歓迎

 広い敷地面積の大半は、庭園で占められていた。


 背の高い植物が客人を囲み、迷路のように視野を遮る。

 道なりに進んでいけば、やがて金属製の大扉の前に立っていた。

 触れ得ぬものは無いのと同じ。そんな直哉には、死者への礼儀もへったくれもない。

 ノックも黙祷も合掌も無く、重い入り口をギギギと押し開ける。

 中は色とりどりの調度に埋められ、けれど矢張り薄暗く沈んで見える。

 シン、と、静けさが鼓膜を冷たく刺す。

 点々と立つ鎧甲冑。立て掛けられる刀剣類。

 名前と言い物品と言い、持ち主の武人趣味が顔を出している建造物だ。


「広さに対して、窓はそこまで多くないんですね」

「緊急時には防護システムが発動し、防弾の雨戸を下ろす。つまりここを作らせた奴とって、それは外界を楽しむ為のものじゃない。侵入口にしか見えてないということだ」

「うわあ………」

 

 何に備えているのか。

 息抜きの為の場すら要塞化してしまうのは、果たして職業病で片づけていいものか。


「地下には半年分の食料を抱えたシェルターまであるときた。農業プラントも増設する予定だったんだとよ」

「プレッパーズというやつでしょうか?軍人って結構臆病なんですね?」

「でなきゃ生き残れねえからな」


 有事を想定する慎重さ。

 資金を注ぎ込む行動力。

 自分だけ生き残ろうとするふてぶてしさ。

 ある意味優秀と言えるのかもしれない。

 

「やっぱりこの国でも、みんな不安なんだ。じゃあなんで私は………?」


 ポツポツと思い患うアクテを素通りし、

 スマートフォンにダウンロードした資料を頼りに現場へ向かう。

 遺体が寝そべっていた場所に行きたい。

 誰が何をしたかを解き開き、その大元の出来事を知りたい。

 

 男は、何を見たのか。


「まずは“造反者”とやらの墓場に行くぞ」

 ノア・フステ。

 31歳女性。

 ノースキャッスル大学生物学教授。

 専攻は微生物細胞構造学。

「二階の端のようですね。出入り口から一番距離があります」

「丁度いい。どうせ全て見て回るつもりなら、お誂え向きじゃねえか」

 無駄に大きい屋敷内を、意味も無く長い廊下を辿り、

「はーっ……」

 一定間隔に設置された大鏡の前を通りながら、

 呼吸のように箱を取り出し、億劫そうに煙草を服す。

「………」

「なんだ」

「いえ………」

 東端。客間の一つ。

「なんでもありません」

「その割にはジロジロと何か言いたげに……」

 

 ギィィイイイ。


 これまた頑丈そうなドア。


 明かされた中身は、


 よく整えられていた。


「そりゃそうか」

 隠蔽の証拠を残しておくわけがない。

 既に手掛かりと言う手掛かりは、残さず持ち出された後だろう。

 フカフカの絨毯に、豪奢な寝台。家具類も軒並みゴテゴテしている。

 鹿の頭のハンティングトロフィーまで、とにかく物騒な金持ちらしい部屋だ。

 壁をキャンバスにして血飛沫が…などと期待していたわけではないが、肩透かしは否めない。


「それで、こいつの死因は……?」

 

 記録によれば、心臓を一突き。

 画像の中では、仰向けで倒れたノアの左胸から、金細工が施されたナイフの柄が生えていた。


「随分と手際がいい。抵抗する間もなく終わらせている」

「でも、手掛かりになるかもしれない凶器はそのままですね」

「殺し合ってる時にその心配はしないだろうが」

「それならもっと雑でもいいでしょう?こんな、服を汚すことすら厭うような。念入りに急所を複数回刺したりしないんですか?」

「……そうだな。その通りだ。こいつの死に様はチグハグだ」


 それをやった人間は、落ち着いていたのか?焦っていたのか?

 おかしいと言えば何もかもおかしいが、首を傾げたくなるのは確か。


「いいや、待て」


 シンプルに考えろ。

 この女が、この場に落とされた混沌、その根源だとしたら。


「考えてみれば、簡単な話だ」


——こいつが勝利者なら、不自然は無い。


 他を潰し、最後は自ら命を絶った。

 それなら、こういう状況になるかもしれない。

 ナイフを抜く者はいなかったのだ。


 此処が終点。

 では始点とは何処か?


「順番を調べるか。刺殺が三名・射殺が一名・撲殺が二名・斬殺が一名。こいつらはどうやって死んだ?何故殺し合った?」


 ある者はシャンデリアにぶら下げられ、

 ある者は凝った柄を持つ剣で縫い留められ、

 ある者は貴金属類と共に生首を大広間に展示され、

 ある者は鎧の持つ槍の一つに貫かれ。


 これまた値の張る品々で、煌びやかに最期を飾る者共。


 建物は頑丈で、嵐の一つや二つではビクともしない。

 糧食なら地下にあったのだから、籠城する事に否も無い。

 関係性を築いてきたのだから、排除するより利用し合う方が得だ。


 だが彼らは、事前に準備した上で戦争を始めた。


 その理由はどこだ?

 何が隠れている?


「これも、ああこれも、贅沢な使い道ですね……」


 直哉に擦り寄るように密着し、同じく閲覧するアクテの思索がポトリ。


「この人なんて、武器でもないのに握っています。生死の分かれ目でも、こんなに見栄を張って——」


 ALERT!ALERT!ALERT!


 がなる警音!

 静謐を破る電子音声!


「なんだ騒々しい!」

「これって……」


『警告。付近の海域に未登録の船団が接近中。火器での武装を確認。敵性勢力の可能性高。これより全出入口を閉鎖します。繰り返します。警告——』


「『船団』だと?」


 直哉はそこで己が窮地を解し窓に体当たり!

 それでも遅い。

 ガラスの外側に壁がせり上がり隔ててしまう。


「ふん、城壁をそのまま檻にするか」

 恐らく海上に現れた敵影の方は偽情報ダミーだ。彼らを閉じ込める為に何者かが「ナオヤ様!」

 抱きつくようにドンと体当たりをされ大きく踏み外す。

 どうにか立て直しアクテを一蹴せんと構え、何やら線のようなものが走っているのに気づく。

 先には床に刺さった針と糸。根元を辿れば壁掛けの首。


「テーザーガンか。妙な仕掛けを……」

 

 密やかな鎮圧装置。

 それはこの館の殺意が、外だけでなく内側へも有効であると示す。


『警告。神髏館内部に侵入者有り。速やかな排除に移行します。自律防衛機構作動。ご注意ください』


 止まっているうちに厄介は重なる。

 放っておけば圧殺される。

 かと言って部屋を出れば、毒島のコレクションが待ち構えている。

 玄関だって施錠されているだろう。

 籠城しながら千家を待つか。

 いや、あれは助けになど来ない。

 合法的に雇い主を殺せるなら、迷わず実行に移すだろう男だ。

 見殺すくらいわけもない。


「行くか。制御室へ」


 地下に掘られた隠れ処。

 そこにシステムを握るコントロールルームもある。

 そこまで殺されずに辿り着く。

 さてアクテの使い所が出てきた。

 案山子くらいにはなるだろう。

 あれを囮にできるだけ多くを——


「えー?殺しちゃうの?」


 直哉はそっと視線を彷徨わせ、彼を探す。

 居た。絵の中だ。

 ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』。その人の波から顔を出し、こっちを揶揄してまた紛れる。


「君の事を助けてくれたよ?彼女。君なら頑張れば守りきれるよ?」

「うるせえ。俺の物を俺がどうしようと俺の勝手だ」

「そっかあ。君は心を痛めないんだね」


——


——ああ、畜生。


「俺は、生き残るんだ」

「そうだね?それは大事だね?」

「このまま死ぬのは、気持ちが悪い。解き明かして、真理を得て、お前を超える」

「そっかそっかあ」

「だから、この場は確実に切り抜ける」

「うんうん、だから、僕は別に否定しないよ?」

 ただその少年の在り方と、大きく異なってしまうだけ。

「好きなようにやりなよ」

 分かっていたことだろう?

「クソが」

 自分が課した縛りからは逃げられない。

 妥協すれば、彼は二度と充足できなくなる。

 それが厭なら、


「アクテ」

「は、はい」


 首根っこを掴み頭を引き上げ、屈みながら目を合わせ凄む。

 まだ年若いからか、体温がやや高く感じる。


「離れたり余計な事をするな。でなきゃ俺がお前を殺す」


 少女は泣き出しそうなくらい目を潤ませ、


「はい。分かりました」


 大人しく全面服従を誓った。


 直哉にとって彼女が素直なのは、不幸中の幸いだった。


 そしてそれ以外には関心が無く、だからその耳が真っ赤に火照っていたことにも気付かないまま、


 彼は背負ってきた大荷物をその場に下ろす。


 封を開き、中から取り出したるは、


 Ξ字型バイザーのヘルメット。


「荒事は願ったり叶ったりだ」

 

 自棄糞気味にそう言って、


 直哉はそれを装着した。

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