制圧

 経過は順調と言えた。

 

 皇直哉は予想に反して協力的。

 それ以外にも目立ったイレギュラー無し。

 この分なら上手くいく。

 油断は禁物だが、最難関の要所を抜けたことも事実。

 成功は時間の問題だ。

 もうすぐ。

 彼の一族が数百年届かなかった、見果てぬ夢。

 当代で、それが達せられる。

 起こり得ることとして、視野に入ってきた。

 このまま「おい」

「……なんでしょう?」

 感動に打ち震え想いを馳せていた彼へ、空気の握り心地を確かめるように、その右手を開閉しながら、威丈高なままの男が問う。

「お前ら一見準備が良いが、機内でそんなオモチャを振り回すのはいただけない。跳弾すれば俺に当たるし、ガラスを割って外側と繋がれば気圧差で大惨事だ」

「………………」

 なんだ?

 この期に及んで、何を当たり前な事を言い出すんだ?

 単に事故死という無様を避けたいのだろうか?

「ストッピングパワーを過信するなよ?孔なんて簡単に開くぞ?数人持ってかれるだけなら良い方。最悪墜落だ。飛行機ってのは繊細で、ピトー管が詰まっていただけでも墜ちたりする」

「部下には厳しく躾てありますよ。ご安心なさいますよう」

「そうか」


 彼は気分を害したとも安堵したとも違う、間抜けが見事にすっ転んだのを見た顔で、

 今気づいたかのようにリーダーの肩越しに笑い掛け、


「らしいぞ?それはそうと遅かったな」


 藪から棒の発言で、彼らの脳裏に思わせた。

 そこに「たすけ」が呼ばれたのだと。


「なにっ!?」


 そうとなったら即座に対応するべく発射口を背後へ回し狙いを「待て!」


 そうじゃない。

——しまった。

 全員一度に反応してしまった。

 ミスを自覚する間もあらばこそ、背後から二本の腕がにゅうっと伸びて、


「よし全員そこを動くな」


 ぐいり。

 自らの銃でヘッドロックを仕掛けられるリーダー。

「ぐ、が、う……」

「騒ぐと隊長さんの首の骨が折れるぞ。いい子にしていろ。で、良い子は帰って寝ていろ」


 人数差から来る形勢は依然変わらず。

 だが司令塔を盾にされ、次なる行動を決めかねた彼らは、とりあえずの精神で直哉の命じるままに動く。

「ほれ、お前らがそっち、俺がこっちだ」

 包囲が対峙となり、指示待ちとなる。

 一度従ってしまえば、次の心理的抵抗は弱くなる。

 無意識下で、格付けがなされたのだ。

 

 目の前のその男は、自分より上なのだと。


 自然に表される支配階級としての振舞いは、皇直哉が生まれ持った才の中でも別格。

 歩き、宣い、立っているだけでも、彼は相手に恭順を迫る。

 教師、取引相手、両親でさえも。

 今敵対者にも、こうべを垂れろと迫るのだ。


「このままこうしていてもいいが、この為に俺の手が疲れるのも納得いかない」

 リーダーの状態を確認。

 落ちている。思ったほど持たなかったようだ。

「返すぞ」

 ドンと、

 それを隊員に蹴り返す。

 射線が塞がれ迷いが生じ、それに乗じて接近し、奪った銃床を顎めがけ振り抜く。

 バキリ、

 一人を倒しつつ右手がベルトのバックルに触れ、

 携帯端末らしきものを引き出しいま一人の首筋に突き入れ、

 バヂィ、

 青い火花を散らし失神させて。

「スタンガン!?」

「どうやって持ち込みやがった!?」

「お前らが言うな」


——そういうのが無駄なんだ。


 驚愕する暇があるなら、手を動かして収拾に当たれ。

 できないのなら立ち塞がるな。


Freeze止まれ!」

 数人が照準内に彼を収めることに成功。

 だが人差し指を引けないようだ。

 誤射・跳弾・飛行機墜落………。

 予め打たれた言葉の楔が、彼を寸瞬食い止める。

 遠距離を狙う時のように、左目を閉じ右目で狙い、より慎重に、丁寧に澄ませば、


 こと近接戦闘において、

 お話にならない遅れを伴う。


 バチン!

 通電!

「ぐぇえっ」

 次はそいつを遮蔽にして一徹突進、側面に回った男に上着を放って時を作る。

 身動きを取り戻しナイフを抜いた正面の敵を背負い投げて、密かに横に回っていた姑息な輩を巻き込み床に叩きつける。

 目隠しスーツを剥ぎ取って再度向かってきた一人を、

 ゴォン、

 肘鉄と内壁で挟擲きょうてきし打倒。

 

 戦闘終了。

 一度の発砲も無し。


「俺一人に戦力を割き過ぎだ。礼儀も知らない小心者どもが」


 のびている者もそうでない者も念入りに打ち据えた後、ジャケットを床から拾い上げ手で払い、元の座席にと腰掛ける。

 狭い場所だのに人数が多過ぎて、連携に限らず種々の行動が阻害されていた。

 一連の攻防の中での機関銃など、取り回しの悪い鈍器でしかない。

 何が出来て何を出来ないのか。それが分かっていなかったが故の為体ていたらく


「ここからどうするか…。下級エコノミーのエリアにも手勢が居るだろうことを考えると、じきに交代要員が来るか。ならウカウカしていられない、か。おいお前、俺がコックピットを確保する間、機体後部から誰か来たら——」


 見張りに使おうと少女を久方ぶりに意識に入れれば、

 静止画のように動かない。

「………?」

 向き合っているのに、どこか遠くを見ているような。

 いつからこの状態だった?

 ジャッカー共が来た時には、いつも通りにガタガタ振動していたのだが。

——壊れたか?

 予想より低い耐久性。

 これから遊んでやるという矢先にこれである。同行を発表したばかりと言うのに、世間に睨まれぬように切り離さなければ。

 その難儀さを考えると、どう見積もっても割に合わない。

 いやはや高い買い物となった。

「せめてアラームくらいの機能は果たしてもらわんとな。さて最も効率の良い掃討方法はどれだ?」

「心配しなくても、それには及ばないよ」


 つま先に触れた拳銃を咄嗟に蹴り上げパシリとキャッチ、に向ける。

 

「おっと、我はドンパチやりに来たんじゃあない」


 スキンヘッドだ。

 さっき確かに気絶していた男が優雅に腰を下ろし、何処ぞから奪ったらしいコーヒーを飲んでいる。

 

「オノレと話しに来たんや。コインには両面が無くっちゃあいけんから」

 

 だが直哉には、さっきまでと同じ人間には見えなかった。

 立ち居振る舞いが隙だらけ。「殺れるならやれ」と堂々と。

 大物に見せようと張りつめていた、兵隊気取りとは大違い。

 

 それ即ち王を前にして、鷹揚を保っているということ。


 数分前と、器がまるっきり違っていた。


「何者だ、お前……?」

「それは後々のお楽しみに!」


 子どもが描くような、三つの半円弧で構成された笑顔。


 それを面に貼り付けながら、


 男の外見をしたモノは続けた。


「今はまず、みんなが生き残らなくては、だな」

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