混線

 護者のいない金持ち一人。

 バカ高い車が蜂の巣になるのを見物するだけ。

 「楽な仕事」、その考えは、きっちりとしっぺ返しを食らう。


 後方で追い立てていた車両の目の前でトランクが開き、中から投棄された小型テーブルらしき物体が衝突した。

 自らの速度がそのまま破壊力となり、フロントガラスに細かい罅を入れ視界を遮る。

 慌てふためいたドライバーが窓から顔を出し、そこに一本10万円程度するワイングラスがヒットする。

 ハンドルが誤って切られ、蛇行しながら離されていく後続車。

 リムジンは急ブレーキを踏み囲い三台を前に出すと、急旋回で左折し人口密集地から離れていく。

 建物の間に入り雲隠れ。

 

 号令が出た。

 続行せよ。逃がすこと勿れ。

 大型車三台が追跡。場所は把握できている。

 比較的小回りが利く一台は先回りし残りの二台と再度の挟撃を狙う。

 目標は方向転換を繰り返している。姿を消して進路を変えれば撒けるのだとでも言うように。

 知らないということは怖いものだ。あんなにも徒労を積み上げる。

 どんなにやっても逃げ切れるものではない。

 車幅の違いを活かしても、ルートを工夫すれば追えない事も無い。

 ほうら、目でも見えてきた。

 アクセルを深く踏み距離を——


 ゴ オ ン!


 躓いたように前方が下へ沈み後方が上へ跳ね!

 後追いの二台ともが車体で大きくアスファルトを打擲する!

 太いワイヤーのようなものが道の両脇の電柱に巻かれ打ち込まれている。

 それにつんのめり力づくで止められたのだ。

 いつこんなものを?

 ついさっきだ。

 逃げる途中で一人が降り、もう一人がこれを設置。

 リムジンはぐるっと回って相方を回収。この時、追手が通るルートもさりげなく誘導する。

 ひと手間で三分の二を片付け、残るは乱射魔を積載した一台のみ。

 こうなるとお洒落に気を遣っていられない。

 追い付き次第並走させて窓を只管撃ち続けるべし!

 キンガガガガガチュンピシュンパシガガガキガガギ!

 歪ませ割って穴を開けろ。

 奇策で出し抜けど正面暴力には負ける。気取れど気張れど人間が一人二人、物量手数のかたき役は不相応。

 死体役でご満足頂こう!

 楽団気分で破壊を奏でる彼らに、黒いドアが急接近!

 ガン!

 向こう側からの体当たり!

 揺れからの転倒を案じ手近なものに掴まり耐える。

 

 そう、少なくとも片方の腕が、銃以外で埋まってしまった。

 武器を持っていたうち一本以上が、離れてしまった。


 カタリ、

 開けゴマ。


 開かずと思われたVIP入りの箱が、

 唱えるまでもなく中身を曝け出す。


 側面から登場。

 重装の黒づくめ。

 

 勿論男たちは応戦を選択。

 見えたものに向かって発射しようとし、弾の出口がそぞろにバラけて、修正する手も足りていないのに気が付く。


 一歩早ければ、間合いを取ることも可能だったのだが。


 まず縁を掴みながら振り子のように蹴りを放つ。

 二人の鼻面に一本ずつ足が突き立ち、その動きによって黒装が乗り込んできた。

 次に一人の短機関銃に腰の後ろに差していたトマホークを掛け、左腕を引くことでバガバガ撃ちまくられているそれを取り落とさせる!

 動作はそのまま左脚による半月蹴りへ!側頭部に受けた男はもう立っていられない!

 ダガガガガガ!

 発砲されるも両手で二丁の銃身を開くように逸らす方が一瞬速い!

 そのまま滑らせるように首を握りに手を伸ばし、される側には防ぐ術無し!

 ババババチバチと電流が通る!

 仕上げは最初に転倒させていた二名に振り下ろされる電棒!

 これにより最後の一台が無力になり黒づくめはリムジンに戻る。


「おかわりは?」

「見えませんねえ」

「そうか……。サビーナの奴、急にどうした?」

「何かぁ、気に障るような言動にお心当たりはあ?」

「そんなもの、恒常的に放っている」

「そうでしたぁ」


 遠巻きに届くサイレンを聞きながら、

 ヘルメットを外しPCを再起動。

 また彼女へ掛け始める、かと思いきや、


 彼の指は、アクテに持たせた端末に繋ごうとしていた。

 

「出ねえな……」


 彼の財産がどれだけ攻撃されたのか、それを把握したい。彼はそう思っている。自分がそういった理由で動いていると、思っているのだ。

 だが埒も明きそうにない。

「使えねえ」

 苛立ちから舌を一度打ち、続いてサビーナに——


「旦那様ぁあ」

「なんだ!」

「リベンジマッチを御所望のようでえぇ」

 

 ギャリギャリとタイヤを擦りつけながら追い上げていくトラック。

 もう意識を取り戻したか?


「……もう一度寄せろ。今度はガソリンタンクに穴でも開ける」

「それがいいでしょうねえぇ」


 こちらも減速し相対位置を合わせてやる。

 そして力の差を教え込もうと

 ドン!

 天上が揺れる。

 ドンドドン!

 続けざまに。

 直哉は変化に肌で触れる。

 刺すような狩りの空気から、もやつきドロついた悪意のこごりへと。

 ヘッドギアを再装着すると同時に窓がかれる!

 上から出された手が銃床を使って!

「旦那様あ!乗られましたぁ!」

 あの千家の声から間延びが削られ、涼しい顔が剥がされている!

「お掴まりぃ!」

 右にハンドル!

「くださぁぁい!」

 左に滑る!

 激しく左右転換!

 振り落とす気だ!

 だが頭上の暴力に収まる気なし!

 相手の位置に大体の見当を付けた直哉はドアを蹴り引き下ろそうと腕を捕え、


 ぐにゃりと曲がったそれが、いとも簡単に逃れていった。

 

「折れた?」

 関節か、骨か、どちらかが本来想定されてない変形をした。

 そこに伴う恐れも、破断の激痛も、何も感じていないようだった。

 アドレナリンが洗い流したか?

 惑うという珍しい感情が直哉を襲い、そこに数本の手が掴みかかってきた。

「ぐぅうううう!」

 警棒で二三叩けども緩まず。

 電流まで使うことで筋肉に反応させなんとか離す。

 すぐにぐるんと天井上に昇る。

 外国人が三人。

 先程倒した筈の彼らの、どの顔からも覆面が取れ、簡素で大袈裟な笑いが描かれる。


「レギオン!お前か!」


「なんだあ!?なあに言ってんだあ!?」

「うへへへへへへ、おかしくなったかあ!?」

「良い気分だぜ!敗ける気がしねえ!」


 どうやら別人レベルへの変質はしていない。

 だが身体能力は劇変している。

 何かが彼らに起こっているのだ。


「殺す!」

「仕事だしなあ!」

 熟達したチームのように、息を合わせて掃射!




 ダダダダダッダダ!

 ダガダガダガガガ!




「ヘタクソどもおおお!当てやがれええええ!」


 彼らイケニ・カルテルの私兵が、敵対組織の本拠に着いたのが2分前。

 その屋敷に住んでいる人間を鏖殺おうさつするのが、この国で受けた仕事だった。

 警察すら銃を抜くのを迷うような平和ボケ国家。そこで生息する反社活動など、彼ら無法の住民からすれば児戯も同然。

 弾幕があれば他は何もいらない。

 誰もがそう高を括っていた、


 が、しかし、


 それこそ悪夢の始まりだったと言える。

 彼らは戦場の流動性を甘く見ていた。

 尤も、予測出来たからどうなるものでも、ありはしないが。


「来るぞ!撃てえ!」


 ダダダダダダダ!

 ダダダガガガガ!

 言われるまでもなく我先にとトリガーを引き絞る賊共。

 その塊の一つにブオンと飛んで来る肉の砲弾。

 ブラリ力の抜けたそれには、頭と四肢が付いているように見える。

 人って、空を飛べるのか。

 そんな抜けた事を考えながら命中で頭蓋を割り砕かれる者。

 他の攻撃は緩まないが、持ち上げられた二つの身体が盾となり弾を止めてしまう。


「9mmは駄目だ!体内で止まっちまう!」

「ARは!?トカレフはないか!?」

「ジョンが持ってただろ!?」

「あそこでチリコンカンみてえになってんのがジョンだよぉぉぉおあ!」


 作戦会議を待ってくれる敵なら、それでも良かっただろう。

 相手がそれ程優しくも弱くもない今は、そんな猶予など幻ですら有り得ぬだろうに。

 

「ヴォォォォオオオオオ!」

 

 疾駆する巨躯!

 勢いも相俟って車両とすら見紛う!

 肉壁が全速で詰めて来る!

 せめて減速させようと

 駄目だ!加速している!

 ガシャアアアアアアン!

 遮蔽にしていた車両が筋力で引っ繰り返される!

 

「ぐぅわああああ!?」


 這う這うの体で難を逃れた彼らは、手に持っていた重しを放り出していた。

 それを、巨人に拾われた。


 彼ら唯一の優位性だった、種々の火器を。


 バン!

「え」

 撃ってきた。

 当たり前だ。

 人なのだから、

 使えるに決まっている。

 バゴン!

 だけどそれは、

 思考無きケダモノにしか見えなくて。

「なんで」

 それが可能とは。

 バババババババ!

 両手が火を噴く!

 それぞれの反動を片手だけで制している!

 間合いは意味を持たない!

 走るだけでは餌のまま!

 隠れるのだ!

 

 どこに?


 その答えを持つ者は居ない。


「ひぃいいいいいい!」


 一切ズレない笑顔、

 それをずっと浮かべる大男。

 指の二本が無慈悲に曲げられる。

 電灯のスイッチでも切ってるみたいに。



 

 バババババババ!

 ダダダダダガガ!




 防弾仕様により一瞬だけ穿穴せんけつと鮮血を免れる!

 両腕を交叉し頭を守りながらタックル!一人の陰に入り射線をカバーし胴体部に一撃を入れ「オラア!」

 膝が上昇!それで防がれた!

 反動で僅かに両者の間が開く!

 背後から入れ替わるように撃ち尽くした銃を振りかぶった男!

「ウオリャアアアアア!」

 頭部に当たれば衝撃で失神もあるだろうその打撃を前に直哉は

 足を払い

「うぉっ」

 浮いた体の下降を右脚一本で妨げ

「うおおぉっ」

 仰向けスレスレの姿勢で後方に蹴り出す!

 

                「アアアアアァァァァァァ……!!」


 落ちた!

 だが次!

 左に転がる!

 一瞬後に寝転がっていた箇所が弾ける!

 装填が終わった一人が撃つ!

 それが終われば次の一人が

 ギャギャギャギャギャ!

 左に急カーブ!

 一瞬曲がる膝!

 弾道も精確を損なわれる!

 それを見て走る直哉!

 SMGが放っぽられ拳銃が抜かれる!

 ドンドンガン!

「ぐぅぅっぅう!」

 痛みと

 ぬくみ。

 アーマーがとうとう破られたか。

 フォームが崩れる。

 左右が不釣り合う。

 際を踏んでいた足が一歩を外し、

 左に堕ちていく。

「終わったァアア!」

 鬨の声が上がる

 間もあらばこそ

 ダン!

 ダンダンダン!

 車両壁面を打つような音!

 それを追って振り向いた一人と取り敢えず前に転がった一人!

 前者は打ち込まれた何かを手で受け、それが警棒だと気づいた時には電撃を入れられ、気絶し

 

 しかし半呼吸止まった為にボララップ銃によって射出された縄に足をとられ脱落!黒ずくめの背中に用意されていたものだ!

 後者は勘に助けられ、転がり落ちるのを回避したと言える。

 

 左折中であった為、落下途中に側面を蹴って左斜め前に飛べば、そこに道を曲がりきった車体が来る。

 そうやってボンネットに乗って復帰、急襲したというわけだ!

 

 特殊警棒はさっきの奴が執念で持っていった。ナイフを抜いて前傾に構える。

 対手たいしゅは拳銃片手で、だが肉弾戦も辞さない姿勢だ。


 両者ジリジリと摺り足で測り合い、


 動いた!


「ォォォォオオオオオオ!!」

「ハッハァーーー!!」




 ドゴン!

 バキグシャ

 ガグリ

 ゴドーン!


 


 扉が破られた微振が這う。

 また一つ暗闇が近づいている。

 呑まれそうになる。

 あの太腕で首をポキリと。

 それだけで、

 それだけでどうなる?

 無意味になる。

 それが恐い。


 だったら、


 お前は見た。

 知ったじゃないか。

 生きている意味を持つ選ばれし者を。

 それの一部となれ。

 彼が為す偉業を後押ししろ。

 歴史に残る善を、その手で助けろ。



 それで死んでも、お前は世界の役に立った。


——ああ、なんにも怖くない。



 意味を手に入れる、その方法が分かったのだ。


「ナオヤ様……!」


 震えは止まった。

 やるべき事が、間違いのない答えが分かったからだ。

 彼女の知る全てを、

 真相に近付く為の全部を、



 の王に

 献上すべし。



 ガゴン!


 また一つ、

 残り時間が潰された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る