第41話 少女と決着

 きぃん、きぃんとビームの刃がかち合う音がする。

 二人の少女の戦いは三日三晩に渡った。

 元々万全の体調ではなかったこともあり、二人は目に見えて疲弊していく。

 トランペッターの艦橋は無情にも二人を見下ろしている。まるで見守っているかのようにも、監視しているかのようにも思えた。


 紫苑は戦い続けるうちに、結局自分たちは殺し合う運命にあったことを悟った。

 巨大な神は、二つの地球が釣り合いを取り合うよう仕組んだ。それはいたずらではなく、遠大な計画あってのことだろう。そうでなければ、ここまで非情に徹することができるだろうか。アポカリプスも言っていた。彼の言葉はある程度の真実味があった。

 必要な犠牲。紫苑は認めたくなかったが、認めざるを得ない状況になっている。

 それが自分には想像もつかない論理で組まれていることもわかっている。もはや手出しのしようがない。

 そして倖亜は戦うことを選んだ。

 

 紫苑は振りかぶってきた倖亜の剣をひらりとかわし、すれ違いざまに斬りかかる。

 それを予測していたのか、倖亜は体を回転させて刀身でガードした。

 二人の刃がかち合うたびに火花が散り、電撃のような音がする。


「ユキぃぃっ!」

「シオーンっ!」

 二人は互いの名を叫ぶ。

 そして再び激突した。


 紫苑の剣戟はめざましい成長を遂げている。戦いの中で倖亜の剣さばきを学び、成長しているのだ。

 対する倖亜は、段々と焦りが見えてくる。一度覚悟を決めたにも関わらず、すぐに紫苑を仕留められないもどかしさ。あるいは紫苑といる時間がまだあることへの嬉しさ。様々な感情を背負い、矛盾したまま突き進む。それが音無倖亜という人物だった。

 二人はおしつおされつ、まるで舞台の上でフェンシングを繰り広げる役者のようでもある。蝶の翅を持った少女たちが舞い、剣を振る。美しい妖精が演舞をしているかのようだ。


 しかし、二人きりの舞台もいつか終わりが来る。

 倖亜の剣が、紫苑の首筋をかすめた。あと数ミリずれていたら、首を刎ねられていた。しかしそれは同時に、紫苑の剣が届き、すぐには避けられない位置に来ることでもあった。

「うらあっ!」

 紫苑は倖亜の胴体を横薙ぎにしようとする。

 しかし倖亜は、空いた手でもう一本の刃を作り、紫苑の一撃を防いだ。

 そして膝蹴りを紫苑に見舞う。

「ううっ!」

 紫苑は思い蹴りをみぞおちに喰らい、よろめいた。

「もらったわ!」

 倖亜の二本の剣が、紫苑の頭上できらめいた。

 かっと紫苑は開眼し、地面を蹴り上げ、剣の間をすり抜ける。逆手に剣を持ち、倖亜をねらった。

 そして紫苑の刃は、真上から倖亜の肩を串刺しにした。

「あぁぁあぁっ!」

 倖亜が叫ぶ。血しぶきがコートの破れ目から吹き出す。

 

 膝をつく倖亜に、ゆらりと紫苑は近づいていった。

「ユキ。終わりにしよう」

 紫苑が告げ、刃を倖亜の首に振り下ろそうとした。

 今度の紫苑には迷いがない。今なら躊躇いなく倖亜を殺すだろう。

  

 しかし、倖亜の目は死を受け入れていない。

 倖亜の翅が輝きを増した。モルフォ蝶の青い翅が、光り輝くサファイアのようになる。

 紫苑は思わず目を覆った。

 青い海のような光が紫苑を包み込む。まるで大海原に放り出されたかのようだ。


 そして紫苑の視界が晴れたとき、全ては決した。

 倖亜の刃が吸い込まれるように紫苑の胸に届く。

 そして、薄い胸を貫いた。

 紫苑の胸を貫通した刃は、彼女の背中から切っ先を突き出した。

 少し遅れて、血しぶきが破裂するように弾けた。


   ・


 紫苑を貫いたとき、得も言われぬ快感が倖亜の手から上ってきた。

 矛盾した感情の渦が倖亜を襲う。

 紫苑をついに殺した。そのことに、倖亜の中の獣性が悦びを覚える。

 同時に少女としての倖亜は、胸が張り裂けんばかりに叫んでいた。


「紫苑……!」

「ユキ」

 倖亜を見つめる紫苑の顔は穏やかだった。その口の端から、血が溢れる。

「紫苑……ごめんなさい……紫苑……!」

 改めて自分のしたことの重大さを噛み締め、倖亜は慟哭した。

 そんな倖亜を、逆になだめるように紫苑は言う。

「あたし、後悔してないよ。ユキは生きることを選んだ。だからあたしは、ユキの選択を応援したい。ユキがいたから、あたしはここまで来れた。ユキのお陰であたし、楽しかった。あたしも生きようとした。その気持ちがユキより、少し少なかっただけ」

「紫苑……紫苑っ!」

 倖亜は必死で紫苑を抱きしめた。

 紫苑の細い身体から急速に熱が失われていく。

「やだ、やだ。行っちゃやだ。あったかい紫苑。行かないで」

「ユキ、わがままだなぁ……」

 紫苑の口から溢れる血が量を増す。

「でも、大好きだよ」

 

 そして紫苑は事切れた。

 大きな目が虚空を見つめ、そのまま固まっている。

 紫苑の時は、その瞬間凍りついた。倖亜の言った通り、紫苑は瞳に倖亜の姿を収めたまま逝った。


「あぁ、ぁぁ、ぁぁぁぁぁぁぁ!」

 倖亜の慟哭がトランペッターの上で残響する。

 肺をつんざくような、引き裂くような叫び声。この世の悲しみのすべてが彼女の声に表れているようだ。


 そして、セカイは一変した。

 泣き続ける倖亜の背後で、地上から飛び立つ光がある。

 地球から、赤い星から、魂のきらめきが光の流星となっていくつも飛び交う。

 魂たちは向かい側の星へ飛んでいき、魂が描く光の軌跡がクロスして、美しい流星群が二つの星の間に生まれた。


 倖亜を乗せたトランぺッターは、また地球へと戻っていく。勝ち得た星に帰還するのだ。


 ごごごっと音がして、青い星と赤い星の二つの次元がまた分断される。

 次に相まみえるのは二千年後。新世紀の始まりの日だ。

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