第32話 少女と蹂躙

 トランぺッターの表面からいくつものビームが伸びる。

 戦艦を中心に伸びるビーム群は、シティ・カナンの天井を破壊した。

 下部からもビームが伸びて、地上のアゾートたちを貫く。虚構の地面がめくれ上がり、鉄板の床を粉砕する。

 当然ながら、シェルターの中の人々は生き埋めに、瓦礫の下敷きになる。

 徹底した破壊。それが世界の終わりを司るトランぺッターの使命だ。

 人々の嘆きが、悲鳴があたりを包み込む。が、それも爆音にかき消されてしまう。

 終わりの始まりだった。


 終末戦艦トランぺッターはあらかた破壊を終えると、壁に再びビームで穴を空け、瓦礫を被りながらシティ・カナンを抜け出し、荒野へと舵を切る。


 テリオン軍もトランペッターを視認すると、それが由々しき事態だとわかったようだ。残った戦力のありったけを向かわせる。

 しかしいかなる爆撃も船体に通用せず、アゾートが近づくと表面から伸びるレーザーがその胸を貫いた。

 トランペッターの砲口がテリオン空軍本隊を向く。

 反射バリアを持つガーゴイル・アゾートがその正面に回らされた。

「Qua……」

 相変わらず泣きそうな声を発するガーゴイル・アゾートの周囲にバリアが張られる。

 トランペッターのブラックホールの口に光が集中した。


 その凄まじいビームは、まるで火山の噴火を直接浴びたかのようだった。

 ガーゴイル・アゾートのバリアなどガラスも同然で、それが割られる。

 ガーゴイル・アゾートの身体は一瞬にして元素レベルで分解された。


「Qhhaaa……」

 消滅の直前、今わの際にガーゴイル・アゾートは微笑んだ。

 その意味は誰も知らない。


 ビームが伸び、テリオン空軍は一瞬にして消滅した。爆発の光が連続し、ビームの光が晴れたあとには何も残っていなかった。


 ごおっと風を切るトランぺッターはどこに向かっているのか。


「ユキ、これを壊すってどうするの?」

「動力源があるはずよ。それを破壊する」

 振動は先程よりは収まったようだ。倖亜は戦艦の奥まで走って行く。紫苑もついていく。

 しかし曲がりくねり、分岐した道も多い。見取り図もなく、自分たちがどこを歩いているのかもわからない。しかし倖亜は、迷いなく進んでいく。決してあてずっぽうで道を選んでいるわけではなさそうだった。

「ユキ、道がわかるの?」

「前にテリオンの星で見たのを覚えてる。」

「記憶力も頭もいいんだね、ユキ」

「それが幸せとは限らないわ」

 含みを持った倖亜の言葉を、紫苑は考える余裕はなかった。

 廊下の奥の闇から何かが来る。がしゃがしゃと音を立て、迫りくる。


 鉄の蟹。意志のないオートマトンだった。ハサミをがちがち言わせ、殺意もなく襲ってくる。こいつらがトランぺッターの指示で動いているのは明白だった。

 後方からも蟹の群れがこちらに近づいてくる音がした。

「紫苑、来るわよ!」

「わかってる!」

 紫苑と倖亜は掌にビームの刃を出現させる。そして背中合わせになり、それぞれの目の前の敵を見据えた。

 蟹はハサミを振り立て、飛び掛かってきた。

「はああっ!」

 紫苑と倖亜は同時に跳躍し、敵の軍勢に刃を向ける。

 紫苑の刃は蟹を両断し、ぶんと回し斬りでたかってくる蟹の胴体を薙いだ。

 倖亜は一体ずつ、着実に蟹の息の根を止める。攻撃を受けた機械の蟹たちは、ジーッと音を立てて次々に機能停止していった。

 イオンの臭いが廊下に充満する。てっきり紫苑は、溢れんばかりの蟹が迫りくると思っていた。しかし、トランぺッターからの攻撃は一旦止んだらしい。

「行きましょう、紫苑」

 倖亜が促す。何か変だと思いつつも、紫苑は倖亜と並んで廊下を歩き始めた。

 蟹の残骸を踏みしめ、かつかつと廊下に二人の足音が響いた。


   ・


 廊下を歩いていくと、ただならぬ気配が流れてくるのが分かった。

 その区画に近づくにつれ、威圧感が強くなる。曲がり角を抜けると、その先に燐光を放つ巨大な部屋があった。背筋を戦慄が走るのを感じながら、紫苑は倖亜と共にそこに入った。

 そこで紫苑は、信じられないものを見た。

 それは、巨大な心臓だった。大きさにして十メートルはある。

 まるで生きているようにどくん、どくんと脈打っている。これほどまでに巨大な心臓を、当然ながら紫苑は見たことがなかった。グロテスクなそれを見つめているだけで気がめいりそうになった。

「トランぺッターの心臓。これを壊せば、戦艦は止まる……」

 倖亜のビーム刃が唸る。紫苑も自分の刃を構えた。

「アゾートを倒したときみたいに、二人でやるわよ」

「うん!」

 

 二人は刃をクロスさせる。粒子が共振し、増幅して巨大なものとなった。

「これで、終わりぃ!」

 倖亜の掛け声とともに、二人同時に刃を振り下ろした。

 激しい光が場を包み込む。

 バヂバヂという、金属が割れる音。 

 その眩しさに思わず紫苑は目を瞑った。


 十分ほど二人で刃を持っていた。やがてビームは減衰し、光は徐々に少なくなっていった。

 アゾートすら切断する、二人の最大級の技。鉄だろうがチタンだろうが、二人の前には紙屑も同然の硬さしかない。それほどまでに刃の力は強烈だった。

 二人は勝利を確信した。ここまでやれば、斬り裂けないものはないと。

 だが。


「なんで……なんで、壊れないの?」

 倖亜の絶望した声。


 どくん、どくんと脈打つ心臓は、傷一つついていなかった。

 焦げ跡すらない、鋼鉄の心臓。

 それは厳然と二人の前に聳え立っていた。


「もう一回……もう一回試すわよ!」

「ちょ、待って……」

 ぜぇぜぇと紫苑は荒く息をつく。

 今の一撃で体力のほとんどを持って行かれた。元々体力の少ない紫苑には、先程の攻撃がすでに限界だったのだ。


 ぶぅんと、壁のモニターが点灯する。紫苑たちは、そこにモニターがあったことすら予期していなかった。

 曇天と荒野が見える。どうやらトランぺッターが進軍している先の光景らしかった。紫苑と倖亜は、突如現れたそれに見入った。


 やがて荒野の先に、一つの光輝く何かが見える。

 トランぺッターがたどり着いた先は、人類の居住区だった。

 視界ジャミングが解かれ、その姿を露出させている。迫りくる脅威を前に、その余裕がなくなったのだろう。

 シティ・カナンほどではないが、巨大な水晶が空中に浮かんでいた。

「あれは……」

 倖亜が目を細める。

 倖亜は知らなかったが、カテドラルβという名の都市だった。


 水晶の表面に穴が出現して、それをカタパルトに戦闘機が発進し、トランぺッターに向かってくる。

 ミサイルが戦闘機から発射され、いくつもの白い線を描き、戦艦に直撃した。

 爆発の光がトランぺッターの表面にいくつも咲いた。

 トランぺッターは大きく揺れ、紫苑は壁に叩きつけられた。

 床に転がった倖亜は、自分も身体を打ったものの、這いずって紫苑に向かう。

「紫苑、大丈夫……」

 あばら骨が折れたらしい。激痛が紫苑を襲う。うう、と呻いたのみでろくに返事ができなかった。

 トランぺッターの深淵の口から極太のビームがまた発射される。

 空気を切り裂き伸びるビームは戦闘機たちを爆散させ、カテドラルβの表面に届いた。

 どどぉん、と音がして、ビームが水晶を貫通する。

 炎を上げながら、水晶は地上に落下し、盛大な土埃を上げた。


   ・


「カテドラルβ沈黙!」

 遠く離れたカテドラルηの管制室で管制官が報告する。この区画は、シティ・カナンのようにロボットで完璧に管理されているわけではない。

「くそっ……奴を止める手立てはないのか!」

 中央の広いデスクに座った長官が、手元のモニターを見ながら頭を抱える。トランぺッターのエネルギーは無尽蔵。

「月面のニルヴァーナが準備を進めています。ドグマゼロほどの威力はありませんが、戦艦の質量であれば倒せると考えます」

「急げ! どうなっても知らんぞ! もはや人類の財産などと言っている場合ではない!」

 そんな会話が繰り広げられているとき、自動ドアが開き、中に一人の少女が入ってきた。

 ぼろぼろになった機械天使。翼は折れそうになっており、鋼の身体はくすんで、左手がもがれている。

 荒く息をつくそのサイボーグに、管制官たちはどよめく。

「スズシロ……生きていたのか」

「はい……」

 申し訳なさそうにスズシロは頷いた。

「私は父を、姉妹を守れなかった。あれは……トランぺッターは恐ろしく強大で、人間たちもテリオンも私以外全員殺された。生命反応がどこにもなかったの」

「何と……」

「それだけじゃない。起動したときから有害物質を振りまいていて、生身ではもはや近づけないわ」

「揚羽蝶とモルフォ蝶はどうなった!」

「知らない。もしかしたら、トランぺッターの中に……」

 ごほっとスズシロはせき込んだ。


「あれは、人間の摂理を超えたものよ。人間がどうこうできる代物じゃない。間近で見ればわかるわ、あれには決して触れてはならなかったのよ……」

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