第16話 少女と竜

「えっと、ヤマガミさん、それは困る、かな……」

 ヤマガミからのラブコールに紫苑はたじろいでいた。

 自分はあくまでも倖亜と旅をしたいのだ。ヤマガミと世界を回るなんて考えたこともなかった。

「頼むよ。俺、あんたとなら、何でもできる気がするんだ。一目見た時から大好きになった。それがどういう理由でなのか、俺にもわからない。きっと運命的なものだと思う。こんな気持ちになったのは、あんたが初めてだ」

 唐突に言われて、紫苑は困惑するしかなかった。


「やっと俺の居場所を見つけたって気がするんだよ。俺、どうしようもなくあんたが好きなんだよ。同年代の女の子なんて、いやしなかった。それが、こんなに綺麗な子と出会えてさ……手放したくなんか、ないんだよ。俺、やっと人生の指標ができたんだ。だから……お願いだよ……」

 そのヤマガミの目はすがるような色を帯びていた。

「ロボット……ガビジィに友達の名前を付けたのだって、俺、寂しかったからなんだ。友達が一人でも欲しかった。ましてや女の子と出会うなんて、思いもしなかった。このチャンスを逃したくないんだ。なぁ、少しでもいいから、俺の目を見てくれ。その綺麗な瞳に俺を映しておくれよ。頼む。俺が俺でいる理由を、俺を肯定できるものを与えてくれ……」

 紫苑は正直困り果てていた。倖亜を捨てて、男の子と一緒に行こうなどという考えは微塵も持っていなかった。

 しかしながら、ヤマガミの想いを無駄にはできない。

 紫苑にはどうしようもなかった。


 地響きがしたのは、それから間もなくのことだった。


「何だっ!」

 ヤマガミが叫ぶ。

 紫苑とヤマガミは、居住区に向かった。

 居住区の方でも、何が何だかわからないようで、大人たちが狼狽していた。

「敵襲かっ!」

「今更、何のために!」

 誰もが理解できていないようだった。

 紫苑は村の入り口に向け、走る。

 地響きはそこからしていた。集落の人間たちは、バットや斧、自分の持てる武器を携え、紫苑の後から向かった。


   ・


「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!」

 それはこの世のものともつかぬ雄たけびだった。

 その声を聞くだけで背筋が戦慄し、胃の底から吐き気が押し寄せる。


 紫苑が村の入り口に来た時、斜面を下り降りる巨大なものを見た。

 生物兵器『アゾート』。それが解き放たれ、集落に向かってきている。


 蛇のように長い首、鱗のある体、比翼を持った胴体。逞しい四足歩行の手足。様々な生物の特徴をミックスさせている。首から下は、神話のドラゴンのものに他ならなかった。

 そして首の先にあるのは、女の顔だった。

 能面のように表情がなく、目を見開き、周囲を睥睨している。

 悪夢から抜け出してきたような怪物に、人々は慄いた。


「カロロロロロロロロ」

 それは、喉を唸らせる声を上げた。獲物を選定しているような、邪悪な声だった。

 顔のある竜。それが集落に襲い掛かってきているのだった。


 斜面を滑り降りてくる『アゾート』は、人体とドラゴンを融合させたような異形だ。その姿を見た者たちは言葉もなく、立ちすくんでしまう。

 アゾートはぎょろぎょろと目を動かし、最初の獲物に狙いを定めた。

 沈黙を切り裂いて、入り口で番をしていた何人かが、持っていた猟銃をぶっぱなす。しかし、竜の鱗の前には効かない。表面で火花が散るだけだ。

 それを見て絶望した人間を、アゾートは見逃しはしなかった。


 だん、と力強い脚が地面を蹴り上げる。

 羽を広げ、滑空し、恐ろしい勢いで人間に接近した。


 一気に肉薄してその首筋に噛みつき、引きちぎる。

 猟銃を持った人間の首と胴体が離れ、間に血しぶきが散る。そのまま更にアゾートは跳躍した。

 アゾートは着地し、獲物を噛みしめる。ぼたぼたと口から鮮血が滴り落ちた。じゅるり、と舌なめずりをしたアゾートの顔は恍惚に満ちていた。

 その姿に周囲の人間は更に動揺する。

 中には半狂乱になる者さえいた。


「ちくしょう! 何なんだ、あいつっ!」

 ヤマガミは歯噛みし、奥にある倉庫に走った。

「ガビジィ、来いっ!」

 その呼びかけに呼応して、暗がりから巨大ロボットが、がしゃぽこがしゃぽこと音を立ててぬっと現れる。

 生物的なアゾートに対して、ガビジィは大きさでは負けていないものの、その動きは緩慢にすぎた。

 それでもアゾートはガビジィを敵だと認識したのか、威嚇するような姿勢を取る。

「ウッシャーッ!」

 アゾートはガビジィに飛び掛かった。


「やれ! ガビジィ!」

 ヤマガミの声に呼応して、ガビジィはハンマーを振りかぶった。

 ガビジィが腕のハンマーをぶん回すタイミングと、アゾートが向かってくるタイミングが奇跡的に一致した。

 ハンマーはアゾートの柔らかな腹にめり込み、竜の身体を弾き飛ばす。

 どぉん、とアゾートは壁面に叩きつけられる。

 がはっ、とアゾートは血を吐いた。


 おおっ、と周りから声が上がる。

 初めてガビジィが役に立った瞬間だった。

「そのまま行けっ! ガビジィ!」

 ガビジィは懐中電灯の目を光らせ、アゾートに近づいていく。

 しかし、アゾートの目はぎゅるんとガビジィに向けられた。

 その目は殺意に満ちていた。


   ・


「紫苑……! 無事でいて……!」

 倖亜は祠から脱出し、一直線に広場へと向かっていた。

 そこに紫苑がいるはずだからだ。

 ただならぬ気を感じる。テリオンの襲撃に他ならないが、一体何が来ているのか、倖亜にもわからなかった。

 ただ、紫苑を助けたいという一心であったのは確かだ。

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