第30話 少女と世界の終わり
テリオンの攻撃は苛烈さを増していった。
シティ・カナンの外壁が見るも無残に破壊されていく。ガラスが割られるように、巨大な水晶は無抵抗にその輪郭を崩していった。プリズムの煌めきは色あせ、傷口にたかる虫のように竜に犯されていく。
「Qua、hhhhhhh……」
その後方で、ガーゴイル・アゾートは泣くような声を上げている。
それは何が悲しいのだろう。何者かに捻り曲げられ、どうしようもなくなった世界に対してだろうか。恋すらできない、生きていくのに不都合すぎる世界に対してか。
誰も彼女には目もくれない。
竜の一群が、シティ・カナン目指して次々に発進し、曇天を切り裂いて突き進んでいった。
・
『市民はシェルターへ避難せよ。繰り返す。市民はシェルターへ避難せよ』
シェルター。そんな言葉とは無縁の生活をしていた人々。しかし脳幹のチップが起動し、人々は瞬時に言葉の意味を理解する。
何かに導かれるように人々はターミナルに向かう。
ターミナルの地下に向かうエレベーターが現れ、人の群れをどんどん飲み込んでいった。
我先にと人々はエレベーターに詰め寄る。
そんな時だった。テリオンの一群が、ついに居住区に達したのだ。
がしゃあんと虚構の空を割り、竜が居住区に侵入してきた。
晴れた空。その一部が割られて、おぞましいものが姿を現す。
「カロロロロロロロ」
竜は長い首を傾け、喉を鳴らし、目の前の獲物に目移りする。その後ろから、さらに何匹もの竜が穴を広げ、わっと空中にまろび出た。
そのおぞましい姿を見て人々は狂乱し、我先にターミナルに向かう。
人混みの中で踏みつぶされた子供がいた。シェルターの入り口は開放されていたが、入りきれず絶望に打ちひしがれる人もいた。
そんな人間たちを、アゾートは蹂躙していく。
どぉん、と地に降り立ったアゾートは、目をぎょろぎょろさせ、狼狽える人々に狙いを定めた。
爪でがっと人間の身体を引き裂く。血が迸り、コンクリートの大地に血しぶきが描かれた。次いでアゾートは火を噴き、次々に人間を消し炭にしていく。
悲鳴が何重にも重なり、平穏だった都市は地獄絵図と化していた。
アゾートたちに向かったのは、蓮華だった。
機械天使の外装を持ち、滑空してアゾートの群れの前に立つ。
「あたいが皆を守る!」
がしゃんと、蓮華の肘が展開し、中からガトリングが出現した。
うぃぃぃぃん、と駆動音を立て、ガトリングがアゾートの群れに斉射する。
アゾートの急所を的確に打ち抜き、「ギャッ」と声を上げ、次々にアゾートは絶命していく。
その光景を、蓮華の後を追ってエレベーターで来た紫苑と倖亜は見ていた。
アゾートを倒していく蓮華。それは、あのフランクだった彼女の姿からは想像もつかないものだ。
たまらず、倖亜は紫苑の手を取って、丘の上を目指す。
「紫苑、こっちに来て!」
「でも、町の皆が……」
「あれを……地下のトランぺッターを壊せば、全部解決するわ!」
「ユキ……」
紫苑ももう、迷っていられなかった。
世界を壊す兵器。それを破壊しないことには、どうにもならない。
自分たちがこのまま何もしなければ、今以上の災厄が二つの世界を襲うのだ。
・
隕石型質量兵器ドグマゼロがテリオンの星に着弾したのは、その時であった。
惑星表面での爆発。それにより赤い海がめくれ上がり、津波が大地を襲う。
赤い水が山脈を破壊して、テリオンたちの村になだれ込む。
テリオンの多くが死んだ。津波に巻き込まれ、羽を持つ者も逃げきれずに濁流に押し流された。
その被害は王宮にも及んだ。赤い海に浮かぶ王宮を、巨大な津波が襲う。
王の遺体も、それの周りにいる者たちも、叩きつけるような津波に粉みじんになった。
もはや赤い星の地表には、何者も存在しない。
残存するテリオンは、地球に侵攻を行っている者たちのみになった。
赤い星は、文字通り死の星となった。
ドグマゼロは疑似的な超新星爆発を引き起こすため、宇宙に汚染物質がばらまかれる。人類側にとっても最後の手段だったのだ。
星が落ちた後、テリオンの星に静寂が訪れた。
・
紫苑と倖亜はエレベーターで降下し、トランぺッターのもとへと急ぐ。
エレベーターの扉が開くと同時に、弾かれるように二人は格納庫に出た。
広い格納庫はただならぬ雰囲気に包まれている。
そこに生きている『何か』がいる。
「紫苑、気を付けて」
倖亜が紫苑の前に出る。紫苑は、何か巨大なものがいる雰囲気を感じ取り、周囲を警戒していた。
終末兵器トランぺッター。その息遣いが、空気に乗って二人の元に届いていた。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオン』
獣の雄たけびが、シティ・カナンの地下でこだまする。
雄たけびはテリオンのものと比べものにならない威圧感を放っており、世界の終わりを告げる音だった。
ドグマゼロの爆発。それに合わせたかのように、終末兵器は起動していた。
紫苑と倖亜は、トランぺッターが安置されている場所に急ぐ。
格納庫全体ががたがたと振動する。
二人が格納庫の中を覗き込んだ時、それは既に目覚めていた。
トランぺッターを浸していた赤い液体が振動で波立ち、それが意志を持っているのは明らかだった。
ばさりと、液体から鳥の羽が浮き上がる。そして羽ばたき、戦艦はふわりと浮き上がった。
それこそまさに世界の終わり、終末兵器の発動だった。
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