突貫!吶喊!ドッカン!
「沖縄の米軍基地が不明勢力により占拠」、その報せは直哉にとって、試合前の挨拶と一緒だ。
「どうぞお手柔らかに」、そうニヤついているのが、想像に難くない。
受けた彼の行動は迅速だった。
まず“お荷物”を北へ送る手続きを完了させ、郊外にある別宅に置いておいた“足”を、いつでも飛ばせる状態とする為に根回しをしておく。
敵の方からこれ以上積極的に動くつもりはない、それが察された時点で「出撃」が断行された。
自家用飛行機、と言えばセスナ機や小型ジェットを想起するだろうが、そこは他者への攻撃性の高さに定評のある皇直哉。「戦闘機を常備」くらいの無茶なら、当然のように通す。
頑丈さで名の高いA-10戦闘機の近代化改修型。本来単品購入が不可能な新品を一台。使う事もあるだろうと買ったはいいが、予想以上に出番が無く、“宝物庫”の肥やしになっていた。
その規格外の豪遊が、とうとう日の目を見ることになったわけだ。
フェアチャイルド・リパブリック社製、通称
主翼の後ろ、胴体部の上半分に配置された、二発のTF34-GE-100エンジンが特徴。
当然のように航空局を事前に黙らせ、邪魔者が居ない空を横切る。
現在は「経済的損失より国民の安全を最重要視」した政府によって、沖縄での離着陸は全て航行停止。
よって、避けるべき物が進路に浮かんでいない、「極めて快適な空の旅」である。
——『だった』、が正しいか。
このまま航空基地に直行し、唯一の武装である30mmガトリング砲、GAU-8で目標を破壊。これなら話が早いのだが——
レーダーに反応。
戦闘機だろう。
既に隣接。
通信機が相手からの回線を拾い、古い音響を流し入れられる。
伊福部昭作曲、「宇宙大戦争マーチ」。
ここまで近づかれるまで気付かれなかったということは、相当なステルス性能を誇っている筈。
F-22の後釜として正式配備された新型か。
嘉手納ならいくらでも手に入っただろう。
ならば。
機体を大きく振る。
ババババババババ!
一拍遅れて不明機達から、20mmの機関砲が飛び交う。
隠密性の向上の為、普段は武装を内側に格納し、発砲時に展開する設計。
その為に遅延が発生してしまう点は、
隙を晒されたのだから、こちらから嚙み千切ってやる、
というのがセオリーだが、
「しつこいぃ…!」
彼は反撃に出ない。
A-10シリーズは飽く迄も対地用攻撃機だ。
飛翔体相手は分が悪い。
自分より上との戦いは、這いうねるが精一杯だ。
ごお!
どどう!
雲に入ってやり過ごそうとするが、絶えず接近し撃墜を試みられる。
速度と、狂気的な機動によって、影も掴み所も隠される。
その姿すら断片のみ、徹底して一方的。
肉の身体でないがため、レギオンによる強化は比較的控え目。
それだけが幸い、あとは問題。
牧羊犬を背にする羊。
バラララララララ!
右に避ける。
ガガガガガガガチュンッ!ガガガ!
射線を振り切れず被弾。
ダガガガガガガガ!
大きく左へ。
ドダダダダダダダダゴゴン!
更に被弾。
運動性能尚も低下。
航路を限定され、着々と詰められていく。
絞め上げられ、袋叩きにされて、それが動きを鈍らせ、更なる損傷の深みへ。
「ぐ、う!」
操縦桿を離さぬよう握りしめ、狭くなっていく活路の上を辿っていく。繊細に、向こう見ずに。
けれど遅い。
それでも不足。
不十分。
バキガキベキリ。
曲がっていく。
凹み、歪み、穴が開く。
推力低下。
エンジンが火を噴く。
岸が遠い。
陸が見えない。
そこに着けば、手勢が居る。
用意された協力者達が、手ぐすね引いて待っている。
けれども、
降りるは水面。
堕ちるは
とんだ貧乏籤である。
彼は、覚悟を決めた。
シートを射出すれば助かるのか?いいや、小鳥に群がる鴉のように、羽虫に群がる豚のように、
この中なら、まだ数発は耐えられる。
僅かだが、生存がある。
できるだけ先へ。
手がつくまで泳げる程、近くへ。
許されるなら、このまま飛べ。
ダンバチュン!バリンリ!
ガラスが割れる。
計器の破片が額を切る。
血と汗の境が分からない。
意識しなければ呼吸が荒ぐ。
急スロットル!機首を大胆に
直下降中にわざとバランスを崩し渦のように巻き下りる!
海面に接触する前に前進を再開!そのまま水上を滑るように跳ねて反動で上昇!加速を緩めず空へと還る!
ズオン!
風を破り日を背負い、晦ませることで死線を退かす。
穴ぼこだらけでもやりようはある。
ギュゥゥゥゥン!
思考を読めば躱すことも、
グギャン!
ガリガリ!
「!?」
特別強い衝突!
何を喰らった!?
グオン!
ガガ!
また一度!
ドン!
ガン!
直後の彼に見えたもの。
煙を吐いて没していく
水面を打ち白い柱を建てる!
墜ちた?
撃たれてもいないのに?
どうして破壊されたのか?
——いいや違う!
奴らの側の意志だ!
自分達で突っ込んで来た!
各々の機体を砲弾と変え、高威力質量攻撃による短期決戦に切り替えたのだ!
自分達が生き残り、その上で勝つならば繊細さが要求される。
だが捨て身であれば、より優位が広がる。
戦場で強いのは、何時だって迷わず死ねる奴らだ。
ゴガン!
もう一撃!
いくらA-10の耐久が優れているとは言え、これを受けながら涼しい顔はしていられない。
その皮膚の一部が剝げ落ち、それに
バラバラ
ズルズル
臓物を
重傷化していく。
取り返しが図れなくなる。
誰にも戻すことはできない。
何機居る?何度来る?何発持つ?
答えはもうすぐ分かる。待っていれば否が応でも。
その前に一つ、「無駄な足搔き」でも。
なんとか残された制御系を使い、機体を水面スレスレへと近づける。
これで下からは攻撃されない。特攻も迂闊には選択されない。
上からの機銃掃射で、じりじりと削る方針となるだろう。
時間稼ぎが、自分の寿命を延ばす。遅滞から抜けさせてはいけない。
それで、
——それで通用するとでも?
前方に機影。瞬きの間で鼻先に。
しまった。
進路に立ち塞がりつつ減速すれば、それだけでこちらからブツかってしまう。
上からでなくとも攻撃が出来る。Z軸を放棄し二次元に閉じ籠ったことで、このやり方に捕まった。
急上昇急旋回。
難を逃れるには遅くて遠い。
カ゛リ゛ン゛。
自分の肉体でもなかろうに、左の羽がもがれる痛みを解した。
「……まったく、」
今更になって脳内の処理速度が重加速するが、あらゆる角度から「もはやこれまで」と明示されただけだった。
「化けてでますよぉ?旦那様ぁぁ」
千家実はそう言った後、
宙に撒かれる
夕暮れの中、
陸地まであと、5km地点でのことであった。
——————————————————————————————————————
同時刻。
沖縄県中頭郡の海岸線に、ブクブクと泡を立てながら浮上する不審物アリ。
中から現れたダイバースーツ姿の男は、大型のケースを引き摺りながら上陸。
そこには一台のパトカーが待機していた。
「坊ちゃん!今度はまた、どういった趣向の道楽で?」
「お前が詳細を知る必要はない。俺が欲しいのはタクシーだけだ」
沖縄県警所属の警部が運転し、
じきに夜になる。
長く更ける夜になる。
朝日も凍る、
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