時間通りに
コトン、コトン、コトン。
用心深く進んでいく。
自分の身動きが音を喰い、少女が隠れてしまわぬように。
コトン、コトン、コトン。
まあ落ち着けよ、焦りは禁物。
激しく追えば反射で逃げる。緩慢に寄れば迂闊に動けず。
コトン、コトン、コトン、
ああ、
あの頃その頃
どれにしようか、誰に決めるか。
腹を鳴らして物色した日々。
コトン、コトン、コトン、
コト、
ガチャリ。
扉が開く。
最後の一つ。
消去法で確定した隠れ場所。
その護りを自ら開き、現れる。
「ねえ、スラッシュ?」
男は、頭に昇っていた血流を鎮める。
行き止まりに追い詰めた、あれら餌食の顔とは違う。
決闘に挑む戦士の気風だ。
「何が見えました?」
質問。
助かる為にではなく、使命感によって。
「何か、感じました?」
相手が無垢でないのなら、彼が取るべき行は一つ。
戦え。
こいつは“敵”だ。
「あなたは何を——」
ドオン!階下からの衝音!ドンドンドンドンドン!連打される
アクテは迷わず部屋に戻り施錠!
——誤ったな!
背を見せてはいけなかった。それは自白だ、手立てが無いと。
薄い木の板一枚などでは、その進撃を隔てはしない。
メキッ!バゴォ!ォォン!
入室!
一発で目に入ったのは開いた窓!
カーテンが纏められ外に伸びている!
「……!」
彼女には特筆すべき身体能力が無く、ここは地上3階。だから現実的でないと思われた逃走経路を、繋いだシーツで渡り降りていく少女!
それも無駄。
スラッシュはノンストップで窓から飛び出し二本足で着地!膝を曲げるだけで衝撃を吸うと同時に回れ右して外に逃げようとしたアクテを「残念」
——そちらではありません。
彼女が選択したのは、
内部。
建物内に窓から戻る!
「だから?」
読みを外そうと同じ事。
内外問わず、彼女は死ぬのだ。
少女の後を追い、タックルの要領で肩からその身を打ち込む。
バタリと閉められた扉を紙切れのように破り、
廊下の先で進退窮まったアクテを捕捉。
「お前」
彼女が何をしたいのか分かった。
「『だから』、お答えしましょう」
其処を、再解錠。
「あなたが読み違えたから、私は間に合いました」
止めようと猛進するがドアからまろび出た男が挟まるのが速い!
「アクテエエエエエエ!」
「かっこいいですよ?“おじさん”」
スラッシュと同じように異常な容態の彼は大男に挑みかかった!
「ぐぅうううううう!」
「ゴォォォォオオオオオオオ!」
体格と戦闘経験が味方し趨勢は決まっていた。
もともと動けないくらいに壊してやった筈のそいつが、何故まだ動けるのかという疑問を除けば、彼は順当に制圧を進めている。
「ゴボォ!」飛び掛かってくる鼻面をへし折り「ガバアッ!」振り回された腕を手繰って壁に叩きつけ「アアアアアアアアア!」床と壁の往復ツアーを組んでやり「アバッバア!」噛みつこうとしてきた頭を掴んで
グギリ、膝で突き上げ首の骨を破壊。
次なる行動を進め、
「………!」
アクテが居ない。
そして、
彼女が来た。
——————————————————————————————————————
「はっ、はっ、はっ……!」
少女は、走った。
ただ足を前に、
心臓を押して、
空気すら邪魔に感じ、
一つでも自分を活用すべく、
「れんらく、は、おわって……!」
これで恐らく向こうは問題ないだろう。
今残っている、彼女に出来る仕事は、
「奴から、何か………!」
一つでも材料を多く揃えろ。
王様が悪者を倒す為、
一つでも、
しゃらん、
しゃらしゃら、
しゃなり、
しゃらん、
「来た」、と。
どうしてか、そう思った。
それを初めて見るのに、確かに分かった。
こいつが、
これがそうなのか、と。
しゃらん、
しゃらしゃら、
しゃなり、
しゃらん、
鈴の音だろうか、
衣擦れだろうか、
静々と進みて、
敵前を花道のように。
そうだとも、これだ。
ではこれは、一体なんだ?
しゃらん、
しゃらしゃら、
しゃなり、
止まった。
陽炎のようなそれが、像を結ぶ前に、あと一歩、あと一手の場所へ。
張っていた力が抜け、アクテの腰が砕け落ちる。
そして分かる。
大名行列のような仰々しさ。
笑うことで顔を隠した一行。
どうしてこんなに多くの人が居て、あそこまで虚弱な実在感しか漂わないのか。
雲の上でも歩くように、足の先程は白煙に隠され、上下の揺れなく進み来る。
白昼堂々、幽霊のお通りだ。
婚礼とも葬式ともつかぬ、痛々しいくらい真っ白な装束。
斜陽が途切れ途切れのその場所で、第二の白日がそこにあるように。
中心。
「花嫁」の位置に、何か有る。
全長およそ10メートル、高さは5・6メートル程。
輿のようなそれに被せられたる、幾重もの衣めいた白い大布。
数十の人間に担がれて、その人足も含めた全部が、たった一個の
担い手達が節足めいて、ウジャウジャむじゃむじゃ微速前進。
ああその時の彼女は、
あの部屋を思い出していた。
彼女の肉を貪る、家畜小屋を。
先導していた二名。
彼らは一本ずつ杖を手に持ち、その上部先端には菊花紋が付けられていた。
「“十六葉八重表菊”……」
この国の支配階層に接する為に、その図も頭に入っていた。
コンコン
シャラシャラ、
コンシャラコン、
それらの下端で同時に地を突き、
「「お時間で、御座います」」
寸分のブレなく朗々と発した。
「「“4分33秒”。此度も名演で御座いました」」
アクテは体感する。
こいつらは、人間じゃない。
拡声器だ。
打ち込んだ通りに音を発する、スピーカーだ。
「「我らがセキチョウ様より、
ここには一人しか、
「女王」と呼ばれる一つしか……。
「「王への忠義、天晴な隷属でありました」」
どうすればいい。
どうすれば、こいつを殺せる?
「「あれなるは、敵を利することを禁じられた個体」」
観察し、
「「貴殿はあれの味方となることで、その禁を打ち破った」」
感覚し、
「「お見事で、御座います」」
感得する。
「「もう間もなく、“楽土”が参ります」」
彼女の中の生物部分が、こう言っている。
「殺しきれない!」、
「これは不滅だ」、と。
「「次なる
何度か足踏みするようにして旋回。
そのまま全体が来た道を戻っていく。
しゃらん、
しゃらしゃら、
しゃなり、
のしのし、
しゃらん、
しゃらしゃら、
しゃなり、
のしのし、
全く見ぬ間に、行列に加わったスラッシュ。
彼はもう、“彼”を失っていた。
あの三本線の笑顔で、しっかりとした足取りで、その場を辞する。
その後ろ姿が、
視野の枠ごと遠ざかる。
顔の上を蜘蛛が這っても、
少女が立ち上がれないのは、
張り裂けそうな心臓へ、急停止で負荷が掛かったか、
この世ならざる一団と、出会ってしまった重圧からか、
人を操るあの化物に、生気を根こそぎ吸われたからか。
同じ事だ。
彼女は、見す見す逃したのだ。
あれがレギオン、
不死身の軍団。
ゆっくりと、眠る。
なにか、されたのだろうか。
アクテは我を喪失していく。
次に目覚めた時、彼女は“彼女”のままでいるのか。
それは大した不安ではなく、
ただ、
間に合ったかどうかだけが、
心残りだった。
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