第33話 少女と憔悴

「ユキ、生きてるー……?」

 二人は憔悴しきった顔で、肩を寄せ合い壁にもたれかかって座っていた。呼吸も不規則になっていた。

 あれから一か月。何度攻撃を加えても、トランぺッターの動力部は傷ついた様子がない。その度に少女たちは疲弊し、力も弱くなっていく。

 二人の技である、刃を合わせた攻撃も段々小さくなっていった。しかしそれ以外に、少女たちは戦うすべを知らないのだった。


 二人の目の前にある心臓はどくどくと脈打っていて、その動きに変化はない。残酷な運命。それが目の前にあり、急所を晒している。だが何の攻撃も通さないそれは、少女たちをあざ笑っているようだ。


 何度か、壁のモニターに水晶が映る。人類の居住区を順繰りに攻撃しているのだ。

 大抵はトランぺッターの砲撃で、一瞬にして水晶は沈む。トランぺッターは外部からの爆撃を一切受け付けず、一切傷つかない。


「紫苑。あなたこそ大丈夫?」

 倖亜もまた辛そうな顔をしていたが、紫苑を見るときはやせ我慢し、その顔にわずかに笑みを浮かべた。紫苑はそれが見ていられなかった。

「ユキ。あたしたち、やれるだけやった、よね……?」

「もしかしたら、戦艦の内部にもっと脆弱な部分があるかもしれない。それを探して、何とか行動不能にできるかも……」

「探し出せる確率は?」

「……」


 だろうな、と紫苑は思った。動力部以上に脆弱なところなど、ないのだ。

 ここで何もできなかったら、自分たちは何のために旅をしてきたのか。

 虚無感が紫苑を襲った。ただでさえ体力の限界なのに、精神に追い打ちがかかった。あばらの痛みは何とか回復したものの、どれだけ体力が持つかわからない。


 ぐわあんと音がして、トランぺッターが真上に艦首を向ける。紫苑と倖亜はごろごろと床を転がって、また壁にぶち当たった。


「ぐうっ」

「ああっ!」

 強かに身体を打った少女たちは痛みの呻きを口にした。

 そして重力で、壁だった床に押し付けられる。シートベルトなしで宇宙船に乗り、発進しているのと同義だった。

 骨がいくつか折れたのがわかる。揚羽蝶、モルフォ蝶の回復力であれば数日で治るだろう。しかし体力を消耗した二人は、回復にどれだけかかるかわからない。


 トランぺッターは大気圏を抜け、宇宙に向かっているようだ。地球とテリオンの星を交互に移動し、やがてすべての生命体を滅ぼすつもりだろう。

 そして最後には自爆し、二つの星の次元もろとも消し去るのだ。


   ・


 倖亜はそっと紫苑の頬を撫でる。すっかり色あせた肌は、病人のそれのように不健康だ。

 明らかにけがも治っていない。揚羽蝶の翅は、紫の模様が薄くなっていった。紫苑は目を閉じ、こひゅー、こひゅーと細い息を繰り返している。

「栄養補給になるか、わからないけど……」

 倖亜は紫苑の顔を引き寄せ、接吻した。


 口と口を通じて、倖亜の中のエネルギーを紫苑に移す。舌先が脈打つ感覚を覚えた。こくこくと、紫苑の喉が鳴る。まるで乳飲み子のようだ。

 少しずつ紫苑の肌は色を取り戻していく。紫苑はそのまま、少し安堵した顔で寝息を立て始めた。

 口を離し、ほっと倖亜はため息をつく。これで紫苑も少しはもつだろう。

 自分たちに課せられた拷問はいつまで続くのか。早くこの場を切り抜ける方法を探し出さねば、戦艦もろとも心中してしまう。


 一方自分も体力を消耗している倖亜は、どうやって回復しようかと考えた。

 がしゃがしゃと動力室に何かがやってくる。

 それは機械の蟹だった。こいつらはトランぺッターの手先だと思っていたが、指示を受けて動いている様子はなく、どうやら内部に寄生しているだけの生物のようだ。倖亜たちを害する意思がないのなら、何の脅威でもない。

 倖亜は残った力を振り絞り、ビームの刃を顕現させた。その切っ先はナイフのようだ。

 ビームのナイフを、寄ってきた蟹の背中に突き刺す。痙攣した後、蟹は動かなくなってしまった。倖亜はナイフで傷をつけた部分から、めりめりと甲羅を剥いでいった。


 鋼鉄の殻の中は肉体だ。汁の滴る蟹肉が、機械のような甲羅の中に詰まっていた。無我夢中で倖亜はそれを食べた。味についてはよくわからなかった。が、栄養が腹に貯まっていくのを感じる。モルフォ蝶の翅が徐々に輝きを取り戻していく。


 紫苑はきっと、こんなものを食べられない。おぞましい見た目の蟹は、これを食べるという選択肢を人間に与えない。紫苑には極力何も知らせず、自分が力を供給しよう。幸い彼女はぐったりしていて、自分の狩りに気づいた様子もない。

 これで命を繋ぐことはできる。だが、その先はどうすればいい。倖亜は自問自答したが、答えなど見つかるはずもなかった。


   ・


 トランぺッターは大気圏を脱したらしい。重力がやや弱まり、紫苑と倖亜は船内にふわりと浮かんだ。

「わ、わ、ユキ。浮いてる! あたし浮いてるよ!」

「飛べるのに何言ってるの」

 そうだった、と紫苑は驚いて口を押さえる。その仕草に倖亜はぷっと笑ってしまった。笑っていられる事態ではない。だが、つかの間の休息が訪れた。


 真空の宇宙を超え、テリオンの赤い星に向かうトランぺッター。地球の真正面にあるため、それほど長い時間はかからないだろう。


 そして、少し離れた月面からトランぺッターを見据えているものがあった。

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