天の章

第31話 少女と死の旅

 格納庫から羽ばたき、上昇していくトランぺッター。

 生き物的な動きをし、物体であるそれは明らかに意志を持っていた。

 羽の生えたホルン。それが世界を終焉に導く兵器、トランぺッターだ。

 トランぺッターが動くたびに地震のような揺れが起こり、格納庫の壁が崩落していく。


 蝶の翅を広げ、紫苑と倖亜はトランぺッターに取りつく。振動するトランぺッターの表面で、振り落とされないよう必死に二人は甲板までたどり着いた。

 トランぺッターに乗り込んだ紫苑と倖亜は、震える足場にしがみつきながらその艦橋を目指した。

「ユキ……大丈夫?」

「大丈夫よ、紫苑」

 生き物の表面を這う気持ちだった。巨大でグロテスクな何か。神の摂理に造られた兵器。それを倒さなければならない。

 艦橋に取りついた二人は、側面にある入り口から中に入る。

「中には何があるかわからないから、気を付けて」

「わかった!」

 壁伝いに紫苑と倖亜は、身を隠しつつ先へと進む。

 内部に人の気配はない。これは完全に独立した、無人兵器だ。

 しかし建造物ながら、大きくうねった壁など、明らかに人間の技術体系とは異なった造りをしている。壁からは鉄の植物のようなものが生えており、まるで洞窟に迷い込んだような不気味さがあった。

 トランぺッターの表面からレーザーが照射される。

 それは格納庫の壁を破壊し、人類の居住区に進路を取った。レーザーが当たった部分から壁は融解し、赤く膨らんで、マグマのように弾ける。

 その爆発の光を浴びながら、終末戦艦は発進した。

 照り映える黒い船体は禍々しかった。


   ・


 アゾートの群れを相手にする蓮華は、次第に残弾が尽きていく。

 都市の地面には、ハチの巣になったアゾートの死骸が山積みになっていた。

 ガトリングが尽きた時、蓮華は接近戦に切り替えた。

 ナイフの腕がアゾートに迫り、鱗に覆われた皮膚を横薙ぎにする。

「Qua!」

 アゾートは血を流し、呻き、蓮華を睨んで憎悪した。その腹から内臓が滴っていた。蓮華は荒く息をついている。限界が近い。

 蓮華の元にアゾートの群れが集結する。

 その中に、変わったアゾートが混じっていた。


 竜騎士のようにテリオンがアゾートの背中に乗っている。甲冑を身にまとったような鱗のテリオンは、長槍を手にしていた。

 槍をぶんぶんと振り回し、竜騎士たちが蓮華を取り囲む。

 次々に鋭い切っ先が蓮華に迫ってきた。

 蓮華は跳躍し、空中で一回転してナイフの腕を唸らせる。

 背中の翼で滑空し、すれ違いざまに竜騎士の首を切り落とした。首が飛び、切断面から血が噴出して、ぼとりと地面に首が落ちる。


 明らかに蓮華は消耗していた。

 増援として警護ロボットたちが駆けつけてきたが、正直彼らでは話にならない。アゾートの強烈な一撃がロボットを次々破壊していく。遠距離狙撃型ロボットが辛うじて、敵にダメージを与えているのみだった。

 紫苑と倖亜はきっと、トランぺッターを壊しに行ったのだろう。

 今トランぺッターを壊さなければ、テリオンに持ち去られてしまう。彼女たちの目的はわかっている。蓮華も、彼女たちが殺し合うのに賛同できない。正直人類の発展など、蓮華にはどうでもよかった。普通で、そこそこ楽しい生活が送れていれば、それでいいと思っていた。

 しかしそれも叶わないようだ。


 いかに高性能の戦闘用サイボーグといっても、多勢に無勢で、しかも接近戦しかできない。寄ってくるアゾートを切り裂きながら、蓮華は次第にエネルギー切れを感じ始めていた。

 そして、蓮華はついに動けなくなる。

 関節駆動に限界が来たのだ。糸の切れた操り人形のように、蓮華はその場に倒れ込む。目の色が薄くなっていく。そこを敵は見逃さなかった。

 死体にたかるコンドルのように、アゾートたちは一斉に襲い掛かった。

 蓮華はアゾートに蹂躙され、華奢な身体が滅茶苦茶にされる。四肢がもぎ取られ、飛ばされ、内臓器官がえぐり出されていく。機械の身体は脳幹以外、ほとんど肉体の部分は残っていなかった。


 竜の爪に身体を引き裂かれながら、蓮華は今わの際で思った。

「ゆずしお……あんたは、生きてくれよな」

 サイボーグにされた時点で、蓮華の幸せはなかったのかもしれない。

 だけど、あの二人と過ごした時間は、今までで一番楽しかった。


 蓮華はかちっと奥歯のスイッチを入れた。

 そして、蓮華の体内で高エネルギーが爆発した。

 爆発は広範囲に及び、寄ってきたアゾートたちを巻き込んで火の玉が広がっていった。

 白兵戦に特化した兵器である蓮華の、自爆だった。


   ・


 イサクは管制室でモニターを見つめ、外壁のカメラがとらえた映像を見ていた。

 ガーゴイル・アゾートは空中で静止し、進軍するテリオンたちの橋頭保となっている。

 今や内側に潜り込んだアゾートが壁を食い破り、あちこちにテリオンの侵入経路ができていた。敵を示すアイコンが階層マップ上にどんどん増えていく。

「レーザー反射型テリオン……なんてものを造ったのですか。レーザーを完全に跳ね返す技術など、数千年の歴史でも人類はなしえなかったのに……」

 イサクはちらりと後方を見やる。

 七人の機械天使たち。銀色の羽と腕のナイフは鋭角的なデザインで、蓮華のものと酷似していた。

「セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケザ、スズナ、スズシロ。後は頼みましたよ。指定した区画をそれぞれ担当し、侵入したテリオンを殲滅するのです」

 七人の少女はこくりと頷き、それぞれ管制室を後にする。


 一人残ったイサクは、どんっと机を叩いた。管制室の正面には窓があり、都市の光景を見渡せる。今や、テリオンの侵攻によりあちこちで火の手が上がっていた。

「くそっ、テリオンの奴ら、ここまでしてくるなんて……」

 イサクは歯噛みをする。何世代にもわたって開発されたこのシティ・カナンが、自分の失態で無残な姿を晒している。最強の装備を持っている慢心が、このような事態を招いてしまった。

 人類を導くどころか、人類を破滅に追いやった大罪人。そのような肩書がつけられることに、イサクは屈辱しかない。


 シティ・カナンは人類の首都であるが、世界各地に富裕層の住む都市がある。ここが潰れたからと言って、すぐに人類の絶滅が決定されるわけではない。

 だが、トランぺッターだけは死守しなければならない。トランぺッターの研究を本体に直接行っているのはシティ・カナンのみである。

 あれがテリオンの手に渡れば、戦局は大きく不利に傾く。それだけは何としても避けなければならない。

 そんな時、通信端末に着信が入った。イサクは苛立った様子でそれを耳に押し付ける。


「何だ!」

『先程、ドグマゼロの着弾を確認。テリオンの地球表面を15パーセントえぐりました』

 ロボットの合成音声が端末から聞こえる。

「お……おお!」

 イサクの表情は一転、歓喜の色に溢れる。ドグマゼロにより赤い地球は壊滅的な被害を被ったはずだ。

 これなら、地球上にいるテリオンさえ全滅させれば人類の勝利だ。

 しかし今、この場をイサクが生き残れるか。それが問題だった。迫りくるテリオンは本星の事態を知らないのか、勢いを増している。人類が生き残っても、イサクが死んでしまえば意味などない。

 イサクは今、初めて人類より自分の人生を優先したいと思った。

「シティ・カテドラル全域に増援を出すよう要請しろ。シティ・カナンは急げばまだ間に合う。それから月基地のニルヴァーナを……」

 だが異変はその時起こった。


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオン』


 唸り声とともに、地面が割れ、何かがせり上がってくる。それに激突されたアゾートたちは、次々に肉片と化す。

 最初、それが何なのかイサクはわからなかった。黒い羽を持ったホルン。そこでイサクは全てを察した。

 トランぺッターがついに動き出した。

 この場でなぜ?

 今後すべき様々なものが頭の中に累積し、考える余裕はない。


 ぐるりとトランぺッターが方向転換し、こちらを向く。トランぺッターの正面は深い穴になっている。ブラックホールのような深淵が、イサクを捉えた。

 トランぺッターの穴にエネルギーが集中する。そして巨大なビームが管制室を貫いた。

 太く高熱を伴うビームは管制室を粉砕し、シティ・カナンの外壁をも破壊した。

 イサクは叫び声すら発することはできなかった。一瞬で彼の身体は蒸発し、後に残ったのは焦げ付いた痕と、壁に空いた穴から覗く曇天だった。


 崩れる天井。アゾートたちが瓦礫に押しつぶされ、死んでいく。

 シティ・カナンの崩落。それに伴い、終焉が行動を開始した。


   ・


「うわあっ!」

 トランぺッターが大きく動いて、紫苑は床の上でもんどりうった。

「紫苑! けがはない?」

 倖亜が紫苑を抱き起す。しかし地震のごとく震える船内で立っているのは不可能だった。ここは座り込んでいる方が安全だ。

 二人の少女は身を寄せ合い、艦橋の隅で縮こまった。


 どこかからラッパの音が聞こえる。トランぺッターが発しているようだ。それは世界の終わりを告げる天使のラッパだった。

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