住させ、その生活基盤を用意して下さい」


 「女の子一人養うくらい、あなたの甲斐性なら痒くもないでしょう?」、それこそ彼女が通したい本命。


「期限はすぐ。私がこの部屋を出て行くまで」


 ご丁寧に締め切りも明確。

 さあ、決断や如何に。



「…………」


 色好い返事を確信するような笑みを傍目に。

 懐から箱を取り出し、煙草を一本。

 かちん。

 火を点けて大きく吐き出す。

「………?」

 訝る少女に与えるのは一節のみ。


「42点」

「なっ…!?」


 それが彼の評定だ。


「悪くはない。ガキにしては、という枕詞は付くが」

「何を——」

「が、どんな脅しもある一点で全て台無しだ」

 その煙草の火が彼女を指して、


「お前、この前会った時からずっとそうだが——」


——笑えるほどに震えてるぞ?


 息を呑む。

 唾を呑み込む。

 呑んでしまう。それがもうだめだ。

 丁々発止の舌戦では、詰まってしまった時点で流れが逃げる。


「お前は俺を、損得勘定も頭に入った有能な人間だと思っている。だから、こんな巫山戯たマネが出来る」

 だが、頭は理解しても、身体の奥底にある野生は違う。

 そこにある爆弾への恐怖を、拭いきれない。

「あの夜から変わらない。俺がお前を攻撃する合理的な動機が無い、それは確かだ。しかし同時に、俺がそういった理屈を抜いてお前を殺すかもしれない。ノープランでも、やってしまう男かも。あの時に目の前で俺の暴力を見たせいで、その疑懼ぎくが脳裏にへばりついて離れない」

「う、うぅ……」

 こういう時何かを言おうとして、言葉にならない吐息を晒すのは、下の下策と言えるだろう。

 それならまだ、黙っていた方がマシだ。

「相手に吹っ掛ける時は、自信が無ければならない。無くても、有るように見せなければならない。そうじゃなきゃどれだけ毒を吐こうが、威嚇するアリクイみたいに愛おしいだけだ」

「あ、う……」

「更に、今追い詰められているのは、どちらかと言えばお前の方だ」

 本来このまま放っておいても、彼女の身の安全は保障されている。

 公的機関の庇護下に入るからだ。

 にも拘らず、彼女は無理矢理に直哉を頼った。

 「主導権を握っている」ように見せようと、下手糞な演技までして。


「お前、あの組織では人を動かす側だったな?それなら色々と仕込まれていることにも頷ける」

 

 まだ耐えている方だが、手に力が入り白くなり、裾が握りしめられ視線は僅かにブレる。

——崩れた。

 今度は彼が、せせら笑う番であった。


「下賤でありながら、他の同類を使う者。両方に附けるようでいて、どっちの仲間にもなれない。下からは恨まれて、上からは落とし前を求められる。裏切り者呼ばわりだけは一緒だな。どこに居ても周りは敵だらけ。命だって危ぶまれるだろう」

「い、や……」


 トッ、

 席を立ち、敢えてゆっくりと移動する。

 

「今この場で『お願い』するのは、譲歩するべきは誰だ?」

「そ、れは……」

 一歩、一歩、

「最も窮地にあるのは」


 ぐるりと迂回し、少女の目と鼻の先に。


「この部屋の中で、こいねがうべきは、一体誰だ?え?」

「あ、う、」

「元のご主人様からは教わらなかったか?人に物を頼む場合は、どうするべきか」


 真っ直ぐ見下して、促す。

 当然のように、命じる。


 反抗の放棄。

 服従を。

 

「返事は?」


 彼女が提示した切り札のいくつかは、未だ無効化されていない。

 だが効いている様子が見えず、それで不安になってしまえば、

 勝つのは元から強い方。

 下剋上の隙など無い。


「……………お願いしますPlease………」


 折れた。

 頽れて膝をつき、目線を下げて逃げてしまう。

 冬空の下、着の身着のまま放り出された小児のように、


「助けてください………」


 身を震わせて懇願する。


 査定終了。

 評価:C。

 暫くは遊べそうではある。


「いいだろう。お前名前は?」


「……アクテ、です」


「よろしくなアクテ。お前は人形だ。よく感謝して尽くせよ?」


 コストが掛かるなら、それ以上に楽しませてもらうだけ。


 こうして奴隷は、


 その頭を押さえつける玉座を挿げ替えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る