整序

「ノア・フステ。沖縄独立計画における、“琉球解放戦線”構成員並びに現地住民への説得、その手段について提言したのが奴だった」

 

 サビーナから引き出した、「ご褒美」。

 今辿れる事実の中で、最初期とはそこになる。


「奴には当てがあったに違いない。生物学者が自信満々に人心掌握を引き受けるなど、根拠無しにできることじゃない」


 となると必然、彼女の研究成果を漁るが良いだろう。


「ノースキャッスルに居る間の奴の論文を読んだが、どれもこれも関連性を見出だせない。これではない。とすると、それ以前。まだ一箇所に腰を落ち着ける前、やんちゃしてた頃を探してみればいい」


 ノア・フステにはかつて、フィールドワークを主に活動していた時期があった。若気の至りであるようだが、そこで様々な発見と接点を持てた筈。


「奴はその時、レギオンの原点と出逢った。それを覚えていたからこそ、今回利用できると思いついた」


 その時のノアは、まだ正気だった。

 かつて彼女が見たものも、それだけで精神を組み替えるものではなかった。

 しかし女が再会した技術は、著しく変貌していた。

 それがレギオンであり、彼女を狂わせた元凶でもある。


「如何なる発見であり、現時点でどのような姿をしているか」


 ヒントはアクテが集めていた。

 “楽土ヘヴン”と呼ばれる違法薬物。

 それが遥々と海を越え、今国内で売り捌かれている。


「売り手は“イケニ・カルテル”。組織の有力者である“ヒッポ”と呼ばれる男が、取引を主導し勢力を伸ばしている。そしてこいつは、沖縄での会合にも出席している」


 怪しい薬物を取り扱うことを、悪の首領に提案した誰か。それがノアなのだろう。

 未検証の技術を実験する場が欲しいノアと、事業拡大の為に目新しい刺激物が欲しいヒッポ。

 二つの利害が一致した。

 まず北・南米大陸の下層民共にそれを配り、効果を実証。

 求めた通りの物質であると確認できた時点で、商売の“シマ”を太平洋越しに拡げさせる。

 それは、従順にする、骨抜きにする類の技術であったことは、想像に難くない。

 ノアが当てにしていたのは、そういう“楽土ヘヴン”なのだろう。

 その毒牙に勝手に掛かりに行った者の証言も、何やら剣呑さに拍車をかける。

 

「これを摂取した奴らは、ある種の全能感に包まれる。自らが人一人、土地一つの括りを超えて拡張していき、遂には世界の全てがそいつに頭を投げ出す、そういった誇大妄想に取り憑かれる」

 

 なんと言っても、現実が無抵抗になる、らしい。

 彼らは遅れた世界の中で、自分だけの時間を泳ぐ。

 外界に付き合ってやるか否か、それを決めるのは彼ら中毒者の側だと言うのだ。

 その幸福は、一刻一刻と刻まれる。

 たとえ一分だけしか続かなかったとしても、本人の体感では、一日中浸されていたのと同じらしい。


「症状……、過速世界……」


 沖縄で可愛がってやった、アフロな女衒を思い出す。

 本来つまらん小物だった彼は、しかし王に一弾だけ当ててみせた。

 戦闘の開始と共に素早い状況判断、の後に隠伏いんぷく、終わり際に起きて、構え、撃つ。その行程をフルスピードで辿り、一秒もかからず終わらせた。

 更に油断満点の態度でありながら、至近のボディーブローに反応することさえした。

 その加速力は、単なるチンピラにしては異常と言っていい。


 そして彼もまた、“楽土ヘヴン”の常用者のリストに載っていた。

 

「それが『症例』か。一時を引き延ばし、その中で自由に振舞う」


 思考・情報処理の急激な加速。

 その知覚の前では、時間は鈍化し、やがてほぼ静止する。

 感覚だけがその領域に踏み入っているなら、単なる分不相応な景色。

 少しばかり反射神経が良いだけで、毛が生えた程度の相違でしかない。

 だが直哉が戦ってきた“罹患者”達は、どれもこれも大幅に強化されていた。


 脳髄だけで終わる話ではない。

 全身がそれに蝕まれ、操られているとしたら。

 

「似ている。ああ、確かにそっくりだ」


 “楽土ヘヴン”の先に、レギオンがあるのか。

 意思決定を一挙に握り、一騎当千の強兵を集わせる。

 それが、ジューディーの目指していたテクノロジーだと言うのなら、


「なる。奴らが気に入りそうではある」


 神の兵などと持て囃し、紅潮するのが目に浮かぶ。

 

 彼らは手に入れる筈であった。

 ヒッポが持ち込む所までは、予定通りだった。


 だが、何処かで脱輪した。


 見物客を巻き込み暴走、レールが空しく残された。


 別の誰かに渡った?

 プラン無き自由人に?

 否、それも違う。

 彼が出会ったのは、より気持ちの悪い何かだ。


「………やはり俺が追うべきは」


 彼は一枚の写真を、

 

 人工衛星から撮影された、

 白い神輿のような“荷物”を見る。


「お前、それ自体だろうな」


 の悪魔は、どこでどうやって生まれたのか。


「何しろ訛りまで変えてくる相手だ。言語から出生を推し量るのは不可能だろう。とすると——」


 ノア・フステ。

 在りし日の彼女の旅路、それを一から辿っていく。

 いつか何処かで、レギオンの前身、その存在を知ったタイミングがある。


 彼女を追えば、彼も同じようにレギオンと会える。


「追跡させてもらうぞ」


 一人の女と共に、


 紀行を編むのだ。

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