第29話 少女と終末兵器
「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!」
この世の終わりのような獣の声が曇天にこだまする。
テリオンの空中部隊がシティ・カナン周辺に集結しつつあった。
地球に設置された基地から、カーゴジェットが次々に発進し、シティ・カナンを包囲した。その中から更に爆撃機型テリオンが発進する。
テリオンは表皮の毒素を調合した爆弾を持ち、それぞれが特攻兵器の如き威力を持っていた。
だが、シティ・カナン表面に設置されたレーザー照射機から、空中にあみだくじを描くようにビームの線が伸びる。
その線に触れたテリオンは全て、血のしぶきとなった。抱えていた爆弾は、その瞬間に爆発した。
何度も繰り返された光景。テリオンは難攻不落のシティ・カナンを突破しようと、あらゆる角度からの侵入を試みた。だが結果は同じだった。
テリオン軍は、新型の投入を余儀なくされた。数日間の戦闘により、人類はこれまでテリオンが戦ってきた人類と、明らかに違う技術力を持っていることは明らかだ。
テリオン軍は奥の手を使うことにした。
開発者アザドが死刑となり、凍結も議論されたアゾートの群れ。だが戦闘力は、並のテリオンの比ではない。より進歩したオルタード・カーボンを搭載し、アゾートはより強く、完璧に操作できるようになっていた。
今、それらが戦場に次々投入されたのだ。
カーゴから発射される、いくつものコンテナ。空中で分解し、中から竜が姿を現す。
「Arrrrrrrrrrrrrr!」
女の顔をした竜。いくつもの咆哮が大気を揺るがした。見るだけでも戦慄する怪物は、脊髄に搭載されたオルタード・カーボンからの命令に従ってシティ・カナンを目指した。
竜たちは呪詛のような唸りを上げ、羽ばたく。力強い羽ばたきは、爆撃機テリオンより高性能の、生まれついての戦闘兵器らしさを思わせた。
そしてアゾートの中心にいるのは、新型……それも竜と言うよりはガーゴイルに近い。
そのアゾートは不思議なことに、星の欠片のような髪飾りをしていた。まるで誰かからのプレゼントのようだ。それは灰色の雲の間で、少ない陽光を反射し儚げに輝いている。
「Qhaaaaaaaaa……」
ガーゴイル・アゾートはすすり泣くように鳴き声を上げる。
もう戻らない何かへの郷愁を声に出しているようだった。
彼女は何を嘆いているのか。それを知る者は誰もいない。
そして、アゾートの群れの先頭へと滑るように進んだ。
それに対して、シティ・カナンからのレーザーが集中する。
空間で屈折し一点に集うレーザー。しかしガーゴイル・アゾートの直前になると、鏡で反射されたように跳ね返る。
そしてシティ・カナン上の照射装置に戻ってきた。照射装置は次々に爆散していく。
光線兵器反射膜。ガーゴイル型のテリオンが先天的に持っていた特徴だった。
今は亡きアザドが開発していた、アゾートに搭載する特殊能力。それを植え付けられたのが、今回の新型だ。
見えないバリアを張るガーゴイル・アゾートを橋頭堡に、アゾートの群れがカナンの外壁に取り付いていく。
竜の強靭な手足がプリズムのような壁を叩き、がしゃぁんと割る。
「Arrrrrrrrrrrrrrrr!」
「Gha,ahhh……!」
勝鬨のような嬌声をアゾートたちは発した。戦闘しか考えることのない彼女たちも、戦いの喜びを知っているようだ。
そして空いた穴から、シティ・カナンへ次々にアゾートが侵入していった。
「Qua、hhh……」
ガーゴイル・アゾートは自嘲するように笑う。笑っていても、その顔は泣いている。
その泣き声のような笑い声を聞くものはいない。
アゾートの群れは、死体にたかるコンドルのようにシティ・カナンに襲いかかった。死体にたかる昆虫。そう表現せざるを得ない、凄惨な光景。
水晶の塊が、女の顔をした竜によって犯されていた。
・
イサクに言葉も出ない紫苑と倖亜。
「あなたは……テリオン以上の外道よ」
倖亜がそう漏らす。イサクは、何とでも言えという顔をしていた。その表情には、人類の今後を左右する立場についてしまった、どこか悲壮感のようなものが感じられた。
「人類はどこまでも前進しなければならないのです。人類の、いや生命の生まれる意味とは、種族の発展のために前に進むことに他ならないのですから」
イサクは、ぱちんと指を鳴らす。
それに呼応して、紫苑たちの背後の自動ドアが開き、誰かが室内に入ってきた。
「交渉は決裂です。蓮華。二人の相手をしてあげなさい」
紫苑たちは入ってきた人物に振り返り、その顔を見る。
ほんの少しの間だが、自分たちと寝食を共にしていた蓮華。彼女が、苦笑いしながら紫苑たちの前に立っていた。
「やぁ。ゆずしお。ユキユキ」
蓮華の姿は、もはや普通の少女ではない。
鋼鉄の天使。鋼の身体に、鳥人のような翼。鎧をまとったかのような蓮華に、紫苑たちは目を疑った。
「これが、あたいの身体。対人外用白兵戦特化型兵器。人間の遺伝子を用いた兵器。それがあたいなんだ」
蓮華はどこか諦念を含んだように言う。
がちゃり、がちゃりと足音を立てながら蓮華は二人に近づいた。
「あたいがあんたらの監視役につけられたのも、もしシティを内側から攻撃するようなことがあったら、即座に首を飛ばせるようにしたからなんだ。見てよ、あたいの手。ナイフみたいだろ?」
鋭く尖った手刀。それを蓮華は見せつけた。
「でもさ……」
蓮華の声は震えている。
「あたい、できないよ。運命に必死で抗って生きてるあんたらを、人類の勝手で殺すなんてこと。だって、あんたらは自分の人生のために戦ってるんじゃないか。それを、あたいが台無しにするなんて……嫌だよ」
「どうしたんだ蓮華、早くやりなさい!」
イサクから急かされても、蓮華はその場を動こうとしなかった。
蓮華の頬に、つうと涙が流れた。
「あたいも、あんたらみたいに戦うことができたなら……。自分の意思で世界に立ち向かえたなら……」
「蓮華ちゃん……」
紫苑は蓮華に手を伸ばそうとする。蓮華の自動防御システムが、紫苑の胸に刃を突き立てようと手を尖らせた。
「紫苑!」
倖亜が二人に割って入ろうとした時、警報が再び鳴る。
「またテリオンの攻撃ですか。しかし、じきに止む。シティ・カナンの防衛機能は万全ですからね。無尽蔵のエネルギー、トランぺッターが存在する限りエネルギー切れもあり得ません」
イサクは余裕の表情をしていた。しかし一分経っても警報が鳴り止まないとき、その顔に急に焦りが見え始める。
コンピュータたちは必死に演算を進めているようだ。しかし一向に処理が終わる気配がない。それどころか、何かを叩き割るような振動が部屋まで届いている。
ただならぬ事態なのは明らかだった。
「何があったのです? 防衛システムが機能しないなどと、あり得ない……」
イサクはしばし沈思した。考えをまとめる時間が必要だった。
そして彼は、結論に達する。
「住民は全てシェルターに収容、蓮華をはじめとした白兵戦用機械は、外壁と居住区を繋ぐ通路に順次配備。それしかありません。都市での戦いが予想されます。来なさい、蓮華」
つかつかと部屋から出ていくイサク。蓮華は彼の背中を追おうとして、少しだけ紫苑たちに顔を向けた。
「すまないね。あたいは脳幹チップの命令で動く、哲学的ゾンビな都市の住人とは違う。この都市の人工子宮で生まれた、本当の意味での都市の子供なんだ。だからママン……都市のために戦わなきゃいけない。じゃあね、ゆずしお」
イサクと共に去っていく蓮華の最後の声は寂しそうだった。
紫苑は悟った。蓮華は、都市で一人だけ『真実』に気が付いている。その結果、彼女は一人ぼっちになった。『真実』を知らずに過ごしてきた自分とは対照的だ。
蓮華もまた一人ぼっちだったのだ。
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